底辺奴隷の逆襲譚

ふみくん

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第四章 奪還編

最強の人間③

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「様子を伺う余裕はありません。二分間、私が時間を稼ぎますので、その間に隙を見つけてください」

 たった二分? とは言わない。

 それだけの力の差がアレスと俺たちの間にはある。
 むしろ俺一人なら、二分どころか数十秒の時間も稼ぐことなどできないだろう。

「一人で二分も戦えますか? 一緒に戦った方がいいのでは……」

 俺の言葉にリン先生は首を横に振る。

「それでは後ろの十二貴族を倒す隙を見つけられません。もしアレス様を倒すつもりなら、勝ち目はほとんどありませんが、二人で戦うしかないでしょう。ただ、私たちの勝利条件は後ろの十二貴族を倒すこと。そのためには、アレス様に隙を作り、その隙を突くこと。この作戦で行くなら、一人が隙を作り、もう一人隙を突いた方が効率的です。だから私が一人で戦った方がいいと考えています」

 リン先生が言うことはもっともではあるが、それはリン先生がこの化け物相手に一人で戦えるなら、と言う前提だ。

 リン先生の実力は疑いようはないが、それでもこの桁違いの相手に、一人で挑むには小さく弱く見えてしまう。

 やはり止めようか、と考える俺をリン先生の真っ直ぐな視線が貫く。

「大丈夫です。信じてください」

 キラキラと輝くその眼差しに、俺は何も言い返せない。
 心配だが、信じるしかないだろう。

「……分かりました」

 渋々頷く俺にリン先生は笑顔を見せると、俺に背中を向けてアレスと対峙する。

「……それでは行きます」

「来なさい」

 先に仕掛けたのは、リン先生だった。

 突如、膨大に膨れ上がるリン先生の魔力。
 アレスに匹敵するのではないかと思われる魔力が、リン先生から溢れてくる。

 空間を支配するアレスの魔力を押しのけるかのように、充満していくリン先生の魔力。
 もともと常人離れしていたリン先生の魔力が、さらに人の領域を超えていく。

 対峙しているアレスも驚きを隠せないようだ。

「な、何だこの魔力は……」

 そんなアレスに対し、リン先生は笑顔を見せる。

「私たちが勝ったら教えてあげます」

 リン先生はそう言うと、何やら呪文を唱え始める。
 奥に控える十二貴族に聞かれないようにするためか、その文言はうまく聞き取れなかったが、今まで聞いたことのない呪文なのは間違いなさそうだった。

 得体の知れない魔法を阻止しようと、剣を振りかぶるアレス。
 そんなアレスに向け、俺は無詠唱で魔法を放つ。

『窮奇!』

 当然、無詠唱で威力の弱まった上級レベルの魔法で、アレスにダメージを与えられるとは思っていない。
 だが、流石のアレスも人間である以上、生身で魔法には耐えられず、何らかの防御行動を取らざるを得ない。

「ちっ……」

 舌打ちしながら、鬱陶しそうに、剣を振るって風の刃をただの空気の塊へと変えるアレス。
 リン先生は一人で戦うと言っていたが、この程度のアシストならさすがに許されるだろう。
 俺の助太刀に対して、その背中からは、リン先生も苛立っているようには感じられなかった。

 その間に、リン先生の魔法も完成したようだ。

 右手を前に差し出すリン先生の手の後ろに、光のレールが伸びていく。
 先程光弾を発した魔法だろうか。
 そう思ったのもつかの間、次々と新しいレールが伸びていくのを見て、それが先ほどとは違う魔法であることに、すぐ気付く。

 数秒かけて何十本も伸びたそのレールは、突如回転しだした。
 機械的に回る光のレールたち。
 そのレールに無数の球が装填され、レールに魔力が満ちていくのを感じる。

 溢れ出ていた膨大な魔力がそのレールに収束していく。

 キーンという高い音を立てながら回転するレールを従えたリン先生の右手の先が、アレスを捉えた。

 そしてリン先生は高らかに言葉を放つ。

『雷帝!』

 次の瞬間、光のレールが轟音を上げ、次々と光弾を発射し出した。

ーーガガガガガガッ!!!ーー

 電磁誘導によって放たれ、プラズマと化した光弾が、雨のようにアレスを襲う。

 レールガンによるガトリングガン。

 元の世界の科学では成立し得ない、究極の兵器が目の前にあった。

 エネルギー量も。
 その砲身も。
 砲身の冷却も。

 どれか一つを取っても、元いた世界の科学で解決するのは難しいだろう。

 レールガンを放つには、発電所並の電力が必要だと聞いたことがある。
 それを何十発も放ったのだ。
 この攻撃には、どれ程の魔力が費やされたのか、想像すらできない。

 一人の人間からその膨大な魔力が生み出されたという事実に、俺は愕然とする。
 目の前に立つ小さな少女は、想像をはるかに超えた凄まじさを秘めていた。

 ……ただ、目の前で対峙する人物はそんなリン先生をも凌駕する異常さを持っていた。

 リン先生が魔法を放つ直前に、同じく魔力を収束させるアレス。

 まずは光の粒子さえ通さないような、強固な魔法障壁を張る。
 最初の何発かは、その強固な障壁だけで防いだようだが、すぐに障壁を破る弾が出始め、アレスを襲い出す。

 ……だが、そんな弾雨を、アレスは魔力が込められた剣で弾き落としていた。
 障壁を貫くことで威力を落としてはいるが、それでも最上級魔法と呼ぶにふさわしい威力を備えたその光弾の一つ一つを全て捉えるアレスの剣。

 次々と打ち込まれる光弾を撃ち落とす様は、曲芸でも見ているかのようだった。
 一撃でも命中すれば致命傷になり兼ねないその攻撃を、一撃も漏らさず撃ち落とすアレス。

 リン先生の背後から光のレールが消えた時、目の前には先ほどと何ら変わらぬアレスの姿があった。

 一瞬の沈黙の後、高らかに笑うアレス。

「ハハハッ。素晴らしいな、リン君は。私以外の人間で、こんなに魔力を秘めた人間は見たことがない」

 一方、おそらく切り札であるだろう魔法を放ったばかりのリン先生の魔力は、戦闘開始時の状態に戻っていた。

 アレスは剣を構える。

「次は何を見せてくれるのかな?」

 リン先生のこめかみを汗が流れる。
 いくらリン先生が凄くても、目の前にいるのは最強の人間。

 今の攻撃を凌ぐ人間を、倒せるビジョンが全く浮かばない。

 今の隙に十二貴族を倒す以外に、俺たちが勝つ方法はなかったのではないか。
 そんな嫌な予感が俺を襲う。

 ただ、今の隙に近づくのは、アレスが弾いた流れ弾に当たる可能性があるから無理だった。
 魔法を迂回させて攻撃しようにも、低級の魔法じゃ、光弾の嵐の影響でかき消されてしまっただろうし、高威力の魔法は、呪文を唱える時間がなかった。
 時間があったとしても、リン先生の魔法に影響を与え兼ねないので、高威力の魔法は使えなかったが。

「大丈夫です」

 俺の予感を察したようにリン先生が囁く。

「まだ二分は経ってませんから」

 笑顔でそう囁くリン先生の魔力は、未だ常人よりは高いとはいえ、もはやアレスほどの量ではない。
 どんな手段を使ったのかは分からないが、さっきの莫大な魔力は、今の魔法を放つためのとっておきだったのだろう。
 そうでなければ、リン先生もアレス並のの化け物だということになる。

 一方、対するアレスも、無傷ではあるが、全く影響がないというわけではない。
 空間を埋め尽くすように覆っていたアレスの魔力が明らかに弱まっていた。
 今の攻撃を凌ぐために、相当な量の魔力を使ったのだろう。

 アレスの実力は桁違いだ。
 だが、桁が違うだけで、測れないということはなさそうだ。
 今の攻撃を、もしあと二、三回繰り返すことができるなら、倒すことすらできるかもしれない。

 そんな俺の計算を読んだのか、リン先生が俺に告げる。

「今の攻撃はとっておきです。これ以上繰り返すのは無理ですので、その点はご了承ください。もしこれで倒れてくれたらラッキーでしたが、流石にそうは行きませんでした。代わりに今から、接近戦で戦います。より隙ができやすいはずですので、隙ができたら逃さずお願いします」

 さっきよりアレスの魔力が弱まったとはいえ、圧倒的な魔力量の差がある人間のは変わらない。
 さらには、魔道士であるリン先生の接近戦での能力も未知数だ。
 
 それでも俺は信じるしかない。

 接近戦なら、リン先生が言う通り、隙が生まれる可能性が高い。
 俺も流れ弾を気にせず近づきやすくなるし、俺が魔法を放っても、リン先生の魔法に影響を与えることもない。

 アレスを倒すのはやはり難しい。
 だが、二人掛かりなら、隙を見つけることくらいならできるかもしれない。

 微かな希望を胸に、俺は一瞬の隙も見逃さないよう集中することにした。
 もし、リン先生が命がけで作ってくれた隙を見逃してしまえば、俺は後悔のあまり死んでも死に切れないだろう。

 アレスの後ろに控えているはずの十二貴族の二人。
 その二人を倒すことだけに全神経を向ける。

 今の俺にできることは、そんなに多くはない。
 だが、手札はゼロじゃない。
 隙を見て瞬時に攻撃するための手段もいくつかはある。

 リン先生を覆っていた魔力が、リン先生の体に収束していく。
 その魔力は、さながら光の衣のように、リン先生の体に纏われる。

 リン先生の目がアレスに向く。

「行きます!」

 ……そしてリン先生が視界から消えた。
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