奴隷市場に、私を婚約破棄した王太子が売っていたので買ってきました。

曙なつき

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第二章

第二話 その目に映すもの

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 随分前に、私は欠損を治す特級ポーションを手に入れていた。
 
 セスは私の命令のまま、寝台に横たわり、私の膝の上に頭を預ける。
 彼の目を覆う布を取り上げ、私は彼の右目を指で開けた。その失われた眼窩に、私は特級ポーションを注ぎ込んだのだ。
 説明も何もなく、突然そうされたセスは声を上げた。

「あっああああああああああ!!」

 悲鳴のような叫び声。
 たっぷりと一本まるまる、特級ポーションを注ぎ込み、私は空瓶を放り投げた。
 彼は右目を押さえて、寝台の上で煩悶した。

「な、なんですか、なにを……」

「右目に特級ポーションを入れたの。右目が再生するわよ」

「!?」

 無くなった部分が再生する時というのは、ひどい疼きがあるという。
 実際、右目を手で擦ろうとするそぶりがあったので、私は彼に馬乗りになり、寝台の上にその手を押さえつけた。

「再生している目に触れるとよくない。我慢して」

「う……うう」

 彼はその間、ずっと寝台の上でもがいていた。
 意外と腕の力が強かったので、私は身体強化をして彼を無理やり押さえ付けないといけなかった。

 やがて、動きを止める。
 彼の左目は閉じたまま。だけど、右目の瞼はピクピクと痙攣を繰り返した後、ゆっくりと開いた。

 そして、自分を押さえつけ、馬乗りになっている赤毛の女を初めて見たのだった。

「……………………」

 彼は無言だった。
 その蒼く宝石のように美しい、かつての奴隷の主人に抉り取られたその瞳は、私の姿を映し出していた。
 唇が開き、掠れた声が、まるで確かめるかのように問うてきた。

「エヴェ……リーナ?」

 わかるとは思っていなかった。
 
 彼と別れたのは、私が十五歳の時。
 まだ少女だった頃だ。
 
 でもあの頃から、私の髪は燃えるような赤い髪で、その髪は私の一族の特徴でもあった。
 だからわかったのかも知れない。

 私は彼を押さえつけている手を外して、彼の上で馬乗りになったまま、その髪を掻き上げた。

「セス、いや、セオルグと呼んだ方がいいのかしら。久しぶりね」

 彼は呆然としていた。
 そんな様子がおかしい。

 考えても見なかったのかもしれない。
 
 奴隷の彼を見つけて、保護して、その身体を癒し、そして使用人として働かせていた女が、自分が婚約を破棄し、捨てた娘だということを。

「……………なぜ?」

 問いかけだった。

 私は首を傾げた。

 うん。

 何故だろう。それは私もそう思う。
 
 だけど、私は彼のことが気に入っていた。その美しい容姿は、私の愛玩物にふさわしい。
 だから、前と同じように答えたのだ。

「貴方が綺麗だから、私の愛玩物にしたの。いいでしょう?」

 そう笑いかける。
 彼は呆然として、それから両手で顔を覆った。





「私が……憎いのか。だから、だから貴女は」

 復讐のため、自分を奴隷として使役し、手許に置いているのではないかと言うのだ。

 だけどもう、その時期はとうに過ぎていた。

 八年前、婚約を破棄されたばかりの時には、エヴェリーナはそんなことを思っていたかも知れない。
 あの悲しみと苦しみの中、彼への怒りがなかったとは言えない。

 でもあの後に起きたことがあまりにも目まぐるしくて、それどころではなかった。




「そうね」

 私は彼の、黄金色に輝く巻き毛を指で摘まんだ。私は彼に髪を切ることを許さなかった。
 その背中に、紐で一つに結わえさせている。
 エルフのリザンヌは喜んで、彼の髪の手入れをしてくれた。
 かつては汚れてほつれて色も褪せていたそれは、今は艶のある豊かな巻き毛だった。

「でも、今はもう憎んでいないのよ。本当よ。だから、貴方とこうして」

 私は彼の身の上に、自分の身を重ね、そして大好きだったその右目に軽く口づけた。

「触れ合うこともできるのだもの」
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