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第3幕 ~栄光の蜜~
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数日後。
御殿二階の路空の部屋の扉をノックし、澄春が入っていくと、整えられたベッドの上に身を投げ出し、スマホをものすごい形相で睨む路空の姿があった。
「リラックス中……にしては顔が仕事モードだね。また華ちゃんのお母様と仲良くやりとりかい?」
「澄春先生。あたりっす」
画面から視線を外さず、路空は応える。
度々華のもとへやってくるメッセージ。
それらの確認と返信の一切を、路空は華に成り済まして行っている。
しばらく入力を続けたあと、彼はぱっとスマホをベッドに投げ出した。
「ったく、華のやつ、よくこんな脅しめいた連絡につきあってきたな」
「ご苦労様。——少し情報を共有させてもらっても?」
「いいですよ」
路空に促され、澄春は文机の椅子に腰かける。
「早妃っていうこの母親、戻ってこいだの介護しろだのうだうだうるせーから、数日前正論ぜんぶぶちかましてやったんすよ」
親父が暴力ふるって、母親がそのままにしてきたこと。
妹から盗まれた金も返ってきてないこと。諸々を書き立てて、路空は華として反論したという。
「そしたら、あほみたいなねじまがった理論で平然と返してきて」
「少し画面を見せてもらっていいかな」
「どうぞ」
「……ふむ」
母親からのメッセージ画面を澄春はスクロールしていく。
――お父さんがああしたから結果あなたは自立したんじゃないの。なにも間違ったことはしていないわ。
――たいした社会経験もないくせに親に歯向かったあなたの咎でしょ。
――そもそもこれまでわたしがあなたを優しく育てすぎたのね。だから感謝もしらない、言うこともきかない子どもに育ってしまった。わたしの失敗ね。
たしかに、見ているだけで腹の奥が煮えくり返ってくるような文面だ。
「しかし向こうは数が三人だからね。どんなにねじまがった理論でも数が多いと、この世では正論となってしまう」
そうやって地獄へと転じて行った国や社会は、歴史上にいくつか例がある。
「……ぶっちゃけちょっとだけ反省してるんすよね」
ふいに呟いた路空に、澄春はスマホから顔をあげた。
「というと?」
「華に。あいつに厳しく言い過ぎたかなって」
頭の後ろをかきながら、路空ははっと、息を吐き出した。
「こんな理論、始終浴びてたら、そりゃぐっちゃぐちゃになるぜ。どんなに自分を持ってても、引っ掻き回されて、なにが正しいのかわかんなくなっても無理ねーわって」
頭をかき乱すその手がふいにとまり、路空の瞳がベッドの一点に注がれる。
「……母親に理屈で勝つよりさきに、あいつに植え付けられた、洗脳をとかねーと」
「まったく、そのとおりだね。しかしそれはとても難儀かもしれない。もしかしたら、殺人計画よりも」
ゆったりと、澄春は機能的なチェアの上で足を組み直す。
「でも、路空くんがあのとき目を覚まさせてくれて、華ちゃんもよかったと思っていると私は感じているよ」
かすかに顔をあげた路空に笑いかける。
「路空くんの優しさは不器用だけど、ちゃんと伝わるから。安心していい」
念を押すと彼はさっと顔を赤らめた。
「なっ。別に、優しさとかじゃないっすよ。ただ、あいつの家族には俺も相当むかついてて……」
「ふふふ。まぁ、そういうことにしておこう」
「——で、話戻しますけど」
ベッドの上であぐらをかき、路空は投げ出したスマホに剣呑な視線をはわせる。
「この母親、華の病歴を利用して、障害年金を取得してそれを働かねー夫に貢いでるんすよ」
さすがに澄春もすぐには言葉が出なかった。
「それは……許しがたいことだね。このこと、みんなには?」
「昨日のやりとりで判明したんで、今夜にでも共有するつもりっす。……この女、のうのうと言ってきたんだぜ」
スマホから視線を外さないまま、路空は詳細を報告した。
「介護にも親戚の集まりにも来ないなら埋め合わせに金を寄越せ。お前の障害年金ももうじき尽きるって。お前なにほざいてんだって言ったら、それができなきゃ結婚でもして世間様に顔向けできる立場をつくれとか、なんとか」
「まったく、言葉も出ないね」
「どんな顔してるかしらねーけど、その面の皮、剥ごうにもぶあつすぎてはがせねーんじゃねーのか」
「まぁまぁ路空くん。——つまりこう言いたいんだね」
澄春の瞳が、路空の目が。
この場に漂う穏やかならぬ感情を共有する。
「なんとか制裁を与えたい」
「無論すよ。けど俺が単身で乗り込んだら、みんなと共有して作戦練ってからにしろって碧にいに怒られそうだしな。湊の奴もいろいろうるさそうだ」
「ふふふ、なんだかんだで先輩の言うことをちゃんときくのは、路空くんのいいところだよ」
長く息を吐き出し、澄春は立ち上がる。
「わかった。ここは私に任せてくれないかな?」
ポジション柄普段は見守り役に徹することが多いが。
ここは年長者である自分が出る幕かもしれないと、うっすら思う。
「少し、対策を考えてみるよ」
「澄春先生が、そう言うなら……」
「それまで、しばらくのあいだ、彼女とのやりとりがとぎれないように、よろしくね。胃がムカムカするだろうけれど、いざとなったら良質の薬を処方するから」
「へーい……」
けたたましく何度も鳴る通知音にげんなりと首をもたげつつ、路空は頷いた。
御殿二階の路空の部屋の扉をノックし、澄春が入っていくと、整えられたベッドの上に身を投げ出し、スマホをものすごい形相で睨む路空の姿があった。
「リラックス中……にしては顔が仕事モードだね。また華ちゃんのお母様と仲良くやりとりかい?」
「澄春先生。あたりっす」
画面から視線を外さず、路空は応える。
度々華のもとへやってくるメッセージ。
それらの確認と返信の一切を、路空は華に成り済まして行っている。
しばらく入力を続けたあと、彼はぱっとスマホをベッドに投げ出した。
「ったく、華のやつ、よくこんな脅しめいた連絡につきあってきたな」
「ご苦労様。——少し情報を共有させてもらっても?」
「いいですよ」
路空に促され、澄春は文机の椅子に腰かける。
「早妃っていうこの母親、戻ってこいだの介護しろだのうだうだうるせーから、数日前正論ぜんぶぶちかましてやったんすよ」
親父が暴力ふるって、母親がそのままにしてきたこと。
妹から盗まれた金も返ってきてないこと。諸々を書き立てて、路空は華として反論したという。
「そしたら、あほみたいなねじまがった理論で平然と返してきて」
「少し画面を見せてもらっていいかな」
「どうぞ」
「……ふむ」
母親からのメッセージ画面を澄春はスクロールしていく。
――お父さんがああしたから結果あなたは自立したんじゃないの。なにも間違ったことはしていないわ。
――たいした社会経験もないくせに親に歯向かったあなたの咎でしょ。
――そもそもこれまでわたしがあなたを優しく育てすぎたのね。だから感謝もしらない、言うこともきかない子どもに育ってしまった。わたしの失敗ね。
たしかに、見ているだけで腹の奥が煮えくり返ってくるような文面だ。
「しかし向こうは数が三人だからね。どんなにねじまがった理論でも数が多いと、この世では正論となってしまう」
そうやって地獄へと転じて行った国や社会は、歴史上にいくつか例がある。
「……ぶっちゃけちょっとだけ反省してるんすよね」
ふいに呟いた路空に、澄春はスマホから顔をあげた。
「というと?」
「華に。あいつに厳しく言い過ぎたかなって」
頭の後ろをかきながら、路空ははっと、息を吐き出した。
「こんな理論、始終浴びてたら、そりゃぐっちゃぐちゃになるぜ。どんなに自分を持ってても、引っ掻き回されて、なにが正しいのかわかんなくなっても無理ねーわって」
頭をかき乱すその手がふいにとまり、路空の瞳がベッドの一点に注がれる。
「……母親に理屈で勝つよりさきに、あいつに植え付けられた、洗脳をとかねーと」
「まったく、そのとおりだね。しかしそれはとても難儀かもしれない。もしかしたら、殺人計画よりも」
ゆったりと、澄春は機能的なチェアの上で足を組み直す。
「でも、路空くんがあのとき目を覚まさせてくれて、華ちゃんもよかったと思っていると私は感じているよ」
かすかに顔をあげた路空に笑いかける。
「路空くんの優しさは不器用だけど、ちゃんと伝わるから。安心していい」
念を押すと彼はさっと顔を赤らめた。
「なっ。別に、優しさとかじゃないっすよ。ただ、あいつの家族には俺も相当むかついてて……」
「ふふふ。まぁ、そういうことにしておこう」
「——で、話戻しますけど」
ベッドの上であぐらをかき、路空は投げ出したスマホに剣呑な視線をはわせる。
「この母親、華の病歴を利用して、障害年金を取得してそれを働かねー夫に貢いでるんすよ」
さすがに澄春もすぐには言葉が出なかった。
「それは……許しがたいことだね。このこと、みんなには?」
「昨日のやりとりで判明したんで、今夜にでも共有するつもりっす。……この女、のうのうと言ってきたんだぜ」
スマホから視線を外さないまま、路空は詳細を報告した。
「介護にも親戚の集まりにも来ないなら埋め合わせに金を寄越せ。お前の障害年金ももうじき尽きるって。お前なにほざいてんだって言ったら、それができなきゃ結婚でもして世間様に顔向けできる立場をつくれとか、なんとか」
「まったく、言葉も出ないね」
「どんな顔してるかしらねーけど、その面の皮、剥ごうにもぶあつすぎてはがせねーんじゃねーのか」
「まぁまぁ路空くん。——つまりこう言いたいんだね」
澄春の瞳が、路空の目が。
この場に漂う穏やかならぬ感情を共有する。
「なんとか制裁を与えたい」
「無論すよ。けど俺が単身で乗り込んだら、みんなと共有して作戦練ってからにしろって碧にいに怒られそうだしな。湊の奴もいろいろうるさそうだ」
「ふふふ、なんだかんだで先輩の言うことをちゃんときくのは、路空くんのいいところだよ」
長く息を吐き出し、澄春は立ち上がる。
「わかった。ここは私に任せてくれないかな?」
ポジション柄普段は見守り役に徹することが多いが。
ここは年長者である自分が出る幕かもしれないと、うっすら思う。
「少し、対策を考えてみるよ」
「澄春先生が、そう言うなら……」
「それまで、しばらくのあいだ、彼女とのやりとりがとぎれないように、よろしくね。胃がムカムカするだろうけれど、いざとなったら良質の薬を処方するから」
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