騎士団長が大変です

曙なつき

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ずっと貴方を待っている

第二十五話 人狼の村、再び

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 四日目の朝、フィリップはディーターから散々怒られた。
 彼曰く、こうであった。

「バートは意識がないのだろう。なんでお前はそんな奴を相手にあんな激しくヤるんだ!! バートが可哀想だろう!!」

 どうやらディーターの頭の中では、人形のように意識のないバートを寝台の上で押し倒し、好き放題フィリップが犯していると思っているらしい。同じ宿の同じ階の、隣のディーターの部屋には、薄い壁を通して愛し合う物音や声が響き渡っていたようだ。
 確かに、朝になれば、人形のようにピクとも動かずフィリップに背負われているバートの姿を見れば、そう思われても仕方がなかった。
 だが事実は、そのバートから毎夜、自分は寝台に押し倒され、激しく求められているのだ。

 フィリップは、ディーターに対して、バーナードもといバートが淫魔であることを話していない。
 バーナードが“淫魔の王女”位を得た時、小さな妖精ベンジャミンと大妖精たるご隠居様から、そのことを他の魔族には決して話してはならないと忠告を受けていたからだ。

『魔族の中でも、“淫魔の王女”と“淫魔の女王”の立ち位置は特別なのです』
『その唯一の“淫魔の王女”の称号を得ているのが、バーナード騎士団長なのです』
『バーナードが称号を持つことは、決して誰にも話すでないぞ。彼のことを大事に思うならば、絶対に』

 その忠告の言葉をフィリップは忘れたことがなかった。
 だから、ディーターにどんなに叱られても、彼は言い訳もせずに「申し訳ありません」と頭を黙って下げるのみだった。

 ディーターは素直に謝罪するフィリップにため息をついて言った。

「お前が久しぶりに番のバーナードに会って興奮していることはわかる。だが、毎晩毎晩、あんな激しくヤることはないんだぞ。これから人狼の村へ行くんだ。そこでちゃんと奴を起こして、それから記憶をとり戻させてやり、その後にゆっくりと愛し合えばいいじゃないか」

 正論である。
 正論すぎて、ぐぅの音も出ない。

「意識のない奴をあんなに激しく好きなように抱くなんて、ちょっと酷いぞ、フィリップ。見損なったぞ」

 すっかりディーターの中でのフィリップの評価がどん底まで下がっている。
 「そうではないのです」と言い訳をしたくてたまらなかったが、フィリップはぐっと我慢して口を噤んでいた。
 
 明日には人狼の村へ到着するのである。
 今日の晩だけ、なんとか“淫魔の王女”の本性たるバートをやり過ごせばいい。そう。なんとか耐えてやり過ごすのだ。
 心に強く決めて、その日の夜を迎えた。


 宿の部屋に入り、寝台の上にバートの身体を横たえた途端、バートは茶色の目を薄く開き、そしていつものようにフィリップの腕を掴んで下に組み伏せようとする。
 しかし、四度目ともなれば、その行動は読めていた。
 フィリップはバートに組み伏せられないように、ぐっと腕に力を込める。だから組み伏せることがバートには出来なかった。

「バート、すみません、今日だけは耐えて下さい。今日は貴方と寝ることは出来ないのです」

「……………」

 不愉快そうにバートの眉が寄せられ、彼はやにわにフィリップの股間に手をやる。

「え、ちょっと、バート」

 男のモノをやんわりと握り締めながら、バートは淫魔らしく唇をペロリと舐めてフィリップを仰ぎ見た。その仕草の一つ一つが色気に満ちていて、日頃のバーナード騎士団長の様子とは大違いであった。

「バート……ダメなんです。もう」

 フィリップの顔に自身の顔を近づけ、噛みつくように口づけをする。
 そして手は、遠慮なしにズボンの前を開いて入っていき、フィリップ自身を巧みに扱きはじめる。

「…………バート」

 耐えようとしても駄目だった。
 力が抜けた瞬間にフィリップはバートに、寝台に押し倒される。自分の腹の上に跨り、欲望にその茶色の瞳を輝かせる彼を見ながら(ああ、また明日もディーターに怒られるな)とフィリップは思っていた。
 でも、愛する男にこうも強く求められて、応えないでいられるはずがなかったのである。

 五日目の朝もやはり、フィリップはディーターにこっぴどく叱られることになった。ディーターは怒りながらも呆れていた。「お前は我慢というものが出来ないのか!!」とまで言われる。もはや信頼度は零を振り切っていた。マイナス数値だろう。
 でも言われる通り、我慢しようとしても我慢できなかった。こればかりは仕方ないことなんだと、怒られながらも耐え続けるフィリップだった。


 そして、そんなこんなで、その五日目の夕方には、ようやく人狼の村へ到着することが出来たのだった。


 フィリップは、人狼の村の長ビヨルンに挨拶をした後、ディーターとも別れ、ビヨルンに与えられたあの木の下にある家にやって来た。
 今となってみれば、ビヨルンから押し付けられるように与えられたこの家があって良かった。
 フィリップは家の扉を開ける。
 部屋の中は暗く、フィリップは意識のないバートを背負ったまま空気の入れ替えをするため、家の窓を開けていった。それからバートを膝の上に載せると、用意していた気付け薬を嗅がせたのだった。

 バートの瞼がぴくりと動く。
 それを見ながら、フィリップは少しばかりドキドキとしながら彼の目覚めを待つ。
 まだ夜になる前で、いつものように寝台の上にバートの身体を横たえることはなかったため、バートの中の“淫魔の王女”の本性が出てくることはないはずだ。目覚めるのは過去のバーナードの記憶のないバートのはずである。
 見知らぬ金髪の男(フィリップ)が目の前にいることに、彼はどう反応を見せるのか。彼の反応が怖い。
 王宮から勝手に連れ出したことを怒られるだろうか。「人攫い」だと罵られるかも知れない。
 そう言われても、フィリップはバートを、時間を掛けて説得するつもりだった。
 
 やがてバートの目が開いた。
 茶色の瞳は、目の前のフィリップを認め、やがて、彼は目を大きく見開いたまま、真っ赤な顔をして身を凍りつかせていたのだった。
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