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第2章 騎士団長と神の怒り
第16話 王都への帰還(上)
ヴェルディが騎士団長を務める騎士団は、他騎士団の救援要請に応じたり、街道の魔獣退治を行ったりしながら王都へ帰還した。
東地域への派遣要請から五週間が経過して、ようやく王都へ戻ることができた。多数のけが人は出ていたが、幸いなことに重傷者はいない。
東地域での三頭の魔獣ケルベロス出現時に、前神官長ルーディスから癒しの術を受けたことが大きい。あれがなければ、とてもその後他騎士団の救援要請に応じることもできなかったであろうし、帰還の旅路に耐えられなかった者も出たはずだった。
騎士達はヴェルディの命令に従って口を噤んでいたが、あの奇跡が何であったのか考えてしまう者も多かった。
魔獣ケルベロスに襲われていた中、突然、ヴェルディ騎士団長の背後に現れた銀の髪の神官長。彼は、あの“ライシャ事変”で命を落としたと言われている。
その右手の“聖人の徴”を奪われ、殺されたという話だが、死体は見つかっていない。彼はヴェルディ騎士団長の親しい友人だったという。騎士達に、お守りだと配られた遺髪も、ヴェルディが彼から直接もらったものだという話だった(非常に渡す際に渋っていた)。
ヴェルディ騎士団長の危機を救うために現れた彼は、亡霊なのだろうか。
ヴェルディ騎士団長の昔を知る者は、恐らく騎士団長はあの前神官長に想いを寄せていただろうと言う。亡くなった想い人が、自分を守るために現れたその奇跡。とても言いふらしてよいものではなかったため、騎士達の誰もが静かに口を噤んでいた。
王都へ帰還したヴェルディはすぐに、神殿へ向かった。
屋敷に戻るよりも先に、ルースの顔を見たかった。
彼と別れてから五週間。
疫病が蔓延するこの街で、無事でいるだろうか。
はやるような気持ちに、いつの間にか早足になっていた。
王都の騎士団の拠点で解散してから、思うのは彼のことだけだった。
神殿は相変わらず、病人が押しかけて、入口の階段にもぐったりとして横になっている者達もいる。収容が追いついていないようだった。
その中、騎士団の隊服を身に付け、現れたヴェルディを見て、神官達は目をみはり、そして道を開けた。
長旅のそのままの恰好で来ているため、薄汚れているし、はっきりいってボロボロだった。
大きな神殿の扉を開けて入ると、救護院へ続く行列のその先に忙しそうに働いている彼がいた。
少し驚いたのが、青い見習い神官服を身にまとっていることだった。
胸元にヴェルディが贈った小さな銀のメダルを下げて、甲斐甲斐しく働いている。
患者達に優しく話しかけている様子に、かつての神官長ルーディスの姿が重なった。
彼はふとこちらに目を向け、驚いたようにその黒い瞳を見開いていた。
次にやってきた患者を、別の神官に任せて、彼はこちらに向かって歩いてきた。いや、途中から走ってきた。
ヴェルディの前まで辿り着くと、彼は立ち止まり、微笑んで言った。
「お帰りなさい」
そう言った彼を思わず抱きしめる。
周囲の神官達が驚いたように見ているが、構いやしなかった。
きつくきつく抱きしめると、彼はそっと背中に手を回してもう一度言った。
「お帰りなさい、ヴェルディ」
その言葉がひどく嬉しかった。
十五年前、出兵から戻った時、彼からその言葉を受け取ることができなかった。
それをようやく、十五年の時を経て受け取ることができた。
まるで、ぽっかりと空いていた穴が埋まったような気がした。
「ああ、……今戻った」
そう言って、抱きしめた彼の唇にそっと自分の唇を重ねた。
*
「あの騎士団長、キスしているぞ!!」
興奮したように特別審理官のカーターが、階下のルースとヴェルディの抱き合う様子を見て報告する。
周囲の神官や患者達も「あらま」という感じで、いずれも温かな視線で見守っているようだった。
「あ、すぐにルースに押しのけられてる。ちょっとかわいそうだな。もうちょっとチューしてあげればいいのに」
「……神殿の中で不純行為はだめだろ」
シューマッハが言うと、カーターは唇を尖らせて不満そうな声を出した。
「チューくらいいいじゃん。騎士団長、魔獣倒しに危険な東地域に派遣されて、ようやく戻って来たのに。かわいそうだ」
「ああ、それで魔獣も討伐し、穢れも払ったという“英雄”だ」
実際、ヴェルディ騎士団長が率いる騎士団が、王都に戻ってくるとき、大勢の出迎えた人々が拍手喝采した。もし、疫病が流行っていなければ、恐らくその帰還を記念してパレードも行われただろう。生憎それが行われる予定はなかった。だが、彼の為した業績は、この疫病で閉塞した暗い雰囲気の中に差し込む、一条の光のように思えた。
「穢れを祓い、魔獣の討伐を行った“英雄”か」
見ると、階下のヴェルディとルースは、なぜだか押し合っているように見える。ルースをなんとか抱きしめようとしている騎士団長と、慌てて神殿の中だということを思い出して、身を離そうとしている赤くなったルース。年齢差こそあるが、似合いの二人だった。
東地域への派遣要請から五週間が経過して、ようやく王都へ戻ることができた。多数のけが人は出ていたが、幸いなことに重傷者はいない。
東地域での三頭の魔獣ケルベロス出現時に、前神官長ルーディスから癒しの術を受けたことが大きい。あれがなければ、とてもその後他騎士団の救援要請に応じることもできなかったであろうし、帰還の旅路に耐えられなかった者も出たはずだった。
騎士達はヴェルディの命令に従って口を噤んでいたが、あの奇跡が何であったのか考えてしまう者も多かった。
魔獣ケルベロスに襲われていた中、突然、ヴェルディ騎士団長の背後に現れた銀の髪の神官長。彼は、あの“ライシャ事変”で命を落としたと言われている。
その右手の“聖人の徴”を奪われ、殺されたという話だが、死体は見つかっていない。彼はヴェルディ騎士団長の親しい友人だったという。騎士達に、お守りだと配られた遺髪も、ヴェルディが彼から直接もらったものだという話だった(非常に渡す際に渋っていた)。
ヴェルディ騎士団長の危機を救うために現れた彼は、亡霊なのだろうか。
ヴェルディ騎士団長の昔を知る者は、恐らく騎士団長はあの前神官長に想いを寄せていただろうと言う。亡くなった想い人が、自分を守るために現れたその奇跡。とても言いふらしてよいものではなかったため、騎士達の誰もが静かに口を噤んでいた。
王都へ帰還したヴェルディはすぐに、神殿へ向かった。
屋敷に戻るよりも先に、ルースの顔を見たかった。
彼と別れてから五週間。
疫病が蔓延するこの街で、無事でいるだろうか。
はやるような気持ちに、いつの間にか早足になっていた。
王都の騎士団の拠点で解散してから、思うのは彼のことだけだった。
神殿は相変わらず、病人が押しかけて、入口の階段にもぐったりとして横になっている者達もいる。収容が追いついていないようだった。
その中、騎士団の隊服を身に付け、現れたヴェルディを見て、神官達は目をみはり、そして道を開けた。
長旅のそのままの恰好で来ているため、薄汚れているし、はっきりいってボロボロだった。
大きな神殿の扉を開けて入ると、救護院へ続く行列のその先に忙しそうに働いている彼がいた。
少し驚いたのが、青い見習い神官服を身にまとっていることだった。
胸元にヴェルディが贈った小さな銀のメダルを下げて、甲斐甲斐しく働いている。
患者達に優しく話しかけている様子に、かつての神官長ルーディスの姿が重なった。
彼はふとこちらに目を向け、驚いたようにその黒い瞳を見開いていた。
次にやってきた患者を、別の神官に任せて、彼はこちらに向かって歩いてきた。いや、途中から走ってきた。
ヴェルディの前まで辿り着くと、彼は立ち止まり、微笑んで言った。
「お帰りなさい」
そう言った彼を思わず抱きしめる。
周囲の神官達が驚いたように見ているが、構いやしなかった。
きつくきつく抱きしめると、彼はそっと背中に手を回してもう一度言った。
「お帰りなさい、ヴェルディ」
その言葉がひどく嬉しかった。
十五年前、出兵から戻った時、彼からその言葉を受け取ることができなかった。
それをようやく、十五年の時を経て受け取ることができた。
まるで、ぽっかりと空いていた穴が埋まったような気がした。
「ああ、……今戻った」
そう言って、抱きしめた彼の唇にそっと自分の唇を重ねた。
*
「あの騎士団長、キスしているぞ!!」
興奮したように特別審理官のカーターが、階下のルースとヴェルディの抱き合う様子を見て報告する。
周囲の神官や患者達も「あらま」という感じで、いずれも温かな視線で見守っているようだった。
「あ、すぐにルースに押しのけられてる。ちょっとかわいそうだな。もうちょっとチューしてあげればいいのに」
「……神殿の中で不純行為はだめだろ」
シューマッハが言うと、カーターは唇を尖らせて不満そうな声を出した。
「チューくらいいいじゃん。騎士団長、魔獣倒しに危険な東地域に派遣されて、ようやく戻って来たのに。かわいそうだ」
「ああ、それで魔獣も討伐し、穢れも払ったという“英雄”だ」
実際、ヴェルディ騎士団長が率いる騎士団が、王都に戻ってくるとき、大勢の出迎えた人々が拍手喝采した。もし、疫病が流行っていなければ、恐らくその帰還を記念してパレードも行われただろう。生憎それが行われる予定はなかった。だが、彼の為した業績は、この疫病で閉塞した暗い雰囲気の中に差し込む、一条の光のように思えた。
「穢れを祓い、魔獣の討伐を行った“英雄”か」
見ると、階下のヴェルディとルースは、なぜだか押し合っているように見える。ルースをなんとか抱きしめようとしている騎士団長と、慌てて神殿の中だということを思い出して、身を離そうとしている赤くなったルース。年齢差こそあるが、似合いの二人だった。
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