はじまりはガシャポンで!

米と麦

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39.対峙-1

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 日暮れ。地平線の向こうへ太陽が半分隠れた頃、テオドアたちはついに標的を見つけ出した。足跡を辿って数時間、それは森の中を緩慢な足取りで歩いていた。
 奴が一歩踏み出すたび、地響きのような振動が全身を震わす。この音が聞こえてから、テオドア達はすぐさま馬を降り、息を潜めながらここまで進んできた。
 ただでさえ陽が落ちてしまったこの時間。光の差さぬ森の中は暗くほとんど何も見えない。ゆえにヘルハウンドの全容も掴めず、時折覗く薄い炎の吐息を手がかりに、かろうじて獲物がそこにいることを読み取っていた。
 茂みに隠れて様子を伺う。風上にならないよう気をつけながら、慎重に跡を追う。においを気取られてはいけない。だというのに緊張から脂汗がだらだらと背中を伝った。なんとも重苦しい空気だ。

「どうしますか?」

 ジミルがすぐそばで耳打ちする。指示を仰ぐ彼の顔には僅かに憔悴の色が見えた。確かにずっとこのままでいても疲弊するばかりだろう。しかしあまり下手な手も打てない。情けないことにこちらが聞き返したいくらいだ。

(一発仕掛けるか?クォーツの魔法か俺の爆弾で)

 テオドアが腰のポーチに視線を落とす。対ヘルハウンド用に、水魔法が付与された爆弾を数個持ってきた。値が張るのであまり買えなかったが、街で調達してきたものの一つだ。
 標的は今油断している。いっそこれ全部どかんと派手に撃ち込めば、かなりのダメージを期待できるのではなかろうか。

(ま、希望的観測に過ぎねえけど)

「まずは散らばるぞ。お前らは後方待機で頼む。俺が爆弾ぶちかましてこっちに惹きつけよう。逃げてなきゃ馬を使うから道を空けといてくれ。そのまま渓谷側に誘導してく。ジミルはやつの後ろから脚を狙って射撃、クォーツはとにかく吐炎ブレスの鎮火に尽くしてくれ。……二人とも、気をつけろよ」

 手早く作戦の概要を伝える。ずぼらな作戦だがあいにく異論は認められない。二人の返事を聞く前に右手に爆弾を準備する。
 クォーツが目を伏せ、ジミルが何か言いたげに口を開いたその時だった。
 突然、状況が一転した。それまでと反対方向から突風が吹き、風向きが真逆になったのだ。
 やばい、と思った時にはもう遅かった。
 風下から、風上へ。鼻の効く犬型の魔物の前でこれが何を意味するかは想像に容易いだろう。

 魔犬の首がぐるりと振り向く。真っ赤なの目がギョロリとこちらを睨む。


「――――――――は?」


 手にした爆弾を咄嗟に放り投げたのと、その場に似つかわしくない間の抜けた声が漏れたのは、ほぼ同時だった。


***


 時は少し遡り、テオドア達が白詰の野に到着した頃。城の軍務室では二人の男が椅子に腰掛け、ローテーブルの上に広がる書類を眺めていた。

「第六、七部隊からの報告が上がってきましたが、今のところ北の森との隣接地区で、特に異常はみられないとのことです」

 ギュンターが上がってきた報告書を読み上げる。名ばかりの騎士団長はその隣接地区とやらの通常・・すらよく知らないが、報告書の文言を見て顔を綻ばせた。顔を上げて目の前の男を見れば、しかしどうして、彼にとってこの情報は満足いくものではなかったらしい。頬杖をつきながら眉根を寄せてこちらを睨んでいる。

「できれば白詰の野原についての報告も聞きたいんですがね。北の森を押さえ込むにはあれが要でしょう」
「えっ!?あ、ああ、そうでしたね。ええっと……はい、そちらも異常なし、例年通り花が咲き乱れているとのことです」

 ギュンターは手にした書類に再び目を落とすと、言われるがままに指摘された部分を読み上げた。報告を聞いたヴォモイが静かにため息を吐く。呆れと安堵が八対ニといったところか。冷めた瞳がこちらに向けられたのに気づくと、ギュンターはバツの悪さを苦笑いで誤魔化した。
 この男はどうにも苦手だ。蛇のようなじっとりとした眼差し、遠回しで嫌味っぽい物言い……騎士らしさ・軍人らしさとはまったくかけ離れた彼が、しかし騎士団の上に立つ軍務大臣とは不思議なものだと常々思う。良くも悪くも単純明快、裏表のないギュンターとしては、相反する性格のこの男が直属の上司いうのはなんともやりづらかった。

「失礼、そちらの報告書を頂けますかな。どうにも自分で確認したほうが早い気がして」

 結局自分で読むのかよ。そんな悪態をつきたくなるのを堪えて、手にした書類を差し出す。ああ早く団長室に戻りたい。この男の性格の悪さにはいつも辟易させられる。

(性格の悪さといえば……)

「ああそうだ……第八部隊はどうなりましたか?」

 ギュンターの頭に一つの気掛かりがよぎったちょうどその時、奇しくもヴォモイもその話題を口にした。六、七、とくれば次は第八になるとはいえ、なんとなく悪寒が走る。気分の悪い話題なのがまた追い打ちをかけた。

「ああ、その件ですが……テオドア=ノイマン副隊長は、昨日明朝に出発したとのことです」
「ほお、そうですか」

 尋ねてきたわりに随分そっけない反応だ。それが妙に癇に障る。

「あの、よかったのでしょうか……?あんなことを言って……」
「……あんなこと、とは?」
「いや、だって……」

 心当たりのなさそうな様子に気味の悪さを覚えた。ギュンターはしばし逡巡し、唇を舐める。

「……目撃情報があったのは、大魔犬ヘルハウンドではなく………双頭犬オルトロスですよ?」

 手元の書類に落とされていた視線がゆっくりとあがる。腹の読めぬ狸が、品定めでもするかのようにまじまじとこちらを見据える。その瞳は、まるでつまらないものを見たとでも言いたげに、仄暗く虚ろであった。
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