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Act.2-01
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その日も夏目は萌恵と外で逢った。いつものように映画を観て、終わってから食事をする。
今日は映画館近くのファミリーレストランへ入った。今までは萌恵を飽きさせないため、夏目なりにリサーチし、イタリアンや洋食、和食や中華と様々な店に行ったが、今日に限ってそこまで頭が回らず、結局、無難な線に落ち着いてしまった。
萌恵は相変わらず、不満を漏らさない。
「食べたいものがあるなら遠慮なく言っていいから」
そう促すも、萌恵は「大丈夫です」と口元に笑みを湛えた。
「それに、ファミレスだったら何でもあるじゃないですか。専門店に行くより、かえって選ぶ楽しみがあると思いますよ?」
萌恵の言うことはもっともだと思う。だが、それでもいたたまれない気持ちになってしまう。かと言って、他に良い店を探す時間もなかった。
ファミレスの従業員に案内され、窓際の席に着いてから、わりとすぐに注文するものを決めた。萌恵が言っていたことに矛盾しているような気はしたが、夏目はあえて突っ込みを入れなかった。
料理が届くまでの間、それぞれドリンクバーから飲み物を選ぶ。夏目はコーヒーを、萌恵はレモングラスのハーブティーを淹れて再び戻った。
「夏目さん」
ハーブティーを一口啜ってから、萌恵はカップを持ったまま夏目に真っ直ぐな視線を注いできた。
夏目は砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーを口にしたまま、「どうした?」とわずかに首を傾げる。
萌恵は少しばかり躊躇うような仕草を見せた。両手で包み込んだカップに視線を落とし、それを揺すってハーブティーを波打たせる。
だが、再び顔を上げると、意を決したように口を開いた。
「私、来週の今日でハタチになるんです」
「ああ、もう君もハタチになるのか」
「いえ、〈やっと〉です」
真顔で強調するように修正され、夏目は肩を竦めた。四十を超えている夏目にとって、一年が経つのはとても早く感じるものだが、若い萌恵にはまだまだ緩やかに思えるらしい。
「ま、何はともあれおめでたいことだね。君もとうとう大人の仲間入りをするわけだ」
「はい」
今度は嬉しそうに頷いてくる。ニッコリと無邪気に笑うと、ハーブティーをゆったりと啜る。
夏目はそれを眩しそうに見つめながら、「それじゃあ」と言葉を紡いだ。
「来週の今日はちゃんと君の誕生祝いをしないとね。プレゼントは――もっと早くに知っていれば用意出来たんだけど……」
「別に構いません」
萌恵は首を横に振り、カップをテーブルに置いた。
「私は夏目さんと一緒にいられればそれだけで充分ですから。こうしてまめに逢ってもらえるだけでも嬉しいんです」
「そう言ってもらえるのは俺もありがたいけどね」
夏目はコーヒーで口を湿らせてから続けた。
「でも、だからって何もしないわけにはいかないだろ? 俺はこの通りうだつが上がらない男だけど、せっかくの記念日ぐらいは君に何かしてやりたい。それでなくても、君は普段からあまりわがままを言わないんだ。俺の顔を立てるつもりで、たまにはわがままのひとつも言ってくれないか?」
「――ほんとに、いいんですか……?」
おずおずと訊ねてくる萌恵に、夏目は、「もちろん」と首を大きく縦に動かして見せた。
「君の願いはどんなことでも聴こう。あ、海外旅行に行きたい、というのはさすがに無理だぞ? こればっかりは時間的にも金銭的にも厳しい」
「そんな無茶なことは言いませんよ」
萌恵は眉根を寄せながら微苦笑を浮かべる。そして、少しばかり間を置いてから、思いきったように口を開いた。
今日は映画館近くのファミリーレストランへ入った。今までは萌恵を飽きさせないため、夏目なりにリサーチし、イタリアンや洋食、和食や中華と様々な店に行ったが、今日に限ってそこまで頭が回らず、結局、無難な線に落ち着いてしまった。
萌恵は相変わらず、不満を漏らさない。
「食べたいものがあるなら遠慮なく言っていいから」
そう促すも、萌恵は「大丈夫です」と口元に笑みを湛えた。
「それに、ファミレスだったら何でもあるじゃないですか。専門店に行くより、かえって選ぶ楽しみがあると思いますよ?」
萌恵の言うことはもっともだと思う。だが、それでもいたたまれない気持ちになってしまう。かと言って、他に良い店を探す時間もなかった。
ファミレスの従業員に案内され、窓際の席に着いてから、わりとすぐに注文するものを決めた。萌恵が言っていたことに矛盾しているような気はしたが、夏目はあえて突っ込みを入れなかった。
料理が届くまでの間、それぞれドリンクバーから飲み物を選ぶ。夏目はコーヒーを、萌恵はレモングラスのハーブティーを淹れて再び戻った。
「夏目さん」
ハーブティーを一口啜ってから、萌恵はカップを持ったまま夏目に真っ直ぐな視線を注いできた。
夏目は砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーを口にしたまま、「どうした?」とわずかに首を傾げる。
萌恵は少しばかり躊躇うような仕草を見せた。両手で包み込んだカップに視線を落とし、それを揺すってハーブティーを波打たせる。
だが、再び顔を上げると、意を決したように口を開いた。
「私、来週の今日でハタチになるんです」
「ああ、もう君もハタチになるのか」
「いえ、〈やっと〉です」
真顔で強調するように修正され、夏目は肩を竦めた。四十を超えている夏目にとって、一年が経つのはとても早く感じるものだが、若い萌恵にはまだまだ緩やかに思えるらしい。
「ま、何はともあれおめでたいことだね。君もとうとう大人の仲間入りをするわけだ」
「はい」
今度は嬉しそうに頷いてくる。ニッコリと無邪気に笑うと、ハーブティーをゆったりと啜る。
夏目はそれを眩しそうに見つめながら、「それじゃあ」と言葉を紡いだ。
「来週の今日はちゃんと君の誕生祝いをしないとね。プレゼントは――もっと早くに知っていれば用意出来たんだけど……」
「別に構いません」
萌恵は首を横に振り、カップをテーブルに置いた。
「私は夏目さんと一緒にいられればそれだけで充分ですから。こうしてまめに逢ってもらえるだけでも嬉しいんです」
「そう言ってもらえるのは俺もありがたいけどね」
夏目はコーヒーで口を湿らせてから続けた。
「でも、だからって何もしないわけにはいかないだろ? 俺はこの通りうだつが上がらない男だけど、せっかくの記念日ぐらいは君に何かしてやりたい。それでなくても、君は普段からあまりわがままを言わないんだ。俺の顔を立てるつもりで、たまにはわがままのひとつも言ってくれないか?」
「――ほんとに、いいんですか……?」
おずおずと訊ねてくる萌恵に、夏目は、「もちろん」と首を大きく縦に動かして見せた。
「君の願いはどんなことでも聴こう。あ、海外旅行に行きたい、というのはさすがに無理だぞ? こればっかりは時間的にも金銭的にも厳しい」
「そんな無茶なことは言いませんよ」
萌恵は眉根を寄せながら微苦笑を浮かべる。そして、少しばかり間を置いてから、思いきったように口を開いた。
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