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・誕生
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転生して間もなくは頭がふわふわとして何もわからなかった。
産まれたばかりの赤子の目は見えていないというのは本当のことで、誕生した俺の目に映ったのは、意味をなさない光の羅列だけだった。
偉い学者さんによると、最も原始的な感覚器官は嗅覚だという。嗅覚は記憶と結び付き、人に思い出を残すとされている。
母親の香りは赤子には甘く、父親を名乗る男は――やけに血生臭かった。
俺の父親は野獣か何かなのだろうか?
そう疑問に思いながらも、赤子に転生した俺は長く甘い眠りに身を任せた。
赤子の仕事はただ『吸って』『眠って』『ふんばる』だけ。
現れた暗い影から乳を吸い、要領の得ない歌を聴かされ、太い彼らの指を握り締めた。
それからしばらく――という表現が適切かわからないが、覚醒と睡眠を繰り返すうちに視覚と聴覚が明瞭になってきた。
そうするとこの世界、この家族のことがやっとわかってきた。
「おかえり、パパ! え、アル? アルなら寝てるわ!」
俺には5つ上の小さな姉がいる。
まだ5歳だというのに自己主張の強いおしゃまな子で、性格も含めて母親に似ている。
名前はシトリン。髪は明るいブロンド。母性が強いのか、俺の面倒を見ようとして母親を冷や冷やとさせる。
「よかった……。アルヴェイグ、あなたのパパが無事に帰ってきたわ」
母の名はマルサ。芯が強くしっかりとした女性だ。
娘と同じ色、同じ髪型のブロンドを腰まで伸ばして、屋敷どころか政務を取り仕切っている。月次に言って美人だ。
「ママッ、パパがきた!」
「ええ、聞こえているわ。オラフッ、寝室に入る前に鎧を脱いで服を払って!」
「あははっ、パパ怒られたー!」
いわゆるカカア天下というやつだった。
鼻息を粗くした姉さんが背伸びをしてベビーベッドの中をのぞき込んだ。
「僕のアルヴェイグは?」
そして俺の父は――
「目を覚ましているわ。……また血の臭いに顔をしかめられるんじゃないかしら」
鉄と血の臭いが染み着いた男だ。
「この子は僕の子です。慣れてもらう他にないですよ」
俺の父オラフ・イポスは返り血に染まった衣服の上に騎士鎧をまとう、戦いに生きる男だった。
「帰ってきましたよ、ヴェイグ。シトリンにいじめられませんでしたか?」
「私そんなことしないもんっ!」
「どうかな、ヴェイグはそうは思ってないかもしれないですよ?」
血染めの服とマントをまとう穏やかな男に俺は抱かれ、やさしく微笑まれた。
その返り血は武勇の証だ。倒した魔物の血がそれを赤く染めた。
髪はアッシュブロンド、身体は鍛え上げられた痩身。
そしてその地位は――
「さてオラフ王、こちらへ。妻ではなく摂政として、ご不在の間のお話がございます」
ここ、アリラテ王国の王だ。
王は妻に政務を任せて、王として最前線に立っていた。
「待って下さい、やっとこの子たちに会えたばかりじゃないですか!?」
「領民も同じ不満を抱えております。さあ、こちらへ、オラフ王」
「アルは私に任せて! 私が面倒見るから!」
「あなたもこっちよ、シトリン」
寝室から家族が立ち去った。
静かになると赤子はすぐに眠りにつき、果てのない覚醒と睡眠を繰り返した。
・
「もう1人くらい欲しかったです、男の子が……」
「ええ、そうね、オラフ……」
ある時、目を覚ますとそこは夜だった。
両親の声が暗闇の寝室に響いていた。
「この子も僕と同じ人生を歩むのでしょうか。アザゼリアに行って、僕たち家族のことを、忘れてしまうのでしょうか……」
それはどういう意味なのだろう。
しかしアザゼリアという単語は知っている。
意味はわからないが、それを口にするとき両親は酷く悲しそうな顔をする。
「オラフ、それはまだまだ先のことよ」
「この血が呪わしいです。どうして僕らは、アリラテ王国の男子に生まれてしまったのでしょう……」
「オラフ……」
両親はベビーベッドの傍らにいた。
母が俺を抱き上げて、夫に小さなその身体を抱かせた。
「僕はこの子を渡したくない……」
「それは私もよ」
父は震えていた。
母はそんな父をやさしく慰めた。
「12歳の若さで親元から引き離され、人質にされる者の気持ちがわかりますか? 領地で反乱が起きれば、自分の首が飛ぶ恐怖に震えながらこの子は育つのです……」
それがこの赤子の哀れな運命だと父は嘆いた。
「わかるわ……。だって、貴方自身もそうだったのだもの、私が知らないわけがないでしょう……?」
残念なことに俺は人質として差し出される予定の子だった。
まだ自分の足ですら立っていない俺には、他人事のようにしか感じられなかった。
「私たちにはシトリンがいるわ。それに12歳までは、私たちの隣にいてくれるのよ? それまで、この子をたくさん愛しましょう」
「そう簡単に割り切れないよ、僕は……」
「強い男に育てるのよ! 親元を離れても、人質の立場でも立派に立っていられるような、強い男子に育て上げましょう!」
俺、アルヴェイク・イポスは世継ぎの王子であり、いずれは強国に預けられる宿命の人質だった。
「それに私と出会ったのも、かつての貴方が人質として、アザゼリアの帝都で暮らしていたからでしょう? 人質といっても、悪いことばかりではないわ」
「ああ……君はあの頃からたくましかった」
「まあっ、失礼な人」
「この子にもいい出会いがあるといいな……。僕たちのような」
アリラテ王国はアザゼリア帝国の従属国だ。従属国は嫡子が12歳を迎えると、忠誠の証として嫡子を宗主国アザゼリアに差し出す義務がある。
俺は王子は王子でも、処刑と隣り合わせの人質王子だった。
産まれたばかりの赤子の目は見えていないというのは本当のことで、誕生した俺の目に映ったのは、意味をなさない光の羅列だけだった。
偉い学者さんによると、最も原始的な感覚器官は嗅覚だという。嗅覚は記憶と結び付き、人に思い出を残すとされている。
母親の香りは赤子には甘く、父親を名乗る男は――やけに血生臭かった。
俺の父親は野獣か何かなのだろうか?
そう疑問に思いながらも、赤子に転生した俺は長く甘い眠りに身を任せた。
赤子の仕事はただ『吸って』『眠って』『ふんばる』だけ。
現れた暗い影から乳を吸い、要領の得ない歌を聴かされ、太い彼らの指を握り締めた。
それからしばらく――という表現が適切かわからないが、覚醒と睡眠を繰り返すうちに視覚と聴覚が明瞭になってきた。
そうするとこの世界、この家族のことがやっとわかってきた。
「おかえり、パパ! え、アル? アルなら寝てるわ!」
俺には5つ上の小さな姉がいる。
まだ5歳だというのに自己主張の強いおしゃまな子で、性格も含めて母親に似ている。
名前はシトリン。髪は明るいブロンド。母性が強いのか、俺の面倒を見ようとして母親を冷や冷やとさせる。
「よかった……。アルヴェイグ、あなたのパパが無事に帰ってきたわ」
母の名はマルサ。芯が強くしっかりとした女性だ。
娘と同じ色、同じ髪型のブロンドを腰まで伸ばして、屋敷どころか政務を取り仕切っている。月次に言って美人だ。
「ママッ、パパがきた!」
「ええ、聞こえているわ。オラフッ、寝室に入る前に鎧を脱いで服を払って!」
「あははっ、パパ怒られたー!」
いわゆるカカア天下というやつだった。
鼻息を粗くした姉さんが背伸びをしてベビーベッドの中をのぞき込んだ。
「僕のアルヴェイグは?」
そして俺の父は――
「目を覚ましているわ。……また血の臭いに顔をしかめられるんじゃないかしら」
鉄と血の臭いが染み着いた男だ。
「この子は僕の子です。慣れてもらう他にないですよ」
俺の父オラフ・イポスは返り血に染まった衣服の上に騎士鎧をまとう、戦いに生きる男だった。
「帰ってきましたよ、ヴェイグ。シトリンにいじめられませんでしたか?」
「私そんなことしないもんっ!」
「どうかな、ヴェイグはそうは思ってないかもしれないですよ?」
血染めの服とマントをまとう穏やかな男に俺は抱かれ、やさしく微笑まれた。
その返り血は武勇の証だ。倒した魔物の血がそれを赤く染めた。
髪はアッシュブロンド、身体は鍛え上げられた痩身。
そしてその地位は――
「さてオラフ王、こちらへ。妻ではなく摂政として、ご不在の間のお話がございます」
ここ、アリラテ王国の王だ。
王は妻に政務を任せて、王として最前線に立っていた。
「待って下さい、やっとこの子たちに会えたばかりじゃないですか!?」
「領民も同じ不満を抱えております。さあ、こちらへ、オラフ王」
「アルは私に任せて! 私が面倒見るから!」
「あなたもこっちよ、シトリン」
寝室から家族が立ち去った。
静かになると赤子はすぐに眠りにつき、果てのない覚醒と睡眠を繰り返した。
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「もう1人くらい欲しかったです、男の子が……」
「ええ、そうね、オラフ……」
ある時、目を覚ますとそこは夜だった。
両親の声が暗闇の寝室に響いていた。
「この子も僕と同じ人生を歩むのでしょうか。アザゼリアに行って、僕たち家族のことを、忘れてしまうのでしょうか……」
それはどういう意味なのだろう。
しかしアザゼリアという単語は知っている。
意味はわからないが、それを口にするとき両親は酷く悲しそうな顔をする。
「オラフ、それはまだまだ先のことよ」
「この血が呪わしいです。どうして僕らは、アリラテ王国の男子に生まれてしまったのでしょう……」
「オラフ……」
両親はベビーベッドの傍らにいた。
母が俺を抱き上げて、夫に小さなその身体を抱かせた。
「僕はこの子を渡したくない……」
「それは私もよ」
父は震えていた。
母はそんな父をやさしく慰めた。
「12歳の若さで親元から引き離され、人質にされる者の気持ちがわかりますか? 領地で反乱が起きれば、自分の首が飛ぶ恐怖に震えながらこの子は育つのです……」
それがこの赤子の哀れな運命だと父は嘆いた。
「わかるわ……。だって、貴方自身もそうだったのだもの、私が知らないわけがないでしょう……?」
残念なことに俺は人質として差し出される予定の子だった。
まだ自分の足ですら立っていない俺には、他人事のようにしか感じられなかった。
「私たちにはシトリンがいるわ。それに12歳までは、私たちの隣にいてくれるのよ? それまで、この子をたくさん愛しましょう」
「そう簡単に割り切れないよ、僕は……」
「強い男に育てるのよ! 親元を離れても、人質の立場でも立派に立っていられるような、強い男子に育て上げましょう!」
俺、アルヴェイク・イポスは世継ぎの王子であり、いずれは強国に預けられる宿命の人質だった。
「それに私と出会ったのも、かつての貴方が人質として、アザゼリアの帝都で暮らしていたからでしょう? 人質といっても、悪いことばかりではないわ」
「ああ……君はあの頃からたくましかった」
「まあっ、失礼な人」
「この子にもいい出会いがあるといいな……。僕たちのような」
アリラテ王国はアザゼリア帝国の従属国だ。従属国は嫡子が12歳を迎えると、忠誠の証として嫡子を宗主国アザゼリアに差し出す義務がある。
俺は王子は王子でも、処刑と隣り合わせの人質王子だった。
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