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第10話 占い

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「くそがっ!」

イラつきから椅子を蹴り飛ばす。
お付きの女官がその音でびくりと身を震わせ、恐怖の眼差しで俺を見つめる。
だが俺はそんな事などお構いなしに、自身の不満を拳に乗せて机に叩き込んだ。

「くそっ」

全力で叩きつけた為拳が痛む。
だがその痛みも、俺の怒りを紛らわせるには至らない。
それ程までに俺はイラついていた。

「継承権剥奪だと……ふざけるな!」

このガルザスが……
継承権第一位、ガレーン王国第一王子たるこの俺が……

俺は追い込まれていた。
理由は魔王の封印をむやみに刺激し、復活させてしまった事だ。

「くそっ……こうなったのも全てアリアのせいだ」

父が死ねば長子の俺が跡を継ぐ。
それが順当な継承だ。
だが、俺の後に生まれた第二王子おとうとは優秀だった。

眉目秀麗、文武両道。
人格者であり、周りからの人気も高い。
そんな弟を、次の王にと望む物も少なくはなかった。

だがそれだけなら、俺もそこまで気にする必要などなかった。
いくら人気があろうと、俺に大きな問題がない以上、王位は揺るがない。
そう、俺が王になる筈だった。

アリアが蘇ったあの瞬間までは。

大聖堂内には2つの声が上がる。
神の奇跡と。
悪魔の所業とだ。

神の奇跡という声だけなら、俺はアイツを復活した奇跡の聖女として妻に迎え入れていただろう。
だが、悪魔の所業と聞こえた瞬間、俺はアリアの捕縛に動く。

僅かでも魔女の疑いのある者を、妻に召し抱える訳にはいかない。
それでは反対派閥の奴らを喜ばせてしまう。
だから俺自らアリアを魔女認定し、捕縛したのだ。
俺が魔女とかかわりのない、潔白な人間であると証明する為に。

「あいつが素直に捕まって処刑されさえしていれば……」

怒りに歯軋りをする。
国境でアリアを取り逃したのは痛恨のミスだった。

魔法を封印されている彼女が、兵士に囲まれて逃げおおせる訳がない。
きっと王子がわざと逃がした。
そういった悪い噂は直ぐに立つ。

弟を王にと考えている奴らは大喜びだろう。
俺を失脚させる材料が出来たのだから。

それでも病弱な父は跡目を継がせてくれる気だったらしく、病状が悪くなった自分に変わって、国の全権を俺に任せてくれる。
それは俺にとってチャンスだった。

強権を使って新たな聖女を擁立し、魔女の行った封印を再封印で上書く。
その上で聖女と結婚し、魔女との繋がりを払拭する。

だがその目論見は失敗に終わる。
父の病状から、そう長くはないと思った俺は焦っていた。
そのせいだ。

聖女の試練は1年もかかってしまう。
そんな物をゆっくり待っている暇はなかった。
だから簡略化させ、儀式を執り行わせる。

その結果が魔王復活だ。
当然俺は失脚し、王位継承権を失ってしまう。

「魔王を倒すしかない」

返り咲く唯一の手段があるとすれば、それは魔王討伐の功を立てる事だけだ。
だが現状では手の打ちようがなかった。

問題は2つ。

まず魔王の居場所が分からない事だ。
奴は復活して以降、その姿を現してはいない。
なにを考えているのかは知らないが、居場所が分からなければ討伐のしようがなかった。

次に俺が動かせる兵の数が限られている事だ。
魔王が復活した事で、俺を見限った諸侯は多い。
その為俺が自由にできる数は限られ、その戦力で魔王を討伐するのは難しかった。

「くそ……アリアさえ素直に死んでいれば……」

本日何度目かの悪態を吐いた所で、扉がノックされる。
「入れと」返すと扉が開き、部下が1人の女性を連れて執務室へと入って来た。
女性は露出の高い服を着ており、胸元などは半分露になっている。

「お連れ致しました」

「初めまして、ガルザス王子。お会いできて光栄ですわ」

頭の上で髪を束ねている褐色肌の女性は、恭しく俺にお辞儀する。
頭を下げるのは当然の事ではあるが、女は口元を覆うベールを脱ごうとはしなかった。
本来なら青筋を立てて怒鳴り立てる所だが、これから大事な仕事を頼む身としては我慢せざる得ない。

「よく来てくれた。偉大なる予言者サラーンよ。余の呼びかけに答えてくれた事、感謝する」

「恐れ多いお言葉ですわ」

彼女の名はサラーン。
占い師だ。
その精度は相当高いらしく、巷では予言者とまで言われている。
本来ならば1年先までスケジュールが埋まっているそうだが、無理を通して此処へやってこさせた。

以前の私なら、占いなどときっと鼻で笑っていただろう。
だが今の私には後がない。
どんなに見すぼらしい藁だろうと縋る積もりだ。

「貴方に占って頂きたいのは他でもない、魔王の事だ」

「噂は本当だったのですね?」

本来なら魔王復活の事はトップシークレットなのだが、魔王復活はもう既に相当噂になっていた。
まあ人の口にとは立てられぬと言うから、ある程度は仕方がない事だろう。

「ああ、だが他言無用で頼む。これから依頼する内容も含めてだ。申し訳ないが、それを口外するようなら……」

「勿論理解しておりますわ」

占った事を他人にペラペラ喋られたのでは、誰も彼女に依頼しなくなる。
そういう意味では、彼女の口は堅い方だと判断できた。
だが、万一の事を考えて脅しで念押ししておく。

「感謝する」

「それでご依頼とは」

「魔王の居場所と、そしてそれを倒せるものの情報が欲しい」

大軍を動かせないのなら、少数でも倒せる勇者を見つけ出せばいい。
そいつに倒させ、その功績を全部頂く。
そうすれば俺は魔王討伐、ないし封印の功労者として返り咲けるはずだ。

「失礼します」

サラーンは腰の革袋から拳大の水晶を取り出す。
それからは不思議な光が溢れ出していた。
彼女は床の上に胡坐をかき、その上に水晶を置いて何か呪文様なものを唱えだす。

「ぬ……」

突如水晶から強い閃光が放たれ、視界が白一色に染まる。
だが不思議と眩しくはない。
じっとその白く染まった世界を眺めていると、一人の女性が浮かび上がる。

「アリア……」

それは黒髪黒目の乙女。
聖女――いや、魔女アリアだった。
その姿がふっと掻き消え、視界が元に戻る。

「お見えになられましたか?」

「お前の仕業か?今のはいったい?」

幻覚の魔法だろうかとも思ったが、恐らく違う。
指に付けた指輪が反応していない。
これは魔法に反応するマジックアイテムだ。
誰かが近くで魔法を使おうとすれば青く輝く様になっている。

どうやら特殊な力を持っている様だ。
これなら、占いに期待できるかもしれない。

「今お見えになられた人物が、貴方の運命を救う方となります」

「アリアがか?」

俺の運命を救う?
とても信じられない話だった。

「その方に救いを求めて下さい。そうすればきっと、あなたの運命は好転するはずです」

「あいつに助力を乞えだと!?」

思わず声を荒げる。
自分をけつまずかせた相手に助けを求めろだなどと、ふざけた話だ。

「はい」

確かにあいつは優秀な聖女だった。
この占い師の言う通り、力を借りれば魔王を倒せる足掛かりにはなるのかもしれない。
だがあいつは俺の事を恨んでいる筈だ。
素直に俺の頼みを受け入れるとは思えなかった。

「他に占いで出た結果は無いのか?」

「ご期待に沿えず申し訳ありません。それが私の占いの限界です」

「ちっ」

舌打ちする。
魔王の居場所も分からず、ただアリアを頼れと言う結果にイラつかずにはいられない。

「もういい、下がれ」

「では、失礼いたします」

そういうと、サラーンはお辞儀をして去って行く。

「アリアか……」

占いを100%信じた分けではないが、アリアと接触する価値はあるだろう。
兎に角見つけさえできれば、聖女に戻すという餌でどうにでもコントロールできる筈だ。

「どうやら何としても探し出す必要がある様だ」

俺は執務室を後にし、その為に動き出す。
必ず見つけ出してみせるぞ、アリア。
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