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第二章
第三話 奴隷の思い - 放心 -
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私を奴隷市場から購入し、その傷を癒し、屋敷に迎え入れてくれた女は、私の元婚約者のエヴェリーナだった。
最初、そのことがまず信じられなかった。
私の手を押さえつけ、馬乗りになっている小柄な女。
その手の力は、恐らく魔法の力による強化なのだろう。
非常に強いものだった。
やがてその手は外され、彼女はその真っ赤な髪を掻き上げ、大きな緑の目で私を見下ろしていた。
何故だと問いかける私に、彼女は答えた。
「貴方が綺麗だから、私の愛玩物にしたの。いいでしょう?」
あまりにも、彼女がエヴェリーナと違い過ぎた。
だから、最初、その事実が信じられなかった。
でもここまで見事な赤毛は、私の知る限り、エヴェリーナと彼の弟のリンデイルにしかなかった。
彼女の一族の特徴と言えた。
過去の彼女は、こんな風に笑って私を見ることもなかった。いつもおどおどと、弟の後ろから私を見ていた。
どこかうっとりと、私を見つめる少女の目が煩わしく思うほどだった。
同じ髪の色、目の色をしている別人の女?
そう思った方が、納得できるくらいだった。
けれど彼女はエヴェリーナであることを否定しなかった。
当然、私を憎んでいると思った。
八年前に一方的に婚約を破棄し、外の国へと追いやったのだ。
その後の彼女の実家である侯爵家は、マリアに攻められひどい有様になっている。
憎まれて当然だった。
彼女の愛しい弟すら、命を落としていたのだから。
でも彼女は、憎む時期はとうに、通り過ぎたと言った。
その身はまだ若く美しいのに、その瞳には時に老婆のような疲れを浮かべていた。
八年前、彼女と別れてから、彼女の身には何が起きたのだろう。
私はその後の彼女のことを全く知らなかった。
この別人のようになってしまった、彼女のことを。
エヴェリーナは言った。
「一週間後、国に戻ることになったの。だから、貴方も連れていく。そのために貴方の目を治したの。右目だけだけどね」
それに、私は恐慌をきたしたように首を振った。
「い、いやだ、いやだ。国に戻れば、私は殺される!!」
そう、間違いなく私は憎悪の対象となって殺されるだろう。
もう痛いのは、恐ろしいのはたくさんだった。
ガクガクと全身を震わせる私に、エヴェリーナは言った。
「大丈夫よ、そんなに怖がらなくて。貴方は私の奴隷で愛玩物だから、他の者に手は出させないわ」
何故か、彼女は自信あり気な様子だった。
「もう遅いから、寝ましょう」
そして私を寝台に押し倒して、ぎゅっと抱きつく。
私は彼女を、理解できない、信じられないものとして見つめていた。
この女が何を考えているのか、まったく理解できなかった。
かつて、手酷く婚約を破棄した男を寝台に連れ込み、抱きついて眠る?
彼女の家は、私のせいで滅んだも同然だった。そして彼女の弟も…………。
私は彼女の弟のことを思い出して、一瞬、息が詰まった。
頭の良い少年だった。
彼女と同じ赤い髪に緑の瞳をした少年だった。
彼の一族は、王家の盾、王家の剣と呼ばれ、長年王家に対して忠節を尽くしてきた。
それを裏切ったのは、王家だった。
彼女以外、侯爵家の生き残りはいない。
彼女の弟は、追い詰められて自害したという話を聞いている。
だから、彼女が私を手許に置くのは、復讐だと思っていた。
彼女はそれを否定したのだけど。
最初、そのことがまず信じられなかった。
私の手を押さえつけ、馬乗りになっている小柄な女。
その手の力は、恐らく魔法の力による強化なのだろう。
非常に強いものだった。
やがてその手は外され、彼女はその真っ赤な髪を掻き上げ、大きな緑の目で私を見下ろしていた。
何故だと問いかける私に、彼女は答えた。
「貴方が綺麗だから、私の愛玩物にしたの。いいでしょう?」
あまりにも、彼女がエヴェリーナと違い過ぎた。
だから、最初、その事実が信じられなかった。
でもここまで見事な赤毛は、私の知る限り、エヴェリーナと彼の弟のリンデイルにしかなかった。
彼女の一族の特徴と言えた。
過去の彼女は、こんな風に笑って私を見ることもなかった。いつもおどおどと、弟の後ろから私を見ていた。
どこかうっとりと、私を見つめる少女の目が煩わしく思うほどだった。
同じ髪の色、目の色をしている別人の女?
そう思った方が、納得できるくらいだった。
けれど彼女はエヴェリーナであることを否定しなかった。
当然、私を憎んでいると思った。
八年前に一方的に婚約を破棄し、外の国へと追いやったのだ。
その後の彼女の実家である侯爵家は、マリアに攻められひどい有様になっている。
憎まれて当然だった。
彼女の愛しい弟すら、命を落としていたのだから。
でも彼女は、憎む時期はとうに、通り過ぎたと言った。
その身はまだ若く美しいのに、その瞳には時に老婆のような疲れを浮かべていた。
八年前、彼女と別れてから、彼女の身には何が起きたのだろう。
私はその後の彼女のことを全く知らなかった。
この別人のようになってしまった、彼女のことを。
エヴェリーナは言った。
「一週間後、国に戻ることになったの。だから、貴方も連れていく。そのために貴方の目を治したの。右目だけだけどね」
それに、私は恐慌をきたしたように首を振った。
「い、いやだ、いやだ。国に戻れば、私は殺される!!」
そう、間違いなく私は憎悪の対象となって殺されるだろう。
もう痛いのは、恐ろしいのはたくさんだった。
ガクガクと全身を震わせる私に、エヴェリーナは言った。
「大丈夫よ、そんなに怖がらなくて。貴方は私の奴隷で愛玩物だから、他の者に手は出させないわ」
何故か、彼女は自信あり気な様子だった。
「もう遅いから、寝ましょう」
そして私を寝台に押し倒して、ぎゅっと抱きつく。
私は彼女を、理解できない、信じられないものとして見つめていた。
この女が何を考えているのか、まったく理解できなかった。
かつて、手酷く婚約を破棄した男を寝台に連れ込み、抱きついて眠る?
彼女の家は、私のせいで滅んだも同然だった。そして彼女の弟も…………。
私は彼女の弟のことを思い出して、一瞬、息が詰まった。
頭の良い少年だった。
彼女と同じ赤い髪に緑の瞳をした少年だった。
彼の一族は、王家の盾、王家の剣と呼ばれ、長年王家に対して忠節を尽くしてきた。
それを裏切ったのは、王家だった。
彼女以外、侯爵家の生き残りはいない。
彼女の弟は、追い詰められて自害したという話を聞いている。
だから、彼女が私を手許に置くのは、復讐だと思っていた。
彼女はそれを否定したのだけど。
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