大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿

アザミユメコ

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第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥

第十一話 夜叉㈡

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竜子りょうこの依頼だが、おそらく娘を捜せってんだろ。探偵からも逃げたくらいだ。何に使ったのか知らねえが、手持ちの金はほとんどなさそうだな。残っているのは逃げるときに着ていた着物一枚くらいじゃねえのか」

 なにがそんなにおかしいのか、叉崎さざきは言葉を途中で切って堪えきれないといったふうに「ククッ」と笑いを漏らし、問いかけてきた。

「知っているか? あの女、過去に金を借りるために自分の娘を売ってんだ。そのとき受け取った二束三文の身代金は母親に浪費され、娘本人は健気にただ働きし続けてるよ」

 依頼人が逃げたとはいえ、秘密は守らなければならない。
 先生も小弟も黙っていたが、叉崎は返事を求めていなかったようでそのまま話しつづけた。

「おれの予想だが、つまりあの女──おたくらに娘を捜させて、もう一度売る気なんじゃねえかな。三年で帰ってくるはずの娘は年明けになっても消息不明。金を返す算段が失せ、焦って探偵に捜させたんだ。自分の娘なのに金を借りる手段としか見てねえ。店と同じ担保扱いってわけだ。女夜叉も驚きの鬼母だよ、鬼母」

 竜子にたいして覚えていた違和感が、収束していくのを感じる。
 なぜ気づかなかったのか。高価に見えた着物の秋草模様は季節外れであり、粋を売りにした花街かがいの女将が本来着ているはずはない。彼女の困窮を如実に表していたのだ。

 三年前に売った娘を、いまになって必死の形相で捜そうとする母親。
 その目的は小弟の想像の範疇を超えて、恐ろしいものだった。

「おれとしては金が回収できりゃあなんでもいい。竜子は捜してやるから、探偵先生はさっさと娘をここに連れてきな」

 竜子に逃げられた時点で、我々がすでに菖蒲を発見していると見透かされている。
 そのうえ、非人道的としか思えない発言を続けた。

「あんときゃ傷物だから大した値はつかないと安売りしたが、案外すぐに売れてな。買った爺がどういう用途で引き取ったのかは知らねえが、愛好家っつーのか、妙にその手の連中に受けがいいらしい。もうガキって年齢でもねえし、私娼窟にでも飛ばせば今ならあれはいい金になる。いるんだよな、可哀相な女愛好家が。嗜虐趣味サディストの変質者とかな」

 下卑げびた笑い声が広間に響く。
 兎田谷うさいだや先生とはもともと顔見知りであるようだし、先生の指示に対して部下を素直に従わせたため、案外話のわかる男なのかもしれないと思ったのは甘かった。

 三年前に怪しい周旋屋を介して仕事を斡旋してもらったと竜子は言っていた。
 兎田谷先生が元をたどればごろつきに繋がると話していたが、つまり新橋を根城とするこの男が関わっていたのだ。

 叉崎も最初から娘を売る算段をつけていたから、担保を超えた金を竜子に貸したというわけだ。

「あの娘がいりゃ、竜子もおたくも借金が返せる。おれの仕事も終わる。全員が円満だろ。むしろ、そうしねえとおたくの報酬は払われねえと思うぞ。ま、娘は憐れだが、鬼母のもとに生まれついちまった己のとがを呪ってもらうしかねえ。いいか、さっさと菖蒲あやめを連れてこい」

 借金を盾にした脅しだ。こちらに拒否権はないと、鋭い眼光が言っている。
 相手は博徒の元締めであり、正真正銘のならず者なのだ。


 🐾🐾🐾


 賭場を後にして、小弟はすぐさま先生に進言した。

「先生、この依頼……手を引きませんか」

 すでに娘の居場所は母親に知られている。
 いまさら遅いかもしれないが、このままあの母娘を会わせていいはずがない。
 竜子に抱いていた違和感にもっと早く気がつくべきだった。

「叉崎への返済でしたら、万が一に備えて先生から隠し……よけておいた生活費があります。小弟はどうしても見過ごしておけません。鶯出うぐいで巡査に通報して菖蒲さんを保護してもらい、母親からも叉崎からも引き離しましょう。依頼を達成することによって罪のない誰かが一方的に不幸になるならば、探偵の仕事とは、いったいなんなのでしょうか……」

 必死の訴えにも、先生は顔色ひとつ変えなかった。

「まだ依頼は終わっていない。依頼人から中断を要請されたならともかく、こちらから途中で投げだす気はないよ。疑わしいからってすぐ警察に明け渡していたんじゃ、探偵としての信用にも関わるからね。引き受けた以上、俺には依頼人を守る義務がある」
「ですが!」

 あまりにも、菖蒲が憐れだ。
 子は母親の所有物ではないのだから、物のように扱われる姿など見ていられない。

「その依頼が、たとえ悪の片棒を担ぐ内容でも、ですか」
「うーん、悪事に手を貸す依頼だった場合どうするかって問いなら、後々面倒に巻き込まれる可能性が高いから引き受けたくはないな。費用対効果がよくない」
「今回もそうなりつつあるのでは!」
「まずは報酬をきっちりと払ってもらう。話はそれからだ。最近じゃツケのたまった酒場は入るなり追い出させる始末で、呑める場所が減って非常に困っているんだ。竜子さんの経済状況なんかを洗いたいから俺はいましばらく花街で聞き込みを続けるよ。烏丸は菖蒲太夫の周辺を監視していてくれたまえ。頼んだよ!」
「ええ……」

 小弟は茫然と師の背中を見送った。
 兎田谷先生は決して非情な人物ではない……と、信じている。
 だが、金や酒が絡むと少々厄介なのも事実なのである。

 親の因果が子に報い──

 また、あの口上が頭に響いた。どうしても菖蒲の境遇と重ねてしまう。

 親の罪は、親のものだ。
 子が報いる必要など、どこにもない。
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