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40.対峙-2
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血のように紅い四つの目がテオドア捉える。
二つではなく、四つの目が。
「――――――――は?」
間抜けな声から一拍遅れ、投げた魔法弾が炸裂する。轟くような爆音と共に青白い閃光がその場を包んだ時、それまで闇に紛れて見えなかった化物の全貌が明らかになった。
巨大な図体の上には、真っ黒な犬の頭が二つ。嗜虐的な光を宿した紅目に、獰猛にきらめく鋭い牙。ダラダラとみっともなく唾液を滴らせる口からは、片方からは火の粉が、もう一方からは粉雪がちらりと垣間見えた。
――双頭犬。双つの頭を持つ魔犬。一つの頭は煉獄の炎を、もう一つは凍てつく吹雪を吐き出す、ヘルハウンドを凌ぐ凶悪な魔物。
テオドア達はまさに今、それと対峙していた。
「ちょっ、どういうことですか!?これオルトロスじゃないですか!?」
「話が違うぞテオドア!?」
後ろの二人から非難めいた叫び声が上がる。しかしテオドアに答えられるはずもない。
(さっきの嫌な予感はこれか……!!)
凍りついた湖面が脳裏をよぎる。拭えなかった違和感の正体が、今目の前で具現化された。
「計画変更!!全員いったん退くぞ!!」
耳をつんざくような唸り声が響く。それ負けないよう、テオドアは精一杯叫んだ。三人とも馬をとめた場所に向け一斉に駆け出す。ここから十分も走れば着くだろう、逃げてなければの話だが。
「いったいどうなっている!?ヴォモイ大臣の情報では大魔犬という話じゃなかったのか!?」
「おそらくその目撃情報とやらが誤ってたんだろ!!」
「あるいは、あちらに騙られたかですね」
ジミルが吐き捨てるように言う。敢えて口にしなかったものの、テオドアも同意見だった。
木々の間を縫うように走り、化物の足を遅らせる。命からがら走り抜けば、やっとの思いで馬をとめた場所に辿り着いた。大木に手綱を括り付けていたことが功を奏し、なんとか逃げずにいてくれたようだ。
彼らもまた身の危険を察知していたようで、ひどく興奮している。どうどうとなんとか宥めて背に乗ると、すぐ後ろからバキバキと大木のなぎ倒される音が響いた。
「クォーツ、ジミルはやつの左手へ回れ!!そっち側は火属性だからクォーツの魔法が効くはずだ!!」
テオドアが横目で後ろを確認する。彼が投げた爆弾は幸運にも左頭に当たったようだ。右の頭はがっつりとこちらを目で捉えているのに対し、左は目眩でもするのか、ぐらぐらと頭を揺らしている。この様子ではしばらく吐炎は出ないだろう。うまくいけばクォーツの水魔法で押し切れるかもしれない。
「ジミルは詠唱中のクォーツのフォローを、ついでに可能ならヤツの頭に数発ぶち込んでやれ……俺は先頭で注意を引きつける。お前らは基本左後方を陣取れ。……くれぐれも吐息だけは回避しろよ」
「相分かった」
「りょーかい!」
その返事を境に、馬が二手に分かれる。テオドアは速度を上げると、敢えて右の頭の前に躍り出て、こめかみ目がけて手榴弾を投げた。魔法は付いてない普通の火薬弾だ、当然威力も低い。しかし双頭犬の注意を引くには十分。ぎゃおう、と耳障りな悲鳴をあげたのち、真っ赤な目が憎々しげにこちらを睨みつける。どうやらターゲットは完全にこちらに絞られたようだ。左後方でクォーツの魔法陣がチラつくが、そちらには見向きもしない。いい兆候だ。
幸い右の頭も吐氷を吐く様子も見られない。ここに来る道中も痕跡がなかったあたり、むやみやたらに撃つ訳ではなさそうだ。
(好都合だ)
襲い来る前脚をすんでのところで避けながら、うまいこと真下に潜り込む。そのまま胴の横にぴったりとくっつくと、馬の背を踏み台に魔犬の上によじ登った。
「ごめんな」
そう一言告げ、先ほどまで乗っていた馬の尻を思い切り蹴る。
哀れな愛馬は躾けた通り、一目散に走り出した。これで化物の標的は再び彼に戻るだろう。
風圧に耐えなんとかオルトロスの背に上がる。黒い芝生の上に立てば、視界は一気に開け、風を切って駆け抜ける森は壮観といえば壮観であった。しかし足元の黒芝――オルトロスの体毛からは強烈な獣臭や魔物独特の腐臭が放たれ、せっかくの景色も楽しめたものじゃない。テオドアは軍服の袖で口元を覆うと、善戦するクォーツを横目に、オルトロスの右の頭上まで一気に駆け上がった。
成人男性として並の体重はあるテオドアだが、興奮したオルトロスにとって、そんなもの瑣末な虫と変わらないようだ。眉間あたりまで足を伸ばしてみたが、気づくそぶりがまるでない。向かい風に足を取られぬよう気をつけながら、静かに剣を抜く。白銀の刃が月明かりに照らされきらりと光った。
「ギャアアォォォオウ!!!!」
けたたましい叫びが森中に轟いた。木々がビンビンと震え軋む。テオドアは右目に突き立てた剣を引き抜くと、間髪入れずに左目に突き刺した。オルトロスが再び濁った悲鳴を上げる。両目を貫かれる痛みはきっと耐え難かったに違いない。それまで追っていた獲物のことなど忘れ、頭を揺らし、にごった涎をあたりに撒き散らしながら踠き苦しむ。テオドアは振り落とされないよう、真っ黒な剛毛と左目に刺さったままの剣にしがみつくと、左足でバランスをとりながら、右足を後臼歯の間に挟み込んだ。自然と身体が犬の口元まで滑り落ちる。
黒い唇のふちに手をかけ、両足は歯と歯の間に差し込みなんとか体勢を整える。すぐ目の前は化け物の口の中だ。ぶよぶよした歯茎から突き出す巨大な牙、毒々しいピンクの舌とその上をぬめる粘り気の高い唾液、そして深淵へと続いてゆく食道。おぞましい光景と奥から立ち込める臭い息に酔い、反射的に顔を背ける。うっかり倒れ込まないよう気をつけながら腿に手を伸ばすと、ベルトで固定した火薬弾を全て取り出した。
「ありったけ全部くれてやらあ!!」
着火した火薬弾をオルトロスの口内に放り込む。すぐさま地面に飛び降りると、一目散に森の方へ駆け出した。シダの茂みに飛び込んだ直後、背後から地を割るような爆音が響いた。
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