はじまりはガシャポンで!

米と麦

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40.対峙-2

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***


 血のように紅い四つの目がテオドア捉える。
 二つではなく、四つの目が。

「――――――――は?」

 間抜けな声から一拍遅れ、投げた魔法弾が炸裂する。轟くような爆音と共に青白い閃光がその場を包んだ時、それまで闇に紛れて見えなかった化物の全貌が明らかになった。

 巨大な図体の上には、真っ黒な犬の頭が二つ。嗜虐的な光を宿した紅目に、獰猛にきらめく鋭い牙。ダラダラとみっともなく唾液を滴らせる口からは、片方からは火の粉が、もう一方からは粉雪がちらりと垣間見えた。

 ――双頭犬オルトロス。双つの頭を持つ魔犬。一つの頭は煉獄の炎を、もう一つは凍てつく吹雪を吐き出す、ヘルハウンドを凌ぐ凶悪な魔物。
 テオドア達はまさに今、それと対峙していた。


「ちょっ、どういうことですか!?これオルトロスじゃないですか!?」
「話が違うぞテオドア!?」

 後ろの二人から非難めいた叫び声が上がる。しかしテオドアに答えられるはずもない。

(さっきの嫌な予感はこれか……!!)

 凍りついた湖面が脳裏をよぎる。拭えなかった違和感の正体が、今目の前で具現化された。
 
「計画変更!!全員いったん退くぞ!!」

 耳をつんざくような唸り声が響く。それ負けないよう、テオドアは精一杯叫んだ。三人とも馬をとめた場所に向け一斉に駆け出す。ここから十分も走れば着くだろう、逃げてなければの話だが。

「いったいどうなっている!?ヴォモイ大臣の情報では大魔犬ヘルハウンドという話じゃなかったのか!?」
「おそらくその目撃情報とやらが誤ってたんだろ!!」
「あるいは、あちらに騙られたかですね」

 ジミルが吐き捨てるように言う。敢えて口にしなかったものの、テオドアも同意見だった。
 木々の間を縫うように走り、化物の足を遅らせる。命からがら走り抜けば、やっとの思いで馬をとめた場所に辿り着いた。大木に手綱を括り付けていたことが功を奏し、なんとか逃げずにいてくれたようだ。
 彼らもまた身の危険を察知していたようで、ひどく興奮している。どうどうとなんとか宥めて背に乗ると、すぐ後ろからバキバキと大木のなぎ倒される音が響いた。

「クォーツ、ジミルはやつの左手へ回れ!!そっち側は火属性だからクォーツの魔法が効くはずだ!!」

 テオドアが横目で後ろを確認する。彼が投げた爆弾は幸運にも左頭に当たったようだ。右の頭はがっつりとこちらを目で捉えているのに対し、左は目眩でもするのか、ぐらぐらと頭を揺らしている。この様子ではしばらく吐炎は出ないだろう。うまくいけばクォーツの水魔法で押し切れるかもしれない。

「ジミルは詠唱中のクォーツのフォローを、ついでに可能ならヤツの頭に数発ぶち込んでやれ……俺は先頭で注意を引きつける。お前らは基本左後方を陣取れ。……くれぐれも吐息ブレスだけは回避しろよ」
「相分かった」
「りょーかい!」

 その返事を境に、馬が二手に分かれる。テオドアは速度を上げると、敢えて右の頭の前に躍り出て、こめかみ目がけて手榴弾を投げた。魔法は付いてない普通の火薬弾だ、当然威力も低い。しかし双頭犬オルトロスの注意を引くには十分。ぎゃおう、と耳障りな悲鳴をあげたのち、真っ赤な目が憎々しげにこちらを睨みつける。どうやらターゲットは完全にこちらに絞られたようだ。左後方でクォーツの魔法陣がチラつくが、そちらには見向きもしない。いい兆候だ。
 幸い右の頭も吐氷ブレスを吐く様子も見られない。ここに来る道中も痕跡がなかったあたり、むやみやたらに撃つ訳ではなさそうだ。

(好都合だ)

 襲い来る前脚をすんでのところで避けながら、うまいこと真下に潜り込む。そのまま胴の横にぴったりとくっつくと、馬の背を踏み台に魔犬の上によじ登った。

「ごめんな」

 そう一言告げ、先ほどまで乗っていた馬の尻を思い切り蹴る。
哀れな愛馬は躾けた通り、一目散に走り出した。これで化物の標的は再び彼に戻るだろう。

 風圧に耐えなんとかオルトロスの背に上がる。黒い芝生の上に立てば、視界は一気に開け、風を切って駆け抜ける森は壮観といえば壮観であった。しかし足元の黒芝――オルトロスの体毛からは強烈な獣臭や魔物独特の腐臭が放たれ、せっかくの景色も楽しめたものじゃない。テオドアは軍服の袖で口元を覆うと、善戦するクォーツを横目に、オルトロスの右の頭上まで一気に駆け上がった。
 成人男性として並の体重はあるテオドアだが、興奮したオルトロスにとって、そんなもの瑣末な虫と変わらないようだ。眉間あたりまで足を伸ばしてみたが、気づくそぶりがまるでない。向かい風に足を取られぬよう気をつけながら、静かに剣を抜く。白銀の刃が月明かりに照らされきらりと光った。


「ギャアアォォォオウ!!!!」

 けたたましい叫びが森中に轟いた。木々がビンビンと震え軋む。テオドアは右目に突き立てた剣を引き抜くと、間髪入れずに左目に突き刺した。オルトロスが再び濁った悲鳴を上げる。両目を貫かれる痛みはきっと耐え難かったに違いない。それまで追っていた獲物のことなど忘れ、頭を揺らし、にごった涎をあたりに撒き散らしながら踠き苦しむ。テオドアは振り落とされないよう、真っ黒な剛毛と左目に刺さったままの剣にしがみつくと、左足でバランスをとりながら、右足を後臼歯の間に挟み込んだ。自然と身体が犬の口元まで滑り落ちる。
 黒い唇のふちに手をかけ、両足は歯と歯の間に差し込みなんとか体勢を整える。すぐ目の前は化け物の口の中だ。ぶよぶよした歯茎から突き出す巨大な牙、毒々しいピンクの舌とその上をぬめる粘り気の高い唾液、そして深淵へと続いてゆく食道。おぞましい光景と奥から立ち込める臭い息に酔い、反射的に顔を背ける。うっかり倒れ込まないよう気をつけながら腿に手を伸ばすと、ベルトで固定した火薬弾を全て取り出した。

「ありったけ全部くれてやらあ!!」

 着火した火薬弾をオルトロスの口内に放り込む。すぐさま地面に飛び降りると、一目散に森の方へ駆け出した。シダの茂みに飛び込んだ直後、背後から地を割るような爆音が響いた。
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