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第十二章 副都事件
第七話 協力者
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王都の西にある副都ハルベルトは、最西端にあるというイスカヤ王国まで続く長い街道の基点となる街の一つである。
王都ほどではないが、副都と呼ばれるだけあって街は大きく、非常に栄えていた。
ヴェルヌ魔法学園はそんな副都にある学校の一つである。
中央の王立魔術、西のヴェルヌといわれるほど、魔法学を学ぶ場所としては名が知られている。
王都からの馬車に乗り、一人の少年がやってきた。
手にしているのは、革のバック一つである。
馬車の御者に対して礼儀正しく礼を言い、馬車から下りた彼は、ゆっくりと道を歩いて、先にあるヴェルヌ魔法学園を目指して歩いて行った。
緑色のフードのついたマントに、紺色のズボン、そして上着は灰色をしていた。
十代半ばの彼も、この魔法学園の生徒かと思いきや、彼は学生を示すベレー帽や、胸元のリボンを締めていない。
上着も生徒なら、紺色のものにエンブレムが入ったもののはずであった。
灰色の上着の左胸にはエンブレムは確かに入っていた。
明らかにその色味が違うものは生徒ではなく、職員のものであった。
彼は鉄門の横の門番の詰め所に声をかけ、胸元の手紙を差し出した。
門番はそれを改めた後、門を少し開け、彼を通してやる。
少年はまた一礼して、中へと入って行った。
彼は生徒ではない。
ここの職員になる者だった。
そう、バーナード騎士団長は、少年の姿に身を変え、この学園の生徒ではなく、教師につく助手として学園へとやって来たのだった。
フィリップ副騎士団長、マグル王宮副魔術師長とよく話し合った結果、バーナードはこの学園の教師の助手として行くことにした。
この秋に臨時入学し、一人だけ学園に入るとなると、目立ってしまうことがまず第一であったし(目立つことは避けたかった)、第二に助手ならば、教師の指示ということで様々な場所に顔を覗かせても怪しまれないだろう。更には、マグルがヴェルヌ魔法学園の教師の中に知り合いがいるというのも大きかった。その教師が、今回協力してくれる運びになっている。
マグルの友人の教師の名はベルン=パラウィンといい、マグルが王立魔法学園に入学した時からの仲だという。
マグルは早くに両親を亡くし、天涯孤独の身であった。だが、彼は魔力も多く、更には魔術の才に恵まれていたため、王立魔法学園にトップ入学を果たした。以降、彼は学年で卒業まで一位の座をキープしており、その才能を認められて学園からの学費は全額免除で過ごすことができた。卒業した後は、王宮魔術師として働き、今では王宮内でも二位の序列にいる。
その魔法学園時の友人だというベルンの助手に、バーナードはつくことになっていた。
そしてそのマグルの友人ベルンは、同時にハルベルト騎士団とも協力関係にあるらしく、ハルベルト騎士団から学園に送り込まれている人員達のこともよく知っているようだった。
バーナードが革の鞄を下げて、職員室に向かおうとした時、その彼の手から鞄をひょいと持ち上げた若者がいた。
緑色の瞳に黒髪の青年がまとっていたのは、この学園の教師の身分を示す灰色のローブだった。柔和な笑みを浮かべて、バートに話しかけてくる。
「君が、バート君かい?」
その問いかけに、バートと名乗ることにしているバーナードはうなずいた。
「はい。貴方は?」
「君に助手をしてもらうことになっている、ベルンだ。宜しく頼むよ」
助手の荷物を、教師に持ってもらうのはまずいとバートがそれを取り上げようとすると、ベルンはニコニコ笑いながら荷物を持たせないようにする。
「いいから。王都から馬車に乗って来たのだろう? 疲れているはずだ。私がこの荷物は持っていってやる」
「先生に荷物を持たせるのはマズイです」
「いいから、バート君、黙って従い給え」
そう言って、彼はスタスタと荷物を持ったまま、寮へと足を運んだ。
バートは急いでベルンの横を歩く。
「すみません」
「気にするな。君は幾つなのかい?」
「十五歳です」
その年齢に、ベルンは口笛を吹いた。
「若いな。まぁ、学園に来るのは若い子ばかりか。とりあえず、今、私は君を寮へと案内する。君の部屋は個室になる。そう希望していたな」
バートは頷く。
「四階の部屋で、屋根裏になる」
「わかりました」
「荷物を置いた後は、私の部屋に案内する。教師には一人一部屋ずつ与えられており、助手たる君もこれから毎日この部屋に来てもらって私の仕事を手伝ってもらうことになる」
「はい」
マグルの話だと、ベルンは結界魔法の使い手で、非常に腕が良いらしい。
バートのことを、王宮からの調査役とだけ伝えているようで、バートがバーナードが魔法のピアスでその身を変えていることも、王の命令を受けていることも知らない。
バートに割り当てられたその部屋は、最初に伝えられたように屋根裏部屋で、天井は屋根の形に合わせて斜めに走っており、梁もむき出しだった。
窓があり、開けると屋根部分にも出ていける。
部屋は狭く、寝台が一つ置かれると、それでいっぱいという様子だった。
とりあえず、寝に来るだけの部屋なので、問題はない。
バートは革鞄をベットに置くと、ベルンの後について今度は教師の個室に向かって歩いて行った。
「私の部屋は、職員棟の二階にある。右から三番目の部屋だ」
「はい」
「専ら手伝ってもらいたいことは、書類の整理だな。あと、資料の取り寄せなども頼みたい」
「はい」
実際に助手の仕事をこなしながら、調査を進めることになっている。
バーナードは助手の仕事などしたことはなかったが、それほど難しいことは頼まれないだろうと考えていた。
職員棟二階の、その三番目の個室に入った時、ベルンは“静寂の魔道具”を起動させた。
「これで好きに話せるね。マグルから、君が王宮からの調査役だという話は聞いている。私に協力して欲しいことがあれば気兼ねなく言い給え。しかし、十五歳の調査役か。若さに驚いたよ」
「そうでないと学園に入りづらいですからね」
「ふむ」
ベルンはそのバートの回答に、少し考え深げだった。
「今、私が知っている情報について、君に教えよう。この副都のハルベルト騎士団は、童顔の若い騎士を、この学園の生徒として三人送り込んできている」
バーナードは少し呆れた。
童顔で押し切れるものなのか。
しかし、ベルンは腕を組み、うんうんと頷いている。
「見事な童顔で、誰にも怪しまれていない。素晴らしいと思うよ」
相当な童顔らしい。
しかし、この学園の生徒の年齢は六歳から十八歳までとなっている。どの年齢の生徒に化けて潜り込んでいるのか気になってくる。
「この四月から十五歳、十六歳、十七歳の学年のクラスへ編入している。四月からなら毎年何人か編入生がいるため、怪しまれていない」
「そうですか」
「騎士団から潜り込んできている者の名前のリストはこちらにある通りだ。行方不明者のリストはもう受け取っているかい?」
「はい」
行方不明になった場所と年月日、生徒の氏名、年齢などのリストは受け取っている。
「ハルベルト騎士団が、今のところ犯人と目しているのは誰ですか?」
可能なら、さっさと地元の騎士団の手で犯人を挙げて欲しい所だった。
バーナードはこの学園へ派遣されては来ていたが、陛下からも事件をその手で解決することまで求められず、何が起きているのかその目で見てきて欲しい旨命ぜられていた。
「……どうも、学園内に売春組織があるらしい」
「…………」
生臭い話になってきた。
「外の犯罪組織と組んで、見栄えの良い生徒達の何人かが脅されて売春をしている話があるという。表にはまだ出ていないが」
バートの眉間に皺が寄った。
「抵抗を見せた生徒が、組織に消されてしまい、結果として行方不明者が出ているのではないかと、ハルベルト騎士団は踏んでいるようだ」
「そうですか。そこまでわかっているのなら、事件の解決も、もう少しということですね」
そうバートが言うと、ベルンは何故か曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「そうだね……」
王都ほどではないが、副都と呼ばれるだけあって街は大きく、非常に栄えていた。
ヴェルヌ魔法学園はそんな副都にある学校の一つである。
中央の王立魔術、西のヴェルヌといわれるほど、魔法学を学ぶ場所としては名が知られている。
王都からの馬車に乗り、一人の少年がやってきた。
手にしているのは、革のバック一つである。
馬車の御者に対して礼儀正しく礼を言い、馬車から下りた彼は、ゆっくりと道を歩いて、先にあるヴェルヌ魔法学園を目指して歩いて行った。
緑色のフードのついたマントに、紺色のズボン、そして上着は灰色をしていた。
十代半ばの彼も、この魔法学園の生徒かと思いきや、彼は学生を示すベレー帽や、胸元のリボンを締めていない。
上着も生徒なら、紺色のものにエンブレムが入ったもののはずであった。
灰色の上着の左胸にはエンブレムは確かに入っていた。
明らかにその色味が違うものは生徒ではなく、職員のものであった。
彼は鉄門の横の門番の詰め所に声をかけ、胸元の手紙を差し出した。
門番はそれを改めた後、門を少し開け、彼を通してやる。
少年はまた一礼して、中へと入って行った。
彼は生徒ではない。
ここの職員になる者だった。
そう、バーナード騎士団長は、少年の姿に身を変え、この学園の生徒ではなく、教師につく助手として学園へとやって来たのだった。
フィリップ副騎士団長、マグル王宮副魔術師長とよく話し合った結果、バーナードはこの学園の教師の助手として行くことにした。
この秋に臨時入学し、一人だけ学園に入るとなると、目立ってしまうことがまず第一であったし(目立つことは避けたかった)、第二に助手ならば、教師の指示ということで様々な場所に顔を覗かせても怪しまれないだろう。更には、マグルがヴェルヌ魔法学園の教師の中に知り合いがいるというのも大きかった。その教師が、今回協力してくれる運びになっている。
マグルの友人の教師の名はベルン=パラウィンといい、マグルが王立魔法学園に入学した時からの仲だという。
マグルは早くに両親を亡くし、天涯孤独の身であった。だが、彼は魔力も多く、更には魔術の才に恵まれていたため、王立魔法学園にトップ入学を果たした。以降、彼は学年で卒業まで一位の座をキープしており、その才能を認められて学園からの学費は全額免除で過ごすことができた。卒業した後は、王宮魔術師として働き、今では王宮内でも二位の序列にいる。
その魔法学園時の友人だというベルンの助手に、バーナードはつくことになっていた。
そしてそのマグルの友人ベルンは、同時にハルベルト騎士団とも協力関係にあるらしく、ハルベルト騎士団から学園に送り込まれている人員達のこともよく知っているようだった。
バーナードが革の鞄を下げて、職員室に向かおうとした時、その彼の手から鞄をひょいと持ち上げた若者がいた。
緑色の瞳に黒髪の青年がまとっていたのは、この学園の教師の身分を示す灰色のローブだった。柔和な笑みを浮かべて、バートに話しかけてくる。
「君が、バート君かい?」
その問いかけに、バートと名乗ることにしているバーナードはうなずいた。
「はい。貴方は?」
「君に助手をしてもらうことになっている、ベルンだ。宜しく頼むよ」
助手の荷物を、教師に持ってもらうのはまずいとバートがそれを取り上げようとすると、ベルンはニコニコ笑いながら荷物を持たせないようにする。
「いいから。王都から馬車に乗って来たのだろう? 疲れているはずだ。私がこの荷物は持っていってやる」
「先生に荷物を持たせるのはマズイです」
「いいから、バート君、黙って従い給え」
そう言って、彼はスタスタと荷物を持ったまま、寮へと足を運んだ。
バートは急いでベルンの横を歩く。
「すみません」
「気にするな。君は幾つなのかい?」
「十五歳です」
その年齢に、ベルンは口笛を吹いた。
「若いな。まぁ、学園に来るのは若い子ばかりか。とりあえず、今、私は君を寮へと案内する。君の部屋は個室になる。そう希望していたな」
バートは頷く。
「四階の部屋で、屋根裏になる」
「わかりました」
「荷物を置いた後は、私の部屋に案内する。教師には一人一部屋ずつ与えられており、助手たる君もこれから毎日この部屋に来てもらって私の仕事を手伝ってもらうことになる」
「はい」
マグルの話だと、ベルンは結界魔法の使い手で、非常に腕が良いらしい。
バートのことを、王宮からの調査役とだけ伝えているようで、バートがバーナードが魔法のピアスでその身を変えていることも、王の命令を受けていることも知らない。
バートに割り当てられたその部屋は、最初に伝えられたように屋根裏部屋で、天井は屋根の形に合わせて斜めに走っており、梁もむき出しだった。
窓があり、開けると屋根部分にも出ていける。
部屋は狭く、寝台が一つ置かれると、それでいっぱいという様子だった。
とりあえず、寝に来るだけの部屋なので、問題はない。
バートは革鞄をベットに置くと、ベルンの後について今度は教師の個室に向かって歩いて行った。
「私の部屋は、職員棟の二階にある。右から三番目の部屋だ」
「はい」
「専ら手伝ってもらいたいことは、書類の整理だな。あと、資料の取り寄せなども頼みたい」
「はい」
実際に助手の仕事をこなしながら、調査を進めることになっている。
バーナードは助手の仕事などしたことはなかったが、それほど難しいことは頼まれないだろうと考えていた。
職員棟二階の、その三番目の個室に入った時、ベルンは“静寂の魔道具”を起動させた。
「これで好きに話せるね。マグルから、君が王宮からの調査役だという話は聞いている。私に協力して欲しいことがあれば気兼ねなく言い給え。しかし、十五歳の調査役か。若さに驚いたよ」
「そうでないと学園に入りづらいですからね」
「ふむ」
ベルンはそのバートの回答に、少し考え深げだった。
「今、私が知っている情報について、君に教えよう。この副都のハルベルト騎士団は、童顔の若い騎士を、この学園の生徒として三人送り込んできている」
バーナードは少し呆れた。
童顔で押し切れるものなのか。
しかし、ベルンは腕を組み、うんうんと頷いている。
「見事な童顔で、誰にも怪しまれていない。素晴らしいと思うよ」
相当な童顔らしい。
しかし、この学園の生徒の年齢は六歳から十八歳までとなっている。どの年齢の生徒に化けて潜り込んでいるのか気になってくる。
「この四月から十五歳、十六歳、十七歳の学年のクラスへ編入している。四月からなら毎年何人か編入生がいるため、怪しまれていない」
「そうですか」
「騎士団から潜り込んできている者の名前のリストはこちらにある通りだ。行方不明者のリストはもう受け取っているかい?」
「はい」
行方不明になった場所と年月日、生徒の氏名、年齢などのリストは受け取っている。
「ハルベルト騎士団が、今のところ犯人と目しているのは誰ですか?」
可能なら、さっさと地元の騎士団の手で犯人を挙げて欲しい所だった。
バーナードはこの学園へ派遣されては来ていたが、陛下からも事件をその手で解決することまで求められず、何が起きているのかその目で見てきて欲しい旨命ぜられていた。
「……どうも、学園内に売春組織があるらしい」
「…………」
生臭い話になってきた。
「外の犯罪組織と組んで、見栄えの良い生徒達の何人かが脅されて売春をしている話があるという。表にはまだ出ていないが」
バートの眉間に皺が寄った。
「抵抗を見せた生徒が、組織に消されてしまい、結果として行方不明者が出ているのではないかと、ハルベルト騎士団は踏んでいるようだ」
「そうですか。そこまでわかっているのなら、事件の解決も、もう少しということですね」
そうバートが言うと、ベルンは何故か曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「そうだね……」
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