騎士団長が大変です

曙なつき

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【短編】

(2) 奈落の底で待つ

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 ハデスの息子、長男エイディスは、その場に居合わせたという執事の口から、父母のやりとりの話を聞いた。
 そして深々とため息をつく。

 母は、父のことを愛していた。
 彼女が小さな子供だったエイディスや弟達に「初恋は貴方達のお父様だったのよ」と頬を染めて話す様子から、凛々しい騎士姿の父のことを誇らしく恋しく思っていることを知っていた。
 だからこそ、母が今までの大人しい母ではなくなった話を聞いても、理解できるような気がしたし、ならばもっと前に、狂うべきであったのではないかと思うくらいであった。

 もっと前に、父があの青年に夢中になる前に、すがりついてでも「行かないでくれ」と言うべきだったのだ。理解のある妻を演じている間に、父ハデスはズルズルと深みにはまって、ついには抜け出せなくなってしまった。

 あの真面目一辺倒の父親が、自分とそう年齢の変わらない美しい青年に夢中になっているという話を聞いた時、まさかと耳を疑ったものだ。
 だが、それは本当のことで、父親はその浮気相手の青年との逢瀬を楽しむために、小さな屋敷まで購入しているという話を聞いた時は、その話が母の耳に入らないことをエイディスは切に願っていた。
 だが、そうした話というのはお節介な者達が、わざわざご注進してくれるもので、母はその話を聞いた時、どこか放心したような顔で外を眺めていたという。

 エイディスら三人の息子は、直接、父親であるハデスに対してその浮気を諫めたのだが、父親は「済まない」と頭を下げながらも、青年と会うことは止められないようだった。

 こうなってしまった今では、母は父と離縁して、別の人生を歩む方が幸せだろうとエイディスは考えていた。
 帰って来ない夫を待ち続け、嫉妬で荒れ狂う思いを胸に抱えているよりも別れた方がずっと、幸せになれるだろう。エイディスは、母ロゼッタに、離縁した方が良いのではないかと話したのだが、頑なになった母は首を縦に振ることはなかった。

 次男のアルバヌスは、二人の離婚問題には我関せずという態度を取っており、三男のロディウスは母親の味方だった。

「浮気をした父上が悪い。どうして母上が離縁を申し出られなければならないのですか!! 出ていくのは父上の方です」

 そう言っているが、すでにもう父ハデスはロゼッタの暮らす屋敷には寄りつかなくなってきている。
 我を張らずに、円満に別れる方が、傷跡は小さくて済む。揉めてしまえばきっと、母の方も傷つかずにはいられない。
 エイディスはそう考えていたが、人の感情は簡単に割り切れるものではない。
 どうしたものかと、長男エイディスが悩み深く考えている一方で、三男のロディウスはこんなことを考え始めていた。

(父上の浮気相手のラーシェという男の方から、身を引かせればいいのだ)

 それが何よりも円満な解決法だと、ロディウスは思ったのだ。




 けれどそれが、更に問題を複雑化させることになろうとは、その時のロディウスは考えもしていなかった。
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