大正銀座ウソつき推理録 文豪探偵・兎田谷朔と架空の事件簿

アザミユメコ

文字の大きさ
49 / 73
第四章 啼いて血を吐く魂迎鳥

第十四話 銀座のお巡りさん㈡

しおりを挟む
鶯出うぐいで巡査殿はさ。あの母娘のこと、前から知っていたんじゃないの?」

 探偵の尋問がはじまる。

竜子りょうこさんと話したのは、昨日相談にいらしたときが初めてだぞ」

 とぼけようとしたが、どうしたって相手が悪かった。

「じゃあ話したことはなくとも、会ったことはあるんだ。そして娘とは言葉を交わしたこともあるんだね。ははは、そういう詭弁や屁理屈は俺の十八番だって忘れちゃいないかね。巡査殿はうちの弟子並に誤魔化しが下手なんだから」

 はっきり知らないと否定すればよかったものを、明言を避けたせいでどの部分が嘘だったのかまであっさり見破られた。
 兎田谷うさいだや先生の言うとおり、これも私の性分だ。

「違和感はたくさんあったよ。突然始まった連続放火事件の話や、現場への立ち寄り、探偵にぶん投げておいてついてくるし。母親からの情報と細部が異なっているにもかかわらず、舞台上の菖蒲あやめ太夫だゆうを見て間違いないと断言したのも、普段の巡査殿らしくなくて気になっていた」

 私はそれほど器用ではないのだ。
 だから兎田谷先生に協力を仰いだ時点で、どうせいつかは話さなければならないと覚悟していた。

 すでに警察官を辞めてしまったが、かつての同僚で相棒だった奴にも『お前は粗雑なうえに馬鹿正直すぎて刑事には向いていない』と、からかわれていたのを思いだした。

『おまけに顔に似合わず人情もろいしな。ずっと交番のおまわりをやってろ。下手に凶悪事件に関わったらすぐ死ぬぞ』──いま思えば随分な言われ方だったと、思いだして苦笑いが漏れた。

 頬についた自身の火傷をさする。
 間近で見れば皮膚が突っ張っているが、いまでは肌色の痕が薄く残っているのみで、たいした傷ではない。

「アンタは私の顔を傷だらけだと言ったな。燃えさかる寸前の家に飛び込んで、この程度で済んだのは奇跡だ。助けだした子の命はなんとか繋ぎとめたが……できることなら、あのむごい火傷も代わってやりたかったよ」

 まだ新米で、だれから見ても頼りなく、華やかな銀座の道案内すらまともにできない。
 十年も前、私は数寄屋橋すきやばしの派出所に赴任したばかりで、右も左もわからない若造だった。

「あの頃の兎田谷先生は中等学校に通っていたな。道に迷った人をわざと何人も派出所に連れてきたりして、随分とからかわれたもんだ」
「中学生にもなって、そんな子どもじみた悪戯をしたかね」
「毎日していたぞ。おかげさまで、アンタが早稲田大学に進学する頃には近道まですっかりと頭に叩き込まれた」
い行いをしたなぁ」
「まあ、そんな数寄屋橋にきたばかりの頃にな、民家の火事に立ち合ったんだ。あとから現場を検証した結果、火元は台所だとわかった。放火じゃなくて事故だった。あのときも、炎のなかから子どもの声がした──」

 ここ三年で起きている連続放火事件とは状況が異なっている。
 なぜなら、実際に子どもが家のなかに取り残されていたからだ。
 無関係ではないが、しいて言うならば始まりか。

「私は無鉄砲にも炎のなかに飛びこんだ。幼い娘は土間になっている台所の隅にうずくまっていて、まだ意識があった。腹を空かせていたのか、不器用にかまどを使おうとした形跡が残っていたよ。壁や天井は燃えていたが幸いにも地面が土だったし、母屋の床下が空いていてつねに外気が取り込まれていた。動けず低い位置にいたから、どうにか一命をとりとめたんだ。着物の袖に燃え移った火を消し、その子をおぶってなんとか外にでた」
「そのときの子が……」
「ああ。菖蒲だ。十年も前だが、昔と変わらない瞳をしていた」
「母親はどうしていた?」
「竜子さんも現場にいた。自分だけさっさと逃げだして、娘がひどい火傷を負って医院に運ばれるところを平然と見ていたんだ」

 そう、彼女は惚けた顔で薄く笑っていた。
 女の情念にも似た、真っ赤な着物が視界の端ではためいていて──

「あれからずっと、あの娘のことが気にかかっていた。しかし、その後の消息を追って調べるようなことはしていなかった」

 兎田谷先生は黙って聞いていたが、私はまるで詰問でもされたみたいに焦って喋りつづけていた。
 他でもない、自分自身に急き立てられていたのだ。

「……知りたくなかったのかもしれない。自分がとった行動の結果が判明するのが怖かった。なあ、先生。どうして青二才だった私が、あのとき炎に飛び込めたかわかるか」
「無茶をするよねえ。そんなだから、いつも傷だらけなんだ」
「情けない自分を抱えたまま、巡査の制服を着てサーベルを下げていたくないだろ。しがない公僕人生は定年まで何十年も続くんだ。そう言い聞かせて自分を奮い立たせた。もし立ち向かわなかったら、私もとっくに退職して田舎に帰っていただろうよ。いつか『あのとき助けてもらったおかげで幸せです』と言われる警察官になりたかった。だから──」

 恩を着せたいわけではない。
 恐怖と引き換えに、せめて納得したかった。
 これでよかった、私は間違っていなかったんだと思いたかった。

「自分が救った子どもに、不幸せでいてほしくなかったんだよ。だから今でもあの娘にこだわっているに過ぎないんだ。己の行動が正しかったのかどうかの確認作業だ。見届ける勇気もなかったくせにな。正義感でもなんでもない。矮小な人間ですまんな」

 一気にまくし立て、ようやく息をついた。
 兎田谷先生は腕組みをして「ふうむ」と唸っていた。

「直接的に人を救えず、他者のために働いているわけでもない。それなのに先生なんて呼ばれている俺なんかの百倍は立派だと思うがね」
「どうだろうな。私が助けた結果、顔には消えない傷が残って、年端もいかないうちに見世物小屋に売られ、実の母親によって悲劇が繰り返されようとしている。彼女は、生き残ってほんとうに幸運だったのだろうか? 私を恨んではいやしないか……」
「巡査殿も烏丸も、すーぐ他人を推し量りたがる。本人に訊いてみなけりゃわからないさ」
「まあ、そうなんだが」

 この男に限って慰めでもないだろうが、その答えにどこか安堵している自分がいた。

「で、昨日、十年越しに竜子さんが娘を捜してほしいと相談にやってきたわけだ」
「ああ。あのときの母親だとすぐにわかった」
「どうして数寄屋橋まで? 新橋からだったら三原橋の派出所のほうが近いんじゃない?」
「あそこの巡査たちに聞いたんだが、うちに来る前、竜子さんは何度か三原橋を訪れていたらしい。だが、相手にせず追い返したんだと。今日も早朝に起こった不審火の後処理に駆り出されていたからな。忙しくて尋ね人の用件なんかまともに受け入れちゃくれなかったはずだ」
「全員で立ち寄った、鬼瓦のあった民家ね」
「そうだ。昨日の朝はたまたま巡回中で、助けを呼びに走った近隣住民が銀座通りのほうにやってきたんだ。まさか私が最初にあの現場へ駆けつけた警察官だとは考えもしなかっただろうがな」
「お、やっと話の核心が見えてきたね。さあ、巡査殿が独自で追っていたっていう連続放火事件と、あの母娘の関係は?」

 三年のあいだに全国各地で発生した十件の不審火。
 怪我人は出ていないものの、十年前に起こった火災と状況がどれも似通っている。
 まるで、そのままそっくりなぞらえたかのようだった。

 火事の最中に家から子どもの声がして、本当にいたかどうかの違いだけだ。

「まるで、菖蒲を助けだしたあの火事をそのままそっくり模倣しているように感じる。ただし鎮火したあとには何も残らず、子どもは行方不明になっている。そして──毎回必ず、赤い着物の女が目撃されているんだ」
「なんだか怪談めいてきたなぁ。赤い着物の女くらいどこにでもいそうだが、すべて同一人物だったのかね」
「それはわからん。私が直に立ち合ったのは十件のうちの一件、昨日の火災のみに過ぎないからな。東京だけでなく全国に及んでいて、他県の調査や聞き取りに参加できたわけじゃない。地方の新聞記事を読んだり、知人のつてを頼ったりして情報を集めはしたが」

 一緒に調べていた同僚は、この途中に辞めていなくなった。
 以来、一人で追いつづけていた。

「各地に散らばったこれらの不審火が同一犯かもしれないと上司に話したときは、そりゃあ馬鹿にされたもんさ。昨日までは自分自身も半信半疑だったよ。似た事件を勝手に結びつけて、くだらない偶然にこだわっているんじゃないかと思っていた」
「昨日、確信を得たってことは……九枚の絵葉書か」

 肯定の意を込めて首を縦に振った。

「結論を話そう。私は──籠石竜子が、連続放火事件の犯人ではないかと思っている。これを見てくれ」

 懐から畳んでいれてあったボロボロの日本地図を取りだし、兎田谷先生の前に広げた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。