麗しの殺し屋御殿

妃月未符

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終幕 ~頭の中の銃弾~

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 男を目の端でとらえた将平は思う。

 いつか、菜々緒を電話で叱っていた時、正義漢面して絡んできた男だ。

「またお前か……。ふん、お前のような女、こんなチンピラしか相手してくれないんだろうが!」

 どこからともなく現れて、華をひょいとかついだのは、ふわりとした栗色の髪の、小柄な男だ。

「ざーんねん。華ちゃんをかこう騎士は、あと四人いるよ」

「なっ」

「走るよ。華ちゃん。怖ければ目を閉じて」

 目にも止まらぬ速さで姿を消した二人。
 おさまりのつかない激情と執念で将平は目を走らすがどこにも見当たらない。

 かくなる上はと、睨んだのは例のチンピラ男だった。

 素早く拳を繰り出すも何度も躱され、襟ぐりすら掴めない。

「なんで……っ、こいつ、あの時は俺の力に手も足も出なかったはず」

 ふっと、鳴らすように手を組み交差させながら、男は不敵に微笑んだ。

「このあいだの返礼、きっちりさせてもらうぜ、おっさん」

 ♡

 国際ラウンジがパニックに包まれる中。
 どさくさに乗じて逃げ出した早妃は愛に手を引かれ、空港外の港を走っていた。

「ママ、早く」

「ま、待って、愛……」

 体力はないほうではないが、年のせいか、さすがに二十代の娘と同じペースでは走れず、早妃は息を切らせながら、それでも必死に足を運ぶ。

 対する娘は走りながら言葉を継ぐ余裕すらうかがえる。

「これまでの経験から言えば、ああなったら抑えがきかない。パパは捕まると思う」

「そんな……」

 絶望に曇ろうとする眼前を、娘の冷静な声がクリアにする。

「落ち着いてママ。あたしたちまで汚名きせられるわけいかないでしょ? ここはひとまず逃げるのよ」

「でも愛。どうやって」

「この国に仲間がいるの。迎えにきてもらうわ」

「ああ……!」

 そう。多少攻撃的で手に負えない瞬間はあれど。
 いつだって実際的で頼りになる娘を今は拝まんばかりの心地だった。

 ところが、十数メートル走った、その後のことである。

 走っていくと急に立ち止まり、娘がぼうっと虚空を見つめている。

「愛……?」

 呼びかけると、娘の瞳に意識が戻ったので早妃は安堵する。

「ちょっと、先に合流しやすい場所がないか探してくる。ママはゆっくり追いかけてきて」

「ちょっと。愛……」

 はぁはぁと息を整えながら、早妃の脳裏に思考が駆け巡る。

 この娘は話やモノの基準はあうのだが、どうにも自分本位で、肝心な時いつもこうして置き去りにされてしまう。

「……」

 ふいに涙が込み上げ、早妃はその場に頽れた。

 こんな時絶望を聴いてくれていたもう一人の娘もあんなにいきりたって反抗してきて。

 自分は、なんてかわいそうな人間なんだろうと思う。

 昔からそんなたいそれた望みなど持ったことがない。

 ただ、人並みに生きていられれば良かった。

 人から顰蹙を決してかわないように。

 それなりの高校、大学を出て。
 人と同じように結婚し、子をもうけて。

 とにかく普通の人間から脱したくない。それだけだった、のに。

 結果、結婚した夫は横暴な野獣で、娘たちも力になってなどくれない。

 自分は、かわいそう……。
 なんて哀れなの。


 ふらつく足元でもうどうにでもなれと駆け出し。


 ふいに足をくじいた。
 
「!」

 そのまま海に落ちるのをなんとか踏みとどまる。
 が。

 誰かのほんのひと蹴りで。

 早妃の華奢な身体は海側へと突き落された。

 なんとか防壁にしがみついて、傍らの人に訴える。
「助けて……」


「助けて、ですか、お母様?」


「……あ、あなたは……」
 どこかで見たような美麗で長髪の男が笑顔でこちらを見下ろしている。
「華さんはずっと助けてもらえずにきたんですよ?」

「愛さんが華さんのお金を盗んだ時、あなたは返す必要がないと愛さんの味方をしました」

「あなたのご主人が暴力を振るった時、あなたは殴られた華さんではなくご主人の味方をした」

「ずうっとずうっと、縋る場がない中を一人でたえてきたんです」

「あなたに度々、感情のゴミ箱にされて、ずたぼろになりながらね」

「そんな……。そんな」

 片手で全体重を支えている今は顔を覆うこともできず、みっともない顔をさらしながら、はらはらと、早妃は泣いた。

 そんなつもりはなかった。
 
 ただただ、寂しくつらくて。

 誰かに助けてほしくて。

「お母様。家族を存在させることを選択したからにはあなたには責任があるのです。なんとなく、とか。世間にやらされたから、では済まされないんですよ」

 それでも早妃は、諭すような声音にどこか安堵を感じていた。
 言葉の内容はとうに、頭に入って来てはいなかったけれど。

 泣いて縋れば誰かがどうにかしてくれる。
 そんな想いが常につきまとう、人生だった。

 だから。

「娘さんを守る責任を果たしてから、助けを求めてくださいね。この次——」

 崖から手を引きはがされ、身体が宙に舞ったことを、おそらく早妃は理解できなかったかもしれない。


「——来世では」

 海水が身体中を浸し――浮流力を一瞬にして奪いつくす、その時まで。
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