麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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第3幕 ~栄光の蜜~

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「かんぱーい!」
「祝・年金奪還! 功労者の澄春先生に捧げる祝杯を!」

 その夜の御殿のダイニングはまたもや、全員集合の祝杯となった。

「……湊くん、少し題目がストレートすぎないかな?」
「澄春先生もまんざらでもないのでは」
「ほんとうに、感謝してもしきれません」

 そう言ってワインを注いでくる華に、ほろ酔い気味の澄春はそっと囁いた。
「華ちゃん。それなら……ご褒美がほしいんだけど」
「え?」
「華ちゃんのお皿のサラダ、一口もらえる?」
 あ~んと口をあける澄春に、華は目を瞬いた。
「す、澄春さんだいぶ、酔ってます?」

 しょうがないな、もうお酒はだめですよ、と言いながら華がフォークを差し出す。盛られたサラダを咀嚼する澄春の瞳がふいに真剣になり、すぐに笑顔に溶けた。

「うん。そんな意地悪を言うなら、このサラダは私と碧くんでいただこうね」
「えっ。そんなぁ。路空の特性お洒落サラダなのに……アメーラとか乗ってるのに……」

 キッチンに向かいがてら、すれ違った碧に囁くのは――毒見の結果。


「レタスに毒素が少し。華ちゃんの分だけにっていうのが余計怪しいね」
「そうですか。また何者かが忍び込んで……だが、一体どうやって……」

「おや。澄春先生」
 その時、パーティーに加わった凪が不穏な会話を終わらせる。

「そのライムグリーンのシャツ。また新しくしたのですか」
「凪くんはよく気がつくね」
 ソファで取り上げられたサラダの代わりにスイーツを頬張っていた華も顔を上げる。
「そういえば、いつも思ってました。澄春さん、センスいいなぁって」
「澄春先生は以前からとってもおしゃれだったんだよ。今の一房だけのメッシュも素敵ですが……以前の全体がボルドーに染まった髪もハイセンスでしたね」
 うっとりという凪に、
「へ、へぇ。攻めてたんですね」
 なんとなく想像がつかなくて、あいまいな返答の華である。
「若気のいたりだよ、恥ずかしいなぁ……」
 赤毛の医者とは。
 なかなかにインパクトが強そうである。
 ――あれ?
 そこまで考えて華の記憶の欠片が引きだされる。
 ――赤毛って、最近なんか話題にしたような。
 そうか、かつて自分に違法の量の薬を処方した医師がとりつかれた悪夢だと思い当たった時には、澄春が隣にやってきていて、何杯目かのワインをくゆらせていた。
「溝口か……。あいつも当初はいい医者だったけれど、いつしか金に目が眩んで。とうとう手の施しようのないところまで行ってしまったんだよね」
 ん? と華は身をよじる。
「澄春さん、あの医師とお知り合いだったんですか」
 大分酔いが回ってきているのか、くらくらと身体を揺らしながら、澄春は心地よさそうに目を閉じる。
「だから……ほかのあくどい医者と一緒に片づけるしかなかった。ずいぶん非道なやり方になってしまったなと、後になって思ったけれど」
「ん……え……?」
「彼らの利益を求めた処方のせいで正気を失い、高いビルから飛び降りた人まで出てきていた。それだけのことをしたからには、やむをえないね……」
「……」
 かつて華に多量の薬を処方した溝口医師。
 彼の最期の言葉は。

『赤毛の悪魔が地の果てまでおいかけてくる……!』
 だったとか。

「まさか……。溝口医師たちの謎の死って、澄春さんが関わってたり……?」
 目を閉じ微笑みながら、澄春はあっさりと答える。
「うん。わたしがやったよ」
「さ、さすがに……冗談ですよね?」
 澄春の片目がけだるげに上げられる。
「どうとるかは華ちゃんにお任せするよ。……でもね」

 ふたたびゆっくりと閉じられた両目は、満足そうに安らいでいる。

「それだけのことをしたおかげで、碧くんが目に止めてくれて。今こうして素敵な仲間たちに囲まれているんだから、後悔はしていないさ」

「は、はぁ……」

「ふふふ。人生って、おもしろいものだよね?」

 うっすらと瞼の下に見えるボルドーがかった瞳は、思考と策略と、至福とに彩られていた。
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