知りたくもなかった。

カワウソ

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第三夜

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第三夜
その次に見つかったのは、スマホのメモアプリだった。
パスコードを入れたら、出てきたのは、スクロールが終わらないほどのテキスト。

“受け入れよう”とするたびに、心が裂ける
“自分が狭いだけ”って責めて、壊れて
“でも、やっぱり違うんじゃないか?”って怒って
その怒りを、見せられないまま、また笑う
それが、僕の毎日だった

彼は私を責めなかった。でも、自分を責め続けた。
怒りさえ、自分のせいだと思い込もうとしてた。
最初から優しかったんじゃない。
優しくなろうとして、壊れていったんだ。



彼は最後まで、私の名前を呼んでくれていた。
でも、私は彼の傷を見逃していた。

「…ゆうき」
今さら名前を口にしてみた。
呼びかけたところで、返事は来ない。

それでも、今も私は考えてしまう。
もし、あの日、誕生日を彼と過ごしていたら。
もし、「仕事休むよ」って言えていたら。

たぶん、今も彼は――

いや。
そんな“もし”は、いくらでも思いつく。
でも、彼はもういない。



彼の心を、私はまだすべてわかってはいない。
それでも、わからないままでいたかった、と思う日もある。
だって、“知る”ということは、もう戻れないということだから。

彼のスマホは、ロックが解除されたままだった。
メモアプリの隣に、もう一つ、見慣れないアプリがあった。
「日記帳」と書かれたそのアイコンをタップすると、シンプルな日付一覧が出てきた。
スクロールすると、数ヶ月前から、毎日、彼の言葉がそこに残っていた。



3月9日
今日は、彼女の仕事帰りにラーメンを食べた。
彼女は店で何があったかを話した。夜の世界の常識なんて知らないし、知りたくもない。あの女が気に食わないとか、あの客に触られたとか。
そんな話聞きたくない。
これ以上、知ったら壊れる。

3月25日
昼休みにスマホを開いたら、彼女が指名された客と撮った写真がSNSに上がってた。
偶然目にしただけだけど、何も言えなかった。いつもそうだ、楽しそう。
何も言えない自分が、いちばん情けなかった。



私は、あのときの自分を思い出す。
「営業だよ、仕方ないじゃん」
そう言って、彼の不安を軽く笑い飛ばしていた私。

それに加えて、私は言った。
「私の金で生活してるくせに文句つけないでくれる?」

彼だって必死でアルバイトしていた。それを尊重してるつもりだった。でも、明らかに見下していた。
ただ、向き合うことから逃げていた。
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