エッセイのプロムナード

多谷昇太

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「浪人・郡山京之介・女衒」感想文

勧善懲悪だけでは肯んじられない…

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 まず「追分であった」「怒涛を組む」などの語句は私には意味がよく取れず、辞書で調べてみてなるほどと合点するような塩梅でした。他にも「暮れ六つ」「勧進元」「人別長」などの名詞なども同様でそれぞれを調べた次第です。改めて著者の博識に感心しました。さて冒頭の、京之介がおきよとおたまに「おまえたちの持って生まれた本当の運に掛かっている」なるセリフは初見は冷たいように感じられましたが、読み進む内に「ハハア、どうやらこの辺りに著者の表したい主題がありそうだ」と思うに至りました。小娘二人の世話などどうにでもなるだろうにと思っていたのがそうではなく、往時の社会が蟻の子一匹漏らさぬ一種雁字搦めのそれであることを知らしめ、僅かにそれを突き崩せるのが人の器量次第のこと…あたりが主題なのではありませんか?謂わばこの国の慣習や法度なるものがどうにもし難い桎梏としてまずあり(そこには身分など人の運命も含まれる)、しかしその中にあっても人としての本懐は遂げて見せる…あたりでしょうか。
 さて勧進元なるヤクザによる慣習(興行のことです)がネットで調べてみますと現代に於ても未だ立派に生きていることが判りました。中央の芸能界はともかく、地方公演などではすべて地元のヤクザが取り仕切っているそうです。しかし昔と違うのは明治以来の人権と人間一個人の自由という概念が、今は対峙するように存在しているということです。またこちらは抗うようですがそのヤクザなるものが御小説の綱五郎親分のように人情に脆い人格家ばかりとは限りません、実態はむしろ自己本位で欲得尽くしの、謂わばこの女衒のような存在ではないかと、私にはそう思われます。かつてのテレビドラマ「隠密剣士」とは似ても似つかぬ、粗捜しばかりの隠密の密告によって京之介の藩が改役に会ったとあるがごとき、汚くて世知辛いものでしょう。これら人別長に表れた幕府による雁字搦めと、結果的に恰もそれを庶民レベルで補佐するようなヤクザたち…というのが往時の実態だったのではないでしょうか(恐らく今も)?そのような社会に生きていた庶民たちの辛さを打ち払うような、京之介たちの活躍…という意味では確かに胸のすく思いが致しました。テレビドラマの水戸黄門や必殺仕掛人などと違うのは往時の法度や社会規範の有り様をよく捉え、その桎梏の中にあっても“人を生かそう″とするその主題がいいのだと思います。単なる勧善懲悪であっては著者の器量が肯んじ得ないところでしょう。

〔付〕なお以前にも述べましたがこの小説に限らず氏の作品はどれも皆、一度読み始めたら中途するのが困難なほどにも面白い、ということは今回も申し添えておきます。既にプロのエンターティナー作家でないことが納得の行かないところではあります。
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