大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿

アザミユメコ

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第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥

第十一話 夜叉㈠

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 元旦明けて二日。

 兎田谷うさいだや先生と小弟が竜子りょうこの待合茶屋に行ってみると、店はもぬけの殻だった。

 調度品などはそのまま残っているが、元日は忙しいと言っていたはずなのに従業員も客もいない。
 当然、竜子本人もいなかった。

 店を担保に金を借りていたらしく、差し押さえの通告が正面玄関に大きく張り出されていたのだ。

 娘を引き取るだけの経済的余裕はあると聞いていたのに、いったいどういうことなのか。

 小弟は茫然自失で突っ立っているだけだったが、報酬のかかった兎田谷先生の動きは非常に素早かった。

 玄関脇に備えつけられていた郵便受けを見つけ、中身をがさごそ漁りはじめたのである。

「先生、他人の手紙を盗んではなりません!」
「見るだけ、見るだけ。この手の業者はしつこいから、脅しのために一日何通も送ってきているはず」

 案の定、金を督促する手紙がたまっていた。
 葉書や紙切れ、封書、さまざまな形で、どれもかなり酷い脅し文句が並べられている。
 郵便日附ひづけ印はなく、直接投函されているのも恐怖を煽るのに一役買っている。

 先生は業者とおっしゃっていたが、差出人の名前はなく、『叉』と一文字だけの墨印が押されていた。
 足がつかないようにか、脅迫の証拠を明確に残さないためだろうか。
 手慣れたやり方は個人ではなくプロの仕事だ。

 清廉潔白な金貸し業者というのが存在するのかはわからないが、どうやら竜子は潔白とは程遠いところから借金をしていたようである。
 その印だけで、先生は業者の見当がついたらしい。

「ここなら知っている。新橋が縄張りの金貸し屋。怖いお兄さんがいっぱいいて、店の代行で呑み代のツケなんかも回収しているところだ。かくいう俺も取り立てられている立場なんだけど」
「先生が借金しているのと同じ業者なのですか? 偶然ですね」
「偶然というか、十以上から追われているからさ。だいたい当たるよね」
「……お説教はあとにいたします」
「よし、乗り込もう」
「な、正気ですか。追われているのでしょう!?」

 しかも、確実に相手は堅気ではなさそうだ。

「ぜんぶ酒代のツケだ。一つ一つはたいした金額じゃない。今回の報酬さえ回収できれば払えるんだ。危険を顧みているようじゃ文豪探偵の名がすたる。あえて虎穴に入ってみせようじゃないか!」

 とんびマントを翻して走りだしたが、事情が事情だけに恰好はついていない。
 うなだれつつも、小弟は後ろをついていくしかなかった。


 🐾🐾🐾


 金貸し屋の本拠地は花街かがいの西側にあった。

 江戸の面影を残す年季のはいった平屋で、入口を見る限りはただの質屋である。
 『質』の文字が白く抜かれた藍染の暖簾のれんがかかり、引き戸に『高額買取』と書かれた看板がかかっている。
 庶民が出入りしても違和感のない、何の変哲もない店構えであった。

 店の者は一応いたのだが、ただの留守番といった雰囲気だった。
 兎田谷先生を一瞥いちべつし、黙って顎で背後の戸をしめした。

 先生についてさらに店の奥に進むと、廊下は畳の敷かれた広間に続いていた。
 武道場のような造りと広さで、昼間なのに若干薄暗い。

 まず目を引いたのは、上座に位置する真正面の壁に掲げられた漆黒の『夜叉』である。
 本来は訓戒でも飾られているべき場所だが、恐ろしい鬼面の容貌はいかにも雄弁で、言葉を書かれずともここの主人の絶対的な権力を示しているようであった。

 空気で察した。ここは違法の賭場だ。

 お面のすぐ真下に、頭髪を剃った大男が片膝を立てて座っている。
 周囲に控えている若い衆の態度からして、彼が元締めなのだろう。
 表向きは質屋、裏稼業は高利貸しで、さらに真の顔は博徒というところか。

 にやにやと笑いながら、余裕の表情で悠然と口をひらいた。

「おっ、兎田谷先生、そろそろお宅に向かおうと思っていたところだ。また逃げられると思っていたが、自分の足で返済にくるとはいい心がけじゃねえか。それとも、強面の護衛を連れて殴り込みにきたか?」
「やー、叉崎さざきの親分。これは護衛じゃなくてうちの書生ね」

 さらしの巻かれた上半身には鬼神・夜叉が仏となった『金剛夜叉明王』の刺青がのぞいている。顔が三つ、眼が四つある猛々しい姿だ。
 名前にちなんで、夜叉がこの男のシンボルなのだろう。

 民間の質屋はただでさえ暴利なのだと聞いているが、その商いすら表向きなのだ。
 督促状に記載されていた法外な年利を見るに、まっとうな業者ではないのは確かである。

 ──にもかかわらず、先生はぐいぐいと自分の話を進めていった。

「俺の借金の話はどうでもいいんだよ。そんなことよりさ、諸君らに訊きたいことがあるんだがね!」
「そんなこと、だと!?」

 取り巻きの若い衆がいきり立った。
 彼らの怒りはもっともなのだが、相手が兎田谷先生では分が悪い。

籠石かごいし竜子りょうこというご婦人を知っているだろう。なにを隠そう、俺は彼女に仕事を頼まれていてね。その報酬さえいただければ、こちらの借金も返せるんだが」

 その名を聞いて、親分が片眉をあげた。

「竜子の行方なら知らねえぞ。昨晩、店を捨てて夜逃げしやがったからな。待合の経営権はすでにこっちに移す手続きをはじめている。着物なんかの金目の物も押さえたが、まだ足りねえ。おれらもいま捜してんだ」
「店の経営はうまくいっていなかったのかな?」
「あの女は多少商いの才があると思っていたが、金を借りにきたってことは難航していたんだろうな。この不景気で花街全体の売上が沈んでんだ。佐世させ綴造ていぞうっつー金づるを失くしたのも痛かったな」

 実業家の佐世は、菖蒲の父親だ。
 竜子の店の出資者だったが、縁はもう切れていると話していた。

「彼女が金を借りたのはいつだ?」
「去年の秋に『金蛇きんだ』の権利書を持って金を借りにきた。余程火の車だったのか知らねえが、妙に焦っていた様子だったぜ。店を担保にしてもはみ出す額で、うちは当然渋ったが、年明けには返済できる算段があると吹聴していやがった。だから一月一日を返済期日に貸してやったが、新年早々このざまさ。もう戻ってこねえだろうな」

 叉崎は口から煙管キセルの煙を吐き、小気味よい音を立てて灰を落とした。
 債務者に逃げられているわりに余裕の態度だ。

「なあ、先生よ。おたくが竜子から報酬を取り立てられないのと、おれらに金を返すのは別問題だろ。わかるな?」

 我々の事情など知ったことではないから、早く返せという意味だ。
 金貸しの言い分としては至極当然である。

 が、先生はいっさい怯まずに言ってのけた。

「自慢じゃあないが、俺は現在二銭銅貨しか持っていない。どんなに叩いても出ないものは出ない。しかし、だ。きみたちが竜子さんを見つけだせば、彼女の借金と俺の借金を同時に取り立てられるのだよ!? 振る袖がない俺なんかに構っているより、あきらかに一石二鳥だろう!!」
「う……」

 金貸し屋の下っ端たちが、先生の勢いにたじろぐ。
 それは、そうなのだが──威張って口にすることではないような。

「ほら、きみたち、ぼさっとしていないで早く竜子さんを捜してきたまえ!!」

 叉崎の親分はしばらく思案していたが、顎で指し示して若い衆を外に行かせた。
 連中は幾分納得のいかない顔をしていたが、親分に命じられては逆らえないようで慌てて駆けていった。

 金貸し屋を口車で煙に巻き、竜子を探すことまで押しつけてしまった。

「まあいい。今回は乗ってやるよ。探偵先生が一枚噛んでいるなら、組んだほうが早く事が進みそうだからな」

 叉崎は含みのある言い方をした。
 あちらもただで使われる気はなく、魂胆がありそうだ。
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