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しおりを挟む第一章 絶望の底
『疾風怒濤』。
それは冒険者界隈を彗星の如く上り詰めてきたSランクパーティーの名だ。
今やこの名前を知らない冒険者はいないと言っても過言ではない。
通常、Sランク到達には早くとも十年かかると言われているところ、その道のりをたった三年で上り切ってみせた様は、まさに疾風怒濤!
その名に恥じぬ躍進である。
ま、俺の所属するパーティーの事なんだけどな。
ダンジョンを進みながら、俺はニヤつく。
「いやー、俺達もついにSランクかぁ」
「おい、それ何度目だよ? セドリ」
筋骨隆々。まるで山のような大男のケンドが、突っ込みを入れてくる。
彼はこのパーティーの守護神とも言うべき存在だ。
その圧倒的パワーとタフネスで、敵の猛攻を弾き飛ばしてくれる。
盾役の彼がいるからこそ、後衛は安心して攻撃に専念できるのだ。
「いやー、嬉しくってついさぁ」
疾風怒濤がSランクへの昇格を果たしたのは三日前。そりゃあテンションも上がるというものだ。
「まったく……浮かれすぎだ、セドリ。気持ちは分かるが、ここはダンジョン内なんだぞ。ちゃんと気を引き締めろ」
「悪い悪い」
リーダーのデールに注意されてしまった。
彼は常に冷静沈着な判断で、パーティーを引っ張ってくれている。
まさにこのパーティーの大黒柱と言うべき存在だ。
岩肌剥き出しのダンジョンをしばらく進むと、魔物の一団と遭遇する。
下層まで進んでいるので、かなり強力な奴らだ。
一般的なBからCランク辺りのパーティーなら、下手をすれば全滅してもおかしくないようなレベルの魔物――それを俺達は、一分とかからずに殲滅する。
「へ! Sランクパーティー舐めんな!」
「セドリ……そういう偉そうな台詞は、もっと活躍してから言いなさいよね」
「ほんとほんと」
双子の美人エルフ、リーネとリーンがいい気分に水を差してくる。
でも美人だから許す。
彼女達は双子なのだが、どういう訳か姉のリーネは肌が黒いダークエルフで、妹のリーンは普通のエルフという、特殊な生まれをしている。
疑問に思って理由を聞いた事があるのだが、残念ながらその時は教えてもらえなかった。
まあ、誰だって知られたくない過去の一つや二つはあるものだ。
ちなみに、二人は凄腕の魔導士だ。姉のリーネが闇と炎の、妹のリーンが光と水の魔法を得意としている。
さっきの戦闘も、彼女達の魔法がバンバン決まって、あっさりと終わった感じだ。
「へへ……まあ、ここからが俺の仕事だ。喰らえ! マジックポーション乱舞!」
俺は魔力を回復させるマジックポーションを取り出し、二人にそれを振りかけた。
本来これは使いきりのアイテムであるが、俺には【アイテム無消費】という特殊な能力がある。
これは消費型のアイテムを無消費で――いくらでも使う事ができるという、俺だけが持つユニークスキルだ。
戦闘能力では他の仲間に劣るが、俺はこのスキルで疾風怒濤に大きく貢献している。
いわゆる、縁の下の力持ちってやつさ。
「オラオラオラ!」
ポーション瓶が空になったそばから中身が復活し、俺はそれを狂ったようにかけ続ける。
「ちょっ! かけすぎ!」
「ちょっと! びしょびしょになるでしょ!」
過剰に振りかけた分は肉体に吸収されず、液体のまま双子の体に纏わりつく。
二人は薄着なので、濡れて体のラインが露わに――
「やめろっつーの!」
「おごっ!?」
リーネにロッドで頭をぶん殴られてしまった。
ついでに股間も思いっきり蹴り上げられる。
装具をつけているとはいえ、そこに強い衝撃はさすがに応える。
俺はポーションを取り出し、大事な所に振りかけた。
「何も蹴らなくてもいいじゃねぇか」
「うっさい! すけべ!」
「べーだ!」
さすがにやりすぎてしまったようで、リーンがあっかんベーと舌を出す。
「やれやれ。遊んでないで、私にもポーションを頼むよ」
そう声をかけてきたのは僧侶のアババだ。
回復アイテムが無限に使えるなら僧侶はいらないと思われそうだが、そんな事はない。
確かに回復役としては俺がいれば十分だ。しかし、僧侶の扱う特殊な魔法には、アイテムでは替えの利かない――対アンデッド能力等――ものも多い。何より、彼は僧侶でありながら攻撃魔法の腕も超一流だった。
「頭にかけてやんなよ。そしたら毛が生えてくるかもね」
俺がアババにマジックポーションを振りかけていると、ミュンがからかってきた。
彼女は軽装で素早い身のこなしを得意とするシーフだ。
性格の方は残念な感じではあるが、顏は結構美人である。
「はっはっはっはっは! ミュンは面白い事を言うなぁ」
気にしていない――という風に返したアババの声は、微かに震えていた。
周りに勘付かれないように振る舞ってはいるが、若くして完全に禿げあがった頭皮を彼が気にしている事は、みんな知っている。
それをずけずけと口にするのは、ミュンぐらいのものだ。
「それよりセドリ。あたしにもポーションを頼む」
そう言うと、彼女は右腕を俺に見せてくる。
そこには掠り傷とも言えないような擦過の痕があった。
「おいおい、こんなもん、回復いらねーだろ」
「乙女の柔肌が傷ついてるんだ。いいからさっさと回復しろ」
「ったく、自分で乙女って言うか?」
やれやれと肩を竦め、俺はポーションをミュンの掠り痕にかけた。
傷とも言えないレベルなので、当然それは一瞬で治癒する。
「ん、ご苦労。こんな美女を回復できた事を光栄に思いな」
「ははぁ。これはこれは、ありがとうございます」
ミュンのノリに合わせ、大仰に頭を下げる。
「よし。おふざけはそこまで! 先に進むぞ」
リーダーのデールが大声でみんなの気を引き締め、先に進むように指示を出す。
「オッケー、リーダー」
デール、ケンド、リーネ&リーン、アババ、ミュン。
そして俺を含めた七人が、疾風怒濤のメンバーだ。
この七人で今まで頑張ってきた。
そしてこれからも。
俺達の快進撃は誰にも阻めない。
そう俺は心の底から信じていた。
だけど――そう思っていたのは俺だけだったと、この後思い知らされる事になる。
◆◇◆
「デール、まだ進むのか?」
マジックアイテムを使い、未踏エリアの地図を記しながら、リーダーに聞く。
既にダンジョン探索開始から四日も過ぎていた。
今回は行ける所まで行く予定ではあったが、帰りの事を考えると、もうそろそろ引き返した方がいいタイミングだ。
肉体的ダメージは俺のスキルでいくらでも回復できるとはいえ、長期間の探索による精神的疲労まではカバーできないからな。
見えない疲労の蓄積は、あり得ないミスや不和を生み出すものだ。
「ん……そうだな。もう少しだけ進んだら引き返すとしよう」
デールはまっすぐに俺を見て――少し考る素振りをしてから、まだ進むと告げた。
慎重な彼の事だから「そろそろ引き返そう」と返ってくると思っていたので、俺は少し眉をひそめる。
リーダーの決定に異議を唱えるつもりはない。
だが、何か違和感がある。
普段と違う何かが……
ま、気のせいか。
きっとデールもSランクに上がった事で、少し浮かれているに違いない。
酷い状況になりそうなら、その時は俺が帰還を強く主張してやればいいだろう。
「デール――」
ミュンがデールの横に行き、耳元で何か囁いた。
目の前でこそこそ話をされるのは正直微妙な気分だが、女性特有のプライベートな内容かもしれないので、俺は黙って肩を竦める。
「いや、まだ駄目だ」
デールが首を横に振る。
何がまだ駄目なんだろうか?
少し内容が気になったが、わざわざ聞くのも変だし、我慢するとしよう。
「じゃあ、出発しよう」
休憩を終えた俺達は、デールの指示に従って更に奥へと進む。
そこから二時間ほど進んだ所で、狭い通路のような場所から急に広い空間へと飛び出した。
「なんだここは?」
俺は周囲を見回し、思わず呟いた。
円形の巨大な空間。その中央には魔法陣が浮かび上がっていた。
俺達は恐る恐るそれへと近づく。
「トラップにしてはド派手だな」
「調べてみるわ」
リーネとリーンが魔法陣に近寄り、それがどういう類の物なのかを確認する。
その間、俺達は周囲の調査を行う。
魔法陣以外は特に何かある訳でもなく、反対側の通路から魔物が入ってくる様子もなかった。
「デール。これは転移陣よ。間違いないわ」
「どうやら、話は本当だったみたいだな」
デールの口ぶりは、まるで転移陣の存在を知っていたかのようだ。
「どういう事だ?」
俺が問いかけると、デールが転移陣を指差しながら答える。
「ああ、ガードンさんに聞いたのさ。下層東エリアの奥に、最下層に通じる転移陣があるって」
「へぇ、さすがガードンさん。あの人本当に何でも知ってるな」
ガードンというのは、少し前に引退した冒険者の名だ。
俺達と同じSランクで、何十年も第一線を張ってきた凄い人物である。
ひょっとして、今回の目的はこの転移陣の位置を確認する事だったのだろうか?
それなら、慎重派のデールが無理をしてでも先に進んだのも納得できる。
まったく……そういう話は先に言っておいてくれよな。
「まさか、この陣を使って最下層に行くとか言わないよな?」
「ははは、まさか。この陣は一方通行で、進んだら最後、戻ってこられないそうだ」
「おー、こわ」
俺は軽くおどけてみせる。
まあ、仮に帰還の陣があったとしても、進む事はないだろう。
いくら疾風怒濤がSランクパーティーと言っても、なんの準備もなしに最難関エリアに挑むのは自殺行為だからだ。
「まあ、いずれ進むとしたら、リーネ達が転移魔法を覚えてからだな」
俺が冗談めかして言うと、リーネとリーンが悪戯っぽく笑う。
「なーに言ってんのよ、セドリ」
「私達、もう転移魔法は習得済みよ」
「マジか!?」
「まあ、二人でじゃないと発動させられないけどね」
転移系の魔法を習得するのは非常に困難だ。そのため、大陸内でも扱える人間は片手で数えられるほどしかいないと聞く。
二人が魔法の天才だと分かってはいたが、まさかここまでとは思わなかった。マジでスゲェ!
「二人がかりでも十分凄いって!」
「ふふん、まあね」
「凄いでしょ!」
リーネとリーンは体を反らせて胸を張る。
顔は同じだが、ダークエルフのリーネは豊満で、緑のシャツを押し上げる胸の膨らみの主張が凄い。
対して、エルフであるリーンは……まあ触れないでおこう。
「ここに来たのは、後々の事を考えてって訳か。さっすがデールだ」
転移魔法は、一度でも行った場所ならどこにでも行ける。
それはダンジョン内でも同じ。
つまり、次からはここへ転移魔法で飛んでくる事ができるって訳だ。
ゆくゆくは最下層へ。
その下準備のため、今回デールは無理をしたのだろう。
いや、転移魔法で帰還できるのだから、無理ですらなかった訳か。
「セドリ……実は、今日はここに別の用事があって来たんだ」
「別の用事?」
転移用のマーキング以外に、一体なんの用が?
デールの言葉に俺は首を傾げる。
「悪いんだけど、君の荷物を貸してもらっていいか?」
「へ? ああ、別にいいけど」
唐突な申し出だが、特に断る理由もないので、バックパックを肩から外してそれをデールに渡す。
「おいおい、何をする気だ?」
彼は受け取った荷物をごそごそと漁り、中から消耗品や貴重なアイテム類を取り出しはじめた。
そしてそれらを床に並べ、俺に鞄を返す。
中身がほとんど抜き取られているので、随分軽くなっている。
一体何がしたいんだ?
意味不明すぎるリーダーの行動に違和感を覚えつつも、彼の事だから何か理由があるのだろうと、自分を納得させる。
俺はデールを信頼しているし、周りのみんなが彼の謎の行動に口を挟まないのもそのためだ。
「さて、セドリ。名残惜しいが、君とはここでお別れだ」
「へ?」
デールが発した言葉の意味が理解できず、ポカーンとする。
そんな俺に対して――
「セドリ、今までありがとう」
「どうか貴方に神の思し召しがあらん事を」
「じゃーね」
「お疲れさまー」
「ま、精々がんばんな」
ケンド、アババ、リーネとリーン、そしてミュンまでもが、別れの言葉を投げかけてくる。
「おいおい、なんの冗談だよ? いくらなんでもこの状況でそのジョークは引くぞ」
「――――」
誰からも返事がない。
みんなが俺に向ける眼差しが酷く冷めたものに見えた。
背筋が寒くなる。
まさか本気か?
いや、そんな訳ないよな。タチの悪い冗談に決まっている。
そう、こんなのただの悪ノリだ。
「はいはい。もういいっての」
俺は軽く首を竦め、デールが俺の荷物から取り出したアイテムを拾おうと手を伸ばす。
だがその時――
「――っ!?」
デールが手にした剣が俺の首筋に突き付けられた。
押し付けられた刀身の冷たい感触が伝わり、俺は思わず唾を呑み込む。
「じょ、冗談でもやりすぎだぞ」
声が震える。
冗談だと思いたい。
だが、剣を向けるデールの目は、一切笑っていなかった。
「セドリ。悪いがお前はこのパーティーから追放だ」
「冗談……なんだよな?」
「俺は冗談や嘘で他人に剣を向けたりしない」
……嘘だ。
そう思いたいけど、デールの視線は首に突き付けられている刃同様に、冷たく鋭かった。
――こいつは本気だ。
いや、彼だけじゃない。
視線だけ動かして周囲を見回すと、その場の全員が表情一つ変えず――アババだけはこちらに背を向けていたので分からないが――冷めた目で俺を見ていた。
デールの独断じゃなく、全員が納得の上での行動だってのか?
みんなが俺を追い出そうとしている。
その事実に頭の中が真っ白になり、ガクガクと膝が震える。
「もう一度言う。お前は追放だ」
「なんで……なんでだよ……」
なんで俺がデールに剣を向けられなきゃいけない?
なんで俺がパーティーから追放される?
確かに俺の腕前はみんなに比べれば劣る。
けど、俺はユニークスキル【アイテム無消費】で貢献してきた。
そう、このパーティーを支えてきたんだ、俺は!
こんな場所で剣を向けられて、追放を言い渡される謂れなんかない!
「疾風怒濤がSランクに上がったからよ」
ミュンが前に出て、デールの代わりに俺の疑問に答える。
「Sランクになれば、高額な依頼が受けられるようになるのは、あんただって知ってるわよね?」
Sランクパーティーは扱いが別格だ。
ダンジョンで得られる収入とは別に、パーティーの能力を評価した貴族からの直接の依頼なんかも舞い込んでくる。
そのためSランクとそれ以外では、稼げる額に大きな差が生じるのだ。
だが、その話と俺の追放に、どんな関係があると言うのか?
「それがなんだって言うんだ」
「ばっかねぇ。あんたの取り柄は経費削減だけでしょ? お金ががっぽり稼げるようになったら、あんたの価値なんてゼロじゃん。だからあんたはもういらないの」
……ゼロ?
俺の価値が?
そんな訳ない。
そんな訳、あるはずがない!
「ふざけんな! 俺の――」
叫ぼうとしたが、言葉を呑む。
突き付けられていた剣の切っ先が、喉元に強く押し込まれたからだ。
変な動きをすれば容赦しない――俺を睨むデールの目はそう語っていた。
「ああ、言っとくけど。荷物が少なくて済むってのも、もうなんのメリットもないわよ。リーネ達が転移魔法を使えるんだから、そもそも大荷物でダンジョンに籠もる必要ってないのよねぇ。ご愁傷様」
そう言って、ミュンは意地悪く口元を歪める。
経費削減と荷物を減らす。
それだけが……たったそれだけが、疾風怒濤における俺の価値だってのか?
怒りに任せてミュンに殴りかかってしまいたい。
だがそんな俺の動きを、デールが突き付けた剣は許してくれないだろう。
くそっ……
歯噛みする俺に、ケンドが淡々と告げる。
「冒険者は七人でパーティーを組むのが常道だ。戦力としてたいして期待できないお前を入れたままじゃ、俺達が更に上に行く時の足かせになる」
冒険者パーティーは最大七人まで。
これは、伝説の英雄パーティーが七人だった事に由来する。
最初はただのゲン担ぎだったのだろうが、それが今では冒険者達にとっての不文律へと変わっていた。
「ケンド……」
足かせだなんて言葉……ケンドの口から聞きたくなかった。
盾役である彼は、パーティーで一番ダメージを受けやすいポジションにある。俺が最もポーションを使った相手と言っていいだろう。
彼はいつも俺に感謝の言葉をかけてくれていた。
でもそれは結局……ただのポーズだったって訳か。
「納得したか? さあ、その転移陣の上に乗れ」
そう言って、デールは中央の魔法陣を見やる。
「俺を……どうするつもりだ?」
「最下層に送る」
背筋に冷たいものが走った。
最下層に単独で送られる。それは俺の死を意味しているからだ。
こいつらは……俺を殺す気だ。
応援ありがとうございます!
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