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第二章
第十一話 エヴェリーナの想い
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王太子から婚約を破棄された私は、隣国へ逃げ延びていた。
弟のリンデイルからたくさんの金銭を預かっていたから、それでエルフの奴隷の少女を買った。
何も知らない私を、きっとその少女は導いてくれると思っていた。
実際、シクシクと毎日泣いていた私を、彼女はいつも慰めてくれた。
「エヴェリーナ様、男は王太子だけじゃないですよ。星の数ほどいます。エヴェリーナ様にふさわしい、もっと優しい、ハンサムで素敵な男性が必ず現れます」
私の赤い髪を撫でて、エルフのリザンヌは優しく囁く。
毎日毎日泣き暮らす私に、きっと彼女もうんざりしていたことだろう。
だけど、私は侯爵家にいる両親や弟達も恋しくて泣いていた。緑の目は涙で溶けそうだった。
何よりも、王太子殿下に婚約を破棄されたことが死ぬほど辛かった。
その後、隣国で暮らす私の元に、国王と王妃の崩御、王太子の行方不明の報せが届く。国中魔獣が溢れ、侯爵家は逆賊として討たれることになる話を聞いて、卒倒しそうになった。
騎士バルドゥルは、そんな私の前に現れたのだ。
私の前に跪き、私に向かってこう述べた。
「どうか、エヴェリーナ様、自害を。貴方様が先に亡くなれば、侯爵家は救われます」
私は悲鳴を飲み込んだ。
彼の言葉の意味を私は知っていた。
私が先に死ねば、私の能力も記憶も全て弟のリンデイルの元に行く。そうすれば、彼は膨大な魔力を得るだろう。
私はこんな気弱な何もできない娘であったけれど、侯爵家に生まれついたために、魔力は相応に備わっていた。それを弟が手にすれば、押し寄せてくる敵も魔族もすべて押し返せるかも知れない。
だから、侯爵家の為に死んでください。
「いや、いや……そんなのはいや」
私は再び侯爵家に戻り、優しい両親や弟に会いたかった。そして大好きだった婚約者の王太子に会いたかった。
きっと彼は「婚約破棄は間違いだった」と言ってくれる。
別れた時の不実を悔やんでいる。だって、だって私がこんなにあの人のことを愛しているのだもの。
きっと彼もそうに違いない。
もう一度みんなと会いたい。死にたくない。死にたくない。
でも、バルドゥルの言葉もわかる。
私が死ねば全てが解決する。
賢いリンデイルがきっと、何もかも間違いを正してくれる。
みんなそれを望んでいる。
私はエルフのリザンヌの膝の上で泣き続けた。
「私が死ぬべきなの? ねぇ、リザンヌ。私が死ねば、みんな助かるの?」
「……わかりません。でも、生きている貴女に死ねというあの騎士の男が間違えていることはわかります。エヴェリーナ様、私は貴女の味方です。貴女が私に一緒に逃げて欲しいと願えば、私は貴女を連れて逃げるでしょう。ご命令ください」
「でも、私が逃げたら、リンデイルはどうなるの? どうなるの?」
あの時、可哀想なエヴェリーナはたった十五の少女だった。
誰が、彼女の惑いを責められるだろう。
そして彼女の弟のリンデイルが自害した。
その瞬間、彼女はその死を知った。
誰に知らされるまでもなく。
死の瞬間に、弟の魂が彼女の中に重なったのだから。
弟のリンデイルは、死にきれなかったエヴェリーナのことを理解していた。
理解して悲しんでいた。
「姉さんは馬鹿ですね。残される方が遥かに辛いのに」
そして弟の手が剣にかかり、ゆっくりと自身の胸を貫く感触すら、エヴェリーナは受け継いだのだ。
弟が最も恐れていたのは、死ぬことすら許されずに繋がれることだった。
そうなれば、重なることもできなくなる。
だから、追い詰められた彼は死を選ぶしかなかった。
瞬間、彼女の魂は砕け散った。
私が死ねばよかったの?
みんなが助かるためには私が先に死ねばよかったの?
そうしたら、きっとみんな幸せになったの?
バルドゥルが言うように、私が死ねば
私が死ねば
死ねばよかったの?
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
死ななくて
死ぬことができなくて
ごめんなさい
ごめんなさい
弟のリンデイルからたくさんの金銭を預かっていたから、それでエルフの奴隷の少女を買った。
何も知らない私を、きっとその少女は導いてくれると思っていた。
実際、シクシクと毎日泣いていた私を、彼女はいつも慰めてくれた。
「エヴェリーナ様、男は王太子だけじゃないですよ。星の数ほどいます。エヴェリーナ様にふさわしい、もっと優しい、ハンサムで素敵な男性が必ず現れます」
私の赤い髪を撫でて、エルフのリザンヌは優しく囁く。
毎日毎日泣き暮らす私に、きっと彼女もうんざりしていたことだろう。
だけど、私は侯爵家にいる両親や弟達も恋しくて泣いていた。緑の目は涙で溶けそうだった。
何よりも、王太子殿下に婚約を破棄されたことが死ぬほど辛かった。
その後、隣国で暮らす私の元に、国王と王妃の崩御、王太子の行方不明の報せが届く。国中魔獣が溢れ、侯爵家は逆賊として討たれることになる話を聞いて、卒倒しそうになった。
騎士バルドゥルは、そんな私の前に現れたのだ。
私の前に跪き、私に向かってこう述べた。
「どうか、エヴェリーナ様、自害を。貴方様が先に亡くなれば、侯爵家は救われます」
私は悲鳴を飲み込んだ。
彼の言葉の意味を私は知っていた。
私が先に死ねば、私の能力も記憶も全て弟のリンデイルの元に行く。そうすれば、彼は膨大な魔力を得るだろう。
私はこんな気弱な何もできない娘であったけれど、侯爵家に生まれついたために、魔力は相応に備わっていた。それを弟が手にすれば、押し寄せてくる敵も魔族もすべて押し返せるかも知れない。
だから、侯爵家の為に死んでください。
「いや、いや……そんなのはいや」
私は再び侯爵家に戻り、優しい両親や弟に会いたかった。そして大好きだった婚約者の王太子に会いたかった。
きっと彼は「婚約破棄は間違いだった」と言ってくれる。
別れた時の不実を悔やんでいる。だって、だって私がこんなにあの人のことを愛しているのだもの。
きっと彼もそうに違いない。
もう一度みんなと会いたい。死にたくない。死にたくない。
でも、バルドゥルの言葉もわかる。
私が死ねば全てが解決する。
賢いリンデイルがきっと、何もかも間違いを正してくれる。
みんなそれを望んでいる。
私はエルフのリザンヌの膝の上で泣き続けた。
「私が死ぬべきなの? ねぇ、リザンヌ。私が死ねば、みんな助かるの?」
「……わかりません。でも、生きている貴女に死ねというあの騎士の男が間違えていることはわかります。エヴェリーナ様、私は貴女の味方です。貴女が私に一緒に逃げて欲しいと願えば、私は貴女を連れて逃げるでしょう。ご命令ください」
「でも、私が逃げたら、リンデイルはどうなるの? どうなるの?」
あの時、可哀想なエヴェリーナはたった十五の少女だった。
誰が、彼女の惑いを責められるだろう。
そして彼女の弟のリンデイルが自害した。
その瞬間、彼女はその死を知った。
誰に知らされるまでもなく。
死の瞬間に、弟の魂が彼女の中に重なったのだから。
弟のリンデイルは、死にきれなかったエヴェリーナのことを理解していた。
理解して悲しんでいた。
「姉さんは馬鹿ですね。残される方が遥かに辛いのに」
そして弟の手が剣にかかり、ゆっくりと自身の胸を貫く感触すら、エヴェリーナは受け継いだのだ。
弟が最も恐れていたのは、死ぬことすら許されずに繋がれることだった。
そうなれば、重なることもできなくなる。
だから、追い詰められた彼は死を選ぶしかなかった。
瞬間、彼女の魂は砕け散った。
私が死ねばよかったの?
みんなが助かるためには私が先に死ねばよかったの?
そうしたら、きっとみんな幸せになったの?
バルドゥルが言うように、私が死ねば
私が死ねば
死ねばよかったの?
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
ごめんなさい
死ななくて
死ぬことができなくて
ごめんなさい
ごめんなさい
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