人生和歌集 -風ー(1)

多谷昇太

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海を渡る風

「よお…」

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辛酸の無一文の身経にくればこゆうつたへに動くものかは
※1.こゆ;此処から
※2.うつたへに;やたらに、強いて
※3.やっと入れたスイス。入国前ドイツ・フランクフルトで無一文となり近郊のタウヌス山で野宿などもしました。その折りに家族から仕送りを受けたこのお金…もはや失敗は許されない大切な金です。此処は外国異郷の地(日本国内でもそうですが)動けば、移動すれば交通費その他でやたらとお金を使ってしまいます。時は11月で表は寒い…ここはひとつじっくりと腰を据えて事を図らねばなりません。

ワンコイン入れれば香るコーヒーを飲みつつもとな案寧にゐる
※1.もとな;わけもなく、むやみに、しきりに。
※2.私は大のコーヒー好きです。煙草といい勝負。ホステラーたちが憩う一階のロビーにはコーヒーの自動販売機が置いてあって、(確か)80ラッペン(80円位)入れれば紙コップに煎れ出されたコーヒーが飲めました。ロビーではアラブ人、アメリカ・ヨーロッパ各国人、マレーシアを主としたアジア人の順で若者たちが談笑している。私は手巻きの安紙巻煙草のサムソンをくゆらせながら一種安寧の境地で彼らを眺めやっていました。安寧の理由は上の一首目「辛酸の無一文の身経にくれば…」後の今の身であるからです。

            【ホント…やすらぎのコーヒー】


「よお…」とばかり鷹揚に声掛くる人あり褐色のヤッケ纏ひし男
※販売機近くのテーブルでコーヒーを飲み煙草を吹かしていると、同じように紙コップコーヒーを手に持った男が私の前に立ちました。『日本人…?』と迷ううちにその日本語で気安く声を掛けて来た。見ればくすんだ赤茶色のヤッケを身に纏った、長髪の、いかにも旅慣れた風情の24、5才くらいの男です。「日本人やろ?」と男、関西人と知れる。Yes it isの旨を云い以後なぜか旧来の知己のように彼との会話に入っていった。名を松山(仮名)というのでした。

【彼を表現するような写真が見つかりません。取り敢えずこれを。本人は当然外人でもなければ、髭もなかったのですが、何と云うか、醸す雰囲気が似ていたので借用掲載。Engin Akyurtさんの作品です】

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