Melting Sweet

雪原歌乃

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Melting Sweet

Act.3

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 送別会兼親睦会が終わると、店の前でそれぞれが散ってゆく。そのまま真っ直ぐ家に帰る人もいれば、二次会へと向かう人もいる。もちろん、私は前者だ。
 二次会組が固まって盛り上がっている中、私は静かにその場を離れて駅に向かう。まだ飲み足りないから、家に着いたらひとりで飲むつもりだ。
 駅までは徒歩十分とちょっと。距離はさほどないとはいえ、飲み屋街を離れると外灯が頼りなくなってくるから、よくよく考えると女のひとり歩きは危険だ。といっても、私のような年増を襲うようなモノ好きがいるなんて考えられないけれど。
 それほど量は飲んでいないつもりだったけど、身体が火照ってふわふわしている。辺りを包み込む空気は湿り気が多く、すぐにじっとりと汗ばんでくる。
「だる……」
 手の平をうちわ代わりに仰ぎながら歩いていると、微かに声が聴こえたような気がした。
 最初は全く気にも留めなかった。けれども、はっきりと「唐沢さん!」と呼ぶ声が耳に飛び込んできたとたん、私ははたと足を止めた。
 まさかと思って振り返ったら――その〈まさか〉だった。
「いや、気付いたらいないからビックリしましたよ……」
 そう告げる声の主――杉本君は、肩で何度も息を繰り返す。どうやら、走って私を追い駆けて来たらしい。
「どうしたの? 二次会は?」
 苦しそうにゼイゼイしている杉本君に呆れながら訊ねる。
 杉本君は呼吸を整え、私を真っ直ぐに見つめながら、「断りました」とあっさり返してくる。
「断った? どうして? あんなに誘われてたのに?」
 自分でもおかしいと思いつつ、杉本君に詰め寄ってしまった。
 そんな私に、杉本君は微苦笑を浮かべながら肩を竦めて見せる。
「唐沢さんをひとりにするわけにいかないですから」
「――どうして?」
「体調、良くないでしょ? 途中で倒れたりしたら大変じゃないですか」
 私は瞠目したままポカンと口を開けてしまった。もしかして、具合悪いとずっと誤解していたのか。でも、本気で体調不良なら料理はほとんど食べないし、アルコールなんていっさい口にしない。誰が見ても、私がピンシャンしているのは明確だったはずだ。
「――私、この通り元気だけど?」
 私は右腕でガッツポーズを作り、左手で二の腕を軽く叩く。
 杉本君はその様子をまじまじと見つめながら、「ほんと、ですか?」と訊ねてくる。
「ほんとです」
 今度は私が苦笑いする番だった。
「だいたい私がそんなか弱く見える? 自慢じゃないけど、風邪だって滅多に引かないのよ? どんなに飲んでも二日酔いとは全く無縁だし」
「そうですか? 俺からするとだいぶ無理してるように見えたんですけど」
「無理? そんなの全然してないわよ。むしろ今は、自分らしく毎日を過ごしてるから楽してるぐらいよ。家事が出来ないのを責める相手もいないしね。ひとりで自由気ままに出来るのが一番幸せよ」
 いつになく、私はよく喋っている。そうそう酔っ払うなんてことはないのに、やっぱりトシのせいで回りが早くなってきたのか。
 一方で、杉本君は笑顔を引っ込め、私を神妙な面持ちで見ている。もしかしたら、今の私にドン引きしてしまったのだろうか。でも、それならそれでも構わない。
 ところが、私の思いとは裏腹に、杉本君は予想外のことを口にしてきた。
「唐沢さん、体調は特に悪くないんですね?」
「だからさっきから言ってるじゃない」
「なら、これから俺に付き合ってくれませんか?」
 あまりにサラリと言われ、理解するまでに少しばかり時間を要した。けれども、言葉の意味が分かったとたん、またしても、口をあんぐりと開けたまま呆然としてしまった。
「――ねえ、今、『付き合って』って私に言った……?」
 念を押すように訊ねると、杉本君は、「ええ、言いましたよ」と涼しい顔で答える。
「実はまだ飲み足りないですから。ひとり酒も嫌いじゃないですけど、せっかくですから唐沢さんとふたりで飲み直したいな、って」
「――私と、ふたりで……?」
「さっきはゆっくり話せなかったですから」
「――本気なの……?」
「年上の女性をからかうほど器用じゃありませんよ、俺は」
 杉本君は困ったように笑みながら、「どうです?」とさらに訊いてくる。
 私は考えた。速攻で断る選択もあったはずなのに、何故か出来なかった。
「そんなに悩まないで下さい」
 よほど私が険しい表情をしていたのだろうか。杉本君が優しく微笑みかけてくる。
「どうしても嫌なら無理強いはしません。唐沢さんと飲みたいと思うのは俺のわがままですから。だから今日は……」
「いいわよ」
 杉本君の台詞を途中で遮った。
 驚いて目を見開いている杉本君をジッと見据えながら、私は続ける。
「飲みに、付き合ってあげる」
「いや、別に無理しなくても……」
「無理してない」
 ウダウダしている杉本君に軽く苛立ちつつ、さらに言葉を紡いだ。
「どうせ私もひとり酒するつもりだったし。けど、ひとりで飲むより誰かいた方が楽しく飲めるんじゃない?」
「ほんとに、いいんですか……?」
「いいって言ってるじゃない」
 語気が荒くなってきた私に、杉本君は辟易したように肩を小さく上下に動かした。
「分かりました。それじゃ、今度はふたりだけの二次会をしましょう。場所は、俺に任せてもらってもいいですか?」
「もちろん。というか、私に頼られても困るし」
「それもそうですね。ここは男の俺がしっかりしないと」
 あはは、と声を上げて笑い、杉本君が先に立って歩き出す。私も歩き始めると、杉本君は私に歩幅を合わせてくれる。考えてみたら、一次会に向かっている時も、ずっと私に合わせてくれていた、と不意に想い出した。
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