28 / 30
第二章
第十話 奴隷の思い - 過去の出来事 -
しおりを挟む
野営のテントの中で、疲れたエヴェリーナが眠りについたのを見て、私はテントを抜け出し、エルフのリザンヌを探した。
八年前からエヴェリーナのそばで、奴隷として仕えている彼女なら、エヴェリーナに起きたことを知っているはずだ。
八年前は深窓の令嬢だった彼女が、こんな獣じみた強さを持っている理由を知っているはずだった。
エルフのリザンヌは、女の身ということで、野営のテントを一人で独占して利用していた。そのことにマンセルやクランプは文句を言っていたが、リザンヌは文句を言われても「女の特権だ」と言って一人で使っていた。そのテントの入口で声をかけると、リザンヌは私をテントの中に入れてくれた。
「……エイヴは落ち着いた?」
「ああ、今は寝ている。疲れた様子だった」
「本当に無茶させるわよね。騎士達も突っ込めといつも言っているんだけど、エイヴの魔法に巻き込まれるから、行けないと言うのよ」
「……あんなことを昔からさせていたのか」
「そう。五年前に、この国中が魔獣で溢れていた時、エイヴをみんな突っ込ませまくったわ。あの子、全身強化できるでしょ? 魔力量も桁外れだし。五年前、最も勲功をあげたのは、エイヴだったわ。でも、叙勲も辞退して、金だけ受け取って引っ込んだ。それで、あの屋敷でみんなで暮らしていたのよ」
「……………アレは異常だ」
全身を魔獣の血で濡らし、まるで幽鬼のようにふらふらと戻ってきた。
実際、彼女の向かった先で、巨大な魔力反応を感じた。それこそ、爆発したかのような。
私が知るエヴェリーナは大人しい少女で、弟の後ろから私をじっと見つめているような娘だった。
そんな恐ろしい魔獣の中に飛び込んでいける少女ではない。
リザンヌは私の顔をじっと見つめ、それから言った。
「彼女がエヴェリーナじゃないことを、貴方は気が付いている?」
「………エヴェリーナだろう」
私の問いかけに、リザンヌは腕を組んで唸っていた。
「うーん、確かにエヴェリーナの記憶があって、身体もエヴェリーナなんだけど、正確にはもう、エヴェリーナじゃないのよね。彼女は八年前に死んだから」
その言葉の意味がわからなかった。
「死んだ? だって彼女は生きているじゃないか。生きて、私達と一緒にいる」
生きて、私と一緒に触れ合い愛し合い、語り合っている。
その手は温かく、その胸の鼓動は確かなものだった。
「貴方、侯爵家のことをどこまで知っているの? 王太子だったんだから、あの侯爵家が王家の盾とか剣と言われていた理由も知っているわよね。双子が必ず生まれる理由とか」
「双子が必ず生まれることは知っている。だが、理由は知らない」
その言葉に、リザンヌは爪を噛んでブツブツと言い始めた。
「そうか。王位を継いだものにしか、その秘密は話されていなかったのかも知れない。でも、仮にも彼の婚約者に据えたのだから、教えておくべきだったと思うわ」
「……何を知っているんだ。教えてくれ」
「これだけエイヴが可愛がっているんだから、貴方には教えてもいいか」
一人でリザンヌは納得して、私に向きかうと静かに話し始めた。
それはどこかおぞましい話だった。
「王家の盾とか剣と呼ばれていた侯爵家では、必ず当主の嫡子に双子が生まれるの。昔々の魔法使いが、侯爵家の血統にそういう仕組みを作ったとも言われている。それで双子が生まれるようになった。エヴェリーナもリンデイルと一緒の双子で生まれたわ。侯爵家では双子は大切に育てられていた。それは何か大事が起きた時に、双子を重ねることができるから」
双子を重ねる?
その意味がわからず、私は彼女に問い返した。
「どういう意味だ。双子を重ねるって何を言っている」
「そのままの意味なんだけど。つまり、双子のうち先に死んだ一人の能力と記憶の全てをもう一方の生き残った双子が全て受け継ぐことができるの。八年前、エヴェリーナは双子の弟のリンデイルを死なせているでしょう。だから、八年前、エヴェリーナはリンデイルの能力も記憶も全て受け継いでいるの。だから普通の人間と違って、魔力も膨大だし、記憶も二人分あって……」
「そんな馬鹿な話があってたまるか!!」
私の記憶の中のエヴェリーナは気弱な少女だった。花園の中であどけなく笑う彼女の姿しか知らなかった。
「でも本当の話なのよ。八年前に、リンデイルは自害して、エヴェリーナが彼を受け継いだ。胸糞が悪いのは、バルドゥルはリンデイルが死ぬ前にエヴェリーナを自害させようとして詰め寄ったの。貴方様が先に死ねば侯爵家は救われると言ってね。アイツはよく、エイヴの前に顔を出せると思うわ。あいつのせいで、エヴェリーナは壊れちゃったのに」
八年前からエヴェリーナのそばで、奴隷として仕えている彼女なら、エヴェリーナに起きたことを知っているはずだ。
八年前は深窓の令嬢だった彼女が、こんな獣じみた強さを持っている理由を知っているはずだった。
エルフのリザンヌは、女の身ということで、野営のテントを一人で独占して利用していた。そのことにマンセルやクランプは文句を言っていたが、リザンヌは文句を言われても「女の特権だ」と言って一人で使っていた。そのテントの入口で声をかけると、リザンヌは私をテントの中に入れてくれた。
「……エイヴは落ち着いた?」
「ああ、今は寝ている。疲れた様子だった」
「本当に無茶させるわよね。騎士達も突っ込めといつも言っているんだけど、エイヴの魔法に巻き込まれるから、行けないと言うのよ」
「……あんなことを昔からさせていたのか」
「そう。五年前に、この国中が魔獣で溢れていた時、エイヴをみんな突っ込ませまくったわ。あの子、全身強化できるでしょ? 魔力量も桁外れだし。五年前、最も勲功をあげたのは、エイヴだったわ。でも、叙勲も辞退して、金だけ受け取って引っ込んだ。それで、あの屋敷でみんなで暮らしていたのよ」
「……………アレは異常だ」
全身を魔獣の血で濡らし、まるで幽鬼のようにふらふらと戻ってきた。
実際、彼女の向かった先で、巨大な魔力反応を感じた。それこそ、爆発したかのような。
私が知るエヴェリーナは大人しい少女で、弟の後ろから私をじっと見つめているような娘だった。
そんな恐ろしい魔獣の中に飛び込んでいける少女ではない。
リザンヌは私の顔をじっと見つめ、それから言った。
「彼女がエヴェリーナじゃないことを、貴方は気が付いている?」
「………エヴェリーナだろう」
私の問いかけに、リザンヌは腕を組んで唸っていた。
「うーん、確かにエヴェリーナの記憶があって、身体もエヴェリーナなんだけど、正確にはもう、エヴェリーナじゃないのよね。彼女は八年前に死んだから」
その言葉の意味がわからなかった。
「死んだ? だって彼女は生きているじゃないか。生きて、私達と一緒にいる」
生きて、私と一緒に触れ合い愛し合い、語り合っている。
その手は温かく、その胸の鼓動は確かなものだった。
「貴方、侯爵家のことをどこまで知っているの? 王太子だったんだから、あの侯爵家が王家の盾とか剣と言われていた理由も知っているわよね。双子が必ず生まれる理由とか」
「双子が必ず生まれることは知っている。だが、理由は知らない」
その言葉に、リザンヌは爪を噛んでブツブツと言い始めた。
「そうか。王位を継いだものにしか、その秘密は話されていなかったのかも知れない。でも、仮にも彼の婚約者に据えたのだから、教えておくべきだったと思うわ」
「……何を知っているんだ。教えてくれ」
「これだけエイヴが可愛がっているんだから、貴方には教えてもいいか」
一人でリザンヌは納得して、私に向きかうと静かに話し始めた。
それはどこかおぞましい話だった。
「王家の盾とか剣と呼ばれていた侯爵家では、必ず当主の嫡子に双子が生まれるの。昔々の魔法使いが、侯爵家の血統にそういう仕組みを作ったとも言われている。それで双子が生まれるようになった。エヴェリーナもリンデイルと一緒の双子で生まれたわ。侯爵家では双子は大切に育てられていた。それは何か大事が起きた時に、双子を重ねることができるから」
双子を重ねる?
その意味がわからず、私は彼女に問い返した。
「どういう意味だ。双子を重ねるって何を言っている」
「そのままの意味なんだけど。つまり、双子のうち先に死んだ一人の能力と記憶の全てをもう一方の生き残った双子が全て受け継ぐことができるの。八年前、エヴェリーナは双子の弟のリンデイルを死なせているでしょう。だから、八年前、エヴェリーナはリンデイルの能力も記憶も全て受け継いでいるの。だから普通の人間と違って、魔力も膨大だし、記憶も二人分あって……」
「そんな馬鹿な話があってたまるか!!」
私の記憶の中のエヴェリーナは気弱な少女だった。花園の中であどけなく笑う彼女の姿しか知らなかった。
「でも本当の話なのよ。八年前に、リンデイルは自害して、エヴェリーナが彼を受け継いだ。胸糞が悪いのは、バルドゥルはリンデイルが死ぬ前にエヴェリーナを自害させようとして詰め寄ったの。貴方様が先に死ねば侯爵家は救われると言ってね。アイツはよく、エイヴの前に顔を出せると思うわ。あいつのせいで、エヴェリーナは壊れちゃったのに」
40
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います
こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。
※「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる