麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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第5幕 ~不要な罰~

5

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 作戦の決行日。

「碧にい、準備いいか」
「ああ。いいタイミングで接近してかまわない。機械類の操作確認は済ませてある」

 おとり役の路空は、スマホハッキング担当の碧とともに、とある路地裏の物陰に身を隠していた。
 視線の先には華の父親の姿がある。
 自宅周辺を張っていたら案外そう時間を置かず出てきた。

 標的に支点を定め、路空は唇を舐める。

 さて。
 どんないちゃもんをつけて絡むか――。

 算段を練っていると、標的——三月将平がスマホを手に怒鳴り出した。

「お前。そんなことが許されると思ってんのか! 会社で無能なお前をあれだけ取り立ててやって。このまま別れるっつーならお前の息子も無事じゃすまさねーぞ」

 ――やれやれ。
 路空は首を竦め、碧と目配せする。 
 通話の相手はだいたい、わかった。

 ――ケンカふっかけんのも、狂った価値観を持つ相手なら、こっち側が狂う必要はなしか。

 碧に無言で頷き、作戦開始を合図する。
 正攻法でやれそうだ。

 将平の視界まで出ていき、路空は話しかける。

「おっさん。やめなよ。みっとみない」

 ぎろりとスマホに向けていた権幕をそのままに将平は路空に向きなおる。

「あ? 誰だてめえは」

「愛人に逃げられたからって、あたりに公害まき散らしていいってもんじゃねーだろ?
 見なよ、子どももみんな怯えてる」

 事実、通行人の人々は遠巻きに見ている。

「ふん。つっかかってきやがって。やんのか?」

「やるなら人目につかないところでやるよ」

 どんと、将平の腰に衝撃があり、ぶつかった少女がぎろりと睨まれる。
 路空が息を呑んだことに、それは碧の妹、実鳥だった。

 少女が怯えるように見つめていると、碧がやってくる。

「すみません。妹が失礼しました。ほら、お前も謝って」

「ごめん、なさい……」

 
「ふん――」
 
 なんだか文句が始まりそうで面倒だったので、

「あんたの相手は俺だろ。行くよおっさん」

 路空はさりげなく碧や実鳥、その他の人々と距離をとり、裏路地へ誘う。

 人影のないさびれた場所で、二者は対峙した。

「ふん。チンピラみてーななりして、関係ねーくせに正義面しやがって。お前になにがわかるっていうんだ。すっこんでろ」

 さっそく吠えてくれる標的に向かって、路空はもう一匙、塩を盛ってみる。

「そういうわけにはいかねーかな」

 より高い温度で、沸騰させるつもりで。

「あんたの被害者の一人に、依頼受けてるんで。あんたを消してほしいって」

 反応は案の定だった。

 彼の周囲でかしづいている人間で真っ当な心を持つ人間はいないだろう。
 彼に抵抗できうる唯一の人間が将平の脳裏によぎったのが、表情でわかった。

「華か。あいつめ……のうのうと逃げだしておいてふざけやがって」

 口元を弓型に歪め、ターゲットは路空の胸倉を掴んだ。

「上等だ。返り討ちにしてやるよ」

 後は、計画通りだ。

 顔を殴られ肩を腹を、上半身をめちゃめちゃに殴られる。

「娘の指図なんかで生意気に動いてんじゃねー。あいつ、いつも生意気言いやがって」

 ぱしっと左頬にストレートを受けながら、路空は問う。

「ふーん。なんて言われたの?」

「俺が従業員を殴るのは犯罪だとか言いやがったんだよ! 人に育ててもらった立場で偉そうに」

 次は顎の下から力任せに拳をぶつけられる。

「ふん。腰抜けが。えらそうなこと言ってきたと思ったら口だけじゃねーか」

 衝撃を身体じゅうに感じ防御態勢を取りながら路空は微笑んでいた。
 無自覚ではあったが。

 脳裏にはいつも遠慮がちにうつむいている女の姿がある。

 ――なんだよ。お前。ちゃんと戦えてんじゃん。

「なにがおかしいっ」

「珍しくないよ。あんたみたいな親」

 大人しく殴られながら淡々と、もっと殴ってくれそうな言葉を路空はターゲットに投げかけていく。

「育ててやったのに。恩があるのに。これまで仕事で始末するときも、虐待や暴力癖のある親たちはそろって言った。問題だらけの親にありがちな理論だ」

 髪を掴まれ、ぶらんと垂れ下がった首は、亡霊のように告げる。

「育てたこと? 当然の義務を盾に自己防衛してんじゃねーよ。ま、それくらいしかフォローできるもんがなんもねーからなんだろうがな。自分の無力を弱いもんにそのままぶつけて」

 無様なんだよ、と吐き捨てられた言葉に将平の目が血走る。

「なんだと貴様。何も知らない他人が」

「他人だからわかるよ。あんたは最底辺親父だ」

 頭から全身から血を流しながら。
 路空が息一つ乱していないのを将平は気づいていない。

「こんなクソみたいな理論と横暴の中、一人でしゃんと立ってる。誰かにぶつけることもなく、誰かを癒すことで生きていこうとしてんだよ。——あんたの娘は」

「黙れ。黙れ。——ふん。その顔でいつまでほざいてられるかな」

 将平は腹にひと蹴り入れ、路空はうつぶせになり動かなくなる。

「正義の鉄槌だ。バカが」

 吐き捨てると、ターゲットは去っていった。

 将平の気配が消えたと同時に、路空はむくりと上体を起こす。

「ふー。ざっと十五分てとこか。碧にいのことだから余裕だったと思うけど」

「ああ、無事、父親のスマホデータをハッキングした」

 背後から帰って来た返事におつかれーと親指をつきたててみせる。

「おにいちゃん、お仕事うまくいった?」
 姿は見えないが、実鳥が近くにいるようだ。

 角の向こうに姿を消した碧の咎めるような声がする。

「実鳥。ついてきちゃだめだって言っただろう」

 なるほど、今日は世間は休日だったと路空はだんだん途切れかける意識で思う。
 土日には碧は必ず実鳥のいる施設に様子を見にいっている。
 今日もその後路空と合流したのだが――妹がこっそりついてきてしまったらしい。

 実鳥もかわいいなりしてなかなか豪胆な少女だと思う。

 将平の前に出ていかれたときは、正直路空もひやひやした。

「あの人が華さんを苦しめてる人なんでしょ? わたしも協力したかったの! 将来おにいちゃんの秘書になるんだから」
「あのな……」
「へへん。おにいちゃんがあの人のスマホを盗めたの、わたしのおかげだねっ」
「それは……」

「それで、路空はどうしたの?」

 ふっと知らず笑みがこぼれる。
 自分のこともちゃんと心配しているあたり、かわいいところがある。

「さきに帰ったよ。おにいちゃんは後片付けがあるから――さて。実鳥をどうしたものか……」

 途方に暮れた声を蒼が漏らしたとき、その先を引きとる新たな声が響いた。

「実鳥ちゃん。路空はほうっておいても地獄からでも這い上がってくる野蛮な人種です。心配はいりませんよ。さ、私とともに帰りましょう」

「湊。来てくれたのか」

「こんなこともあろうかと思いまして、様子を見に参りました」

「助かる」

 ——あいつ。
 苦々しく、路空は唇をかむ。
 奴の周到さはいつも腹が立つが、今回のように助けられることも多々ある。
 そこが余計に、癪だ。

 事実、子どもの実鳥に今の自分の姿は見せられまい。

「だいじょうぶか、路空。すぐに屋敷まで運ぶ。それから手当てを」

 気づいたら碧に腕をとられていた。

「平気だって。この十倍の痛みだって屁でもねー」
「強がるな」

 だが体力の消耗は少量ではなかったようで、碧に抱えられながら路空の瞼は徐々に重くなっていくのだった。

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