麗しの殺し屋御殿

妃月未符

文字の大きさ
44 / 67
第4幕 ~愚かな天使~

5

しおりを挟む
 しかる計画の数日前。
 御殿近所の認定幼稚園でのことである。
 
「はーいみんな。お医者さんの先生が来てくれたから、ひよこ組さんから並んでねー」

 三十代半ばの若き男性園長が、元気に片手を上げて告げる。


 秋晴れのその日。
 華は澄春と凪とともに、この場所を訪れていた。

「それじゃ、検診に行ってくるよ。凪くん、華ちゃん。あとはよろしくね」
「はい!」
「まかせてください、澄春先生」

 澄春は男性園長ともに、室内の保健室らしき場所へと入っていく。

「いつもすまないな、澄春」
「いやいや。子どもたちに健康に関してわたしにできることがあれば、喜んで協力させてもらうよ。ただし、お礼にいっぱい、秋のお野菜をいただくけれど」
「任せてくれ。うちの畑でとれるさつまいもは絶品だよ」

 園長と澄春とは古いつきあいのようで、毎年子どもたちの健康診断を頼まれるのだという。ここ数年は凪も同行して、待っている間の子どもたちのお世話を地道に頑張っているらしい。
 それを聞きつけた華は、真っ先に手を挙げた。

『わたしも、お手伝いしたいです!』

 日頃の恩を返せるチャンスだ。

 まずは年少のクラスが診断の順番らしく、庭でたわむれる年中・年長クラスの中に入っていった凪の周りに、あっという間に子どもたちの輪ができる。

「わーー、凪にいちゃんだ」
「おにいちゃんー、遊んでーー」

「みんな、こんにちは。もちろんだよ。ククク、おしゃべりでもお遊びでも、命のやりとりのお遊戯でも、なんでもいっしょにやろうね……」

 どっと子どもたちは盛り上がっている。が。
 華はおずおずと進み出る。

「な、凪さん。幼稚園児相手に命のやりとりって……」
「ん?」

 凪は小首を傾げ、夢見るような瞳で微笑んで華を見る。

「子どもたちとの遊びは体力勝負。いつでも命がけ。全力で相手をしてあげないと、向こうもこっちもつまらないから。—―もちろん、そういう意味だよ?」

「はぁ……」

 ちょっと信じがたいが。
 気を取り直して自己紹介する。

「みなさんこんにちは。三月華です。今日はみなさんと楽しく遊びにきまし……」
「ねーねー」

 華の自己紹介も終わらないままに、年中の女の子が凪の袖を引いている。

「おや。みんなには待ちきれなかったかな?」
「凪おにいちゃんって、お仕事はなにしてるのー?」
「ああ、それを訊きたかったんだね」

 凪はふふふと笑って、女の子の背丈まえかがみ込み、内緒話をするように、人差し指を口元に掲げた。

「——殺し屋さん」

 ――え?
 ガチッと固まった身体を華は自覚する。

 ――なにこの回答? っていうか、なんでこの発言の最中に限ってこの場しんとしてる……。

 必然的に、問題発言は園児たちを――盛大に沸かせる。

「すげーーー‼ 殺し屋だって!」
「え? お前知らなかったの?」
「凪にーちゃん、いつもの殺し屋ごっこしようよ!」

 なんだか知らないが、既に知っているらしい園児も少なくない。

「ふふふ、いいよ。じゃぁ前回教えた通り、みんなは僕の仲間の殺し屋さんの役をやってね。それじゃ、はじめるよ。そうだなぁ、今日は、天才殺し屋の凪くんが、醜い人間をしとめて、敬愛する先輩たちに褒めたたえられるシーンをやってみよう」

「あ、あの……」

 華があわあわと止められずにいる間にも、お遊び会は始まってしまう。

「あはははは! みなさん、今帰りました! 今日の豚親さん、最高にみじめでしたねぇ。まぁ僕としては、あまりにあっさり片付いてしまって少々つまらなかったですが。どうせならもっと豚らしくみじめにのたうち回ってほしかったものです。子どもを虐待する親の最期……もっともっと見たかったのに……あはは……!」

 いきなり狂気的な笑い声を上げた凪を華はあわてて揺さぶる。

「ちょっと凪くん!」
 
 もはや演技かわかったものではない。

「その演技はちょっとまずいよ。お願いだから戻ってき――」

「凪くん。わかった。わかったから、おいでっ」

「え?」

 誰か落ち着かせに入った? と思ったら、比較的背の高い年長の男の子が、凪の肩を叩いて訳知り顔で言う。

「うーむ、これは、体調というよりメンソレータムの問題だっ」
 ――メンタル、ね。
 と、つっこみは心の中でとどめておくことにする華である。

 凪は徐々に荒い深呼吸を繰り返し、凪はその男の子の手を握った。

「ありがとうございます。澄春先生。少し、心が落ち着いてきました……」

 ――澄春さん役だったんだ。この子。


 そして、傍らにいた年長らしきやんちゃ系の男の子もまたばしっと凪の肩をたたく。

「しっかりしろよ、凪っ! 特性クリームシチュー、作ってやったんだからさっ!」
「路空くん。いつも優しいね……」

 路空役もいた。

「ふ、ふん! 別にお前のためじゃねーし! 栗が余ってたからだし!」
 ツンデレまで完コピである。
 キャラ設定が詳細に伝わっていると見た。

「ふふふ」

 そんな華の心中を察してか、凪が補足してくる。

「みなさん交代で園児たちのお相手にここを訪れているので、人となりはみなよく知っているんです」
「なるほど……」


「路空。クリームシチューに栗はつかいましぇんよっ」

 湊役の子もいるようだ。

「栗を使うなら、わたしにモンブランをつくりなしゃいっ。ついでにショートケーキも、つくりなしゃいっ」

 いささか説教のクオリティーは劣るが、そこは園児なので言うまい。


「わーーっ、みんながいじめたーーっ」

 と少し離れたところで、数人がもめだしたので、仲裁に入らなければと華があわててかけつければ、

「女の子が碧にいさんの役なんてへんだよーー」
「やだーー。あたちもやりたいもんーー」
「俺だって前がまんしたんだぜーー」

 ――碧さん役は競争率高いんですね……。

「みなさん。わたしは、女性が男性を演じるのもとても今どきで素敵だと思いますよ?」

 女の子の涙を拭ってやりなら言ってやる。

「そうなのー?」

「ええ。女の子だからこそ、素敵な男性になれるってこともあるんです! 大人の世界には少女歌劇というものもあって、大人気なんですよ。——だから碧さん役は女の子も含めて交代で。ね?」

 どうにかみんな納得してくれて、ほっと胸を撫でおろす。
 ふいに見れば、凪たちの集団はすでに別の遊びに入っているようだ。

 大型の本を小さな身体で園児たちが持ち出し、みんなでそれを読んでいる。

 見れば絵本ではなく、古い美術品の写真集のようだ。

「子どもたちには少し早いような気がしますけど……」
 凪にそれとなく言ってみれば、

「ああこれ。そんなことないよ。みんな大好きなんだ。美術品収集は園長の趣味らしくてね。よくこうした本を寄贈してくれてるみたい。すごく助かるよ」
「はぁ……」

 言われてみればみな、真剣に見入っている。
 仏像やら西洋画やらの写真集がなぜ小さな子たちにうけているのか華は首を傾げたが――その疑問はすぐに解消された。

「凪にいちゃん、いつもの顔芸やって」

「わかりました。ではまず、金剛力士像——」

「次に、ムンクの叫び――」

 凪が美術作品の名前をあげ直後、爆発的に起きる子どもたちの笑い声。

「な、凪くん、その顔」
「ああ、華ちゃん」


「ここへきて初めて知ったけど、僕って顔真似というものがとても得意らしくてね。僕にはいったい何が面白いのかわからないのだけれど、これをすると小さなみんなはとても喜んでくれるから、すごく満たされた気持ちになるんだ」

 ふんわり微笑む顔はどこからどう見ても美青年かつ好青年なのに。
 さきほどまでの凪の顔を思い出す。

 あそこまで人間、殻を破って剥ぎ棄てられるのかと思うほどものすごい表情をしていた。

「華せんせー、あっちでおえかきしよー」

 子どもたちに手を引かれていきながら、華は思う。

 人間、どんな特技を持っているか、わからないものだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

処理中です...