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終幕 ~頭の中の銃弾~
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海岸沿いの通路の先で、愛は身をかがめ、バッグから取り出した瓶から、勢いよく薬を吸った。
仲間を呼ぶと言うのは嘘ではないが、一旦母を撒いたのは、吸いたくて仕方なくなったから。
トルコでは禁止されている。
それでいてトルコの密輸団しか持っていない麻薬の虜になってしまった。
一息吸うと気分が楽になって、万能感に満ちてくる。
ぼやけてくる、意識。
しばらく恍惚としていると、耳の片隅で、トルコ語とそれに混じった英語を捉える。
人々が叫んでいる。
溺死体があがったとか。
女性のものだとか。
その特徴を耳で捉えた時、途端に正気が脳におりてくる。
――母だ。
直後に浮かんだのは危機感。
直前までいっしょにいた自分が疑われると思う。
どうしよう。
物を盗んだ時も、両親がもみ消してくれたおかげでどうにか逃れたのに。
また経歴に傷がつく。
転がりだすように、どこへでもなく駆け出した、その時。
「なにかを恐れているのですが、ご婦人」
目の前に、男が現れた。
どこかで見た眼鏡の美男子だ。
ふっと蠱惑的に微笑んで、美しい男は囁いてくる。
「あなたはその仕事の能力と語学力で、世界中どこへでもいけるじゃありませんか」
直後、恍惚感が脳内のどこかからか押し寄せてくる。
そうか。なーんだ。
また他の国へ逃げればいい。
今の職種なら希望を出せばどこへでも行ける。
「あはは……。うふふふふ」
ずっとずっと、出口のないゴールを走ってきた感覚があった。
学生時代から、終わることのない競争にさらされ。
「そう、そうですよ。力を抜いて。もう、あなたの長い旅は終わったのです」
世の中で認められるために。
ただそれだけを考えてひたすら語学力を、キャリアを重ねて来た。
心をすり減らしながら。
今度こそ、それが報われるのだ。
どこでだって国中が自分にひざまづく。
世界中から人々が寄ってきて、自分を讃えている。
有能だ。
できる人材だ。
しかも美しく。
素晴らしい。
「そうなったでしょうね――あなたがもし、その苦しみを他へぶつけるのではなく――別の場所で昇華させていたら」
男の言っていることはもはやわからない。
わかる必要などなかった。
やっと報われた、多幸感で脳がとろけそうだったから。
――。
数時間後。
正気を失って笑い続けている三月愛という二十代女性が、トルコの地元警察に保護された。
仲間を呼ぶと言うのは嘘ではないが、一旦母を撒いたのは、吸いたくて仕方なくなったから。
トルコでは禁止されている。
それでいてトルコの密輸団しか持っていない麻薬の虜になってしまった。
一息吸うと気分が楽になって、万能感に満ちてくる。
ぼやけてくる、意識。
しばらく恍惚としていると、耳の片隅で、トルコ語とそれに混じった英語を捉える。
人々が叫んでいる。
溺死体があがったとか。
女性のものだとか。
その特徴を耳で捉えた時、途端に正気が脳におりてくる。
――母だ。
直後に浮かんだのは危機感。
直前までいっしょにいた自分が疑われると思う。
どうしよう。
物を盗んだ時も、両親がもみ消してくれたおかげでどうにか逃れたのに。
また経歴に傷がつく。
転がりだすように、どこへでもなく駆け出した、その時。
「なにかを恐れているのですが、ご婦人」
目の前に、男が現れた。
どこかで見た眼鏡の美男子だ。
ふっと蠱惑的に微笑んで、美しい男は囁いてくる。
「あなたはその仕事の能力と語学力で、世界中どこへでもいけるじゃありませんか」
直後、恍惚感が脳内のどこかからか押し寄せてくる。
そうか。なーんだ。
また他の国へ逃げればいい。
今の職種なら希望を出せばどこへでも行ける。
「あはは……。うふふふふ」
ずっとずっと、出口のないゴールを走ってきた感覚があった。
学生時代から、終わることのない競争にさらされ。
「そう、そうですよ。力を抜いて。もう、あなたの長い旅は終わったのです」
世の中で認められるために。
ただそれだけを考えてひたすら語学力を、キャリアを重ねて来た。
心をすり減らしながら。
今度こそ、それが報われるのだ。
どこでだって国中が自分にひざまづく。
世界中から人々が寄ってきて、自分を讃えている。
有能だ。
できる人材だ。
しかも美しく。
素晴らしい。
「そうなったでしょうね――あなたがもし、その苦しみを他へぶつけるのではなく――別の場所で昇華させていたら」
男の言っていることはもはやわからない。
わかる必要などなかった。
やっと報われた、多幸感で脳がとろけそうだったから。
――。
数時間後。
正気を失って笑い続けている三月愛という二十代女性が、トルコの地元警察に保護された。
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