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第二章

第十二話 奴隷の想い

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「その後が大変だったわ。壊れたエヴェリーナがリンデイルを受け継いだから、私が彼女をなんとか育てないといけなかった。イチから育てたのよ。今のエイヴになるように。三年かかったわ」

 エルフのリザンヌはため息まじり、そう言った。

 三年

 エヴェリーナは五年前に、バルドゥル達と共に魔族のマリアを討伐したという。
 それはちょうど計算が合う話だった。
 八年前に壊れたエヴェリーナが、エイヴとして育つまで三年かかったのだ。
 それから彼女は動き出した。
 母国に赴いて、二年間にわたって魔獣を倒しまくった。


「壊れたエヴェリーナは小さな子供みたいになっちゃってね。それでも、二人の記憶があるから、一度人格を確立させたら、理解は早かった。あの子がエヴェリーナじゃない理由はそれでわかったかしら。みんなはあの子のことをエヴェリーナと呼んでいるけど、本当は違うのよ。あの子はエイヴなの。エヴェリーナとリンデイルの記憶を持つエイヴ」

 しばらくの間、私は言葉を失っていた。

「……エイヴ?」

「そうよ。まぁ、だからあんな婚約破棄をして貴方を恨んで当然の彼女は、貴方に対してあんまり恨みがないのだと思う。だって、エイヴはエヴェリーナの記憶はあるけれど、エヴェリーナじゃないから。でも、彼女は貴方の顔も髪も大好きよね。そういうところは、エヴェリーナの記憶からきていると思うわ」


『今はもう憎んでいないのよ。本当よ』

『綺麗よ。エヴェリーナは貴方の髪と目が大好きだったわ』




 私は頭を押さえた。混乱していた。

「彼女は、エヴェリーナじゃないのか」

「違うわ。エヴェリーナを知る貴方は、それがわかるでしょう?」

 




 私はテントに戻ると、エヴェリーナは眠っていた。
 猫のように丸くなって眠っている。

 私は彼女の頬に手をやった。

 そして今の彼女の名をそっと呼んだ。

「エイヴ」



 エイヴは、ゆっくりと目を開いた。綺麗な緑色の瞳が私を見る。
 口元に柔らかな微笑みを浮かべる。

「おはよう、セス」

「おはよう、エイヴ」

 そして私は愛しい女の身体をぎゅっと抱きしめたのだった。









 聖女は言葉通り、半年で元侯爵領の浄化を終えた。
 その間、エイヴは聖女と一緒に働き、多くの魔獣をほふった。
 相変わらず彼女は人々から、“赤の姫君”と呼ばれ恐れられていたが、相変わらずそのことを気にしていなかった。
 そして、私はその間ずっと彼女の傍らにいた。

 私が、エルフのリザンヌと同じように彼女のことをエイヴと呼びだすと、彼女は苦く笑った。

「もう聞いちゃったのね。私のことが気持ち悪くなった?」

「いいや、が好きなんだと思った」

 それに、彼女は一瞬きょとんとして私を見つめ、それから乱暴に私の唇に自分の唇を押し当てた。

「私も貴方が好きよ。大好きだわ」




 王家の花園にいた、エヴェリーナと彼女の賢い弟のリンデイル。侯爵家の姉弟。
 王家の盾と呼ばれ、剣と呼ばれた最後の双子の子供達。

 今はもういない、二人。
 だけど彼らの記憶はエイヴの中に在る。

 そしてエイヴは私を愛してくれた。
 彼女は齢四十で亡くなるまで、奴隷の私をずっと傍らに置いた。

 子を為すことをしなかった彼女の死でもって、侯爵家は滅亡し、そして私の死でもって、王家は完全に滅びることになる。




 これはそんな滅びた王国の、誰も知らない物語。
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