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11.乗り込もう

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(さぁリリア!勇気を出すのよ!)

ここは中央棟から西棟に続く渡り廊下で、私は廊下の隅でビクビクしながら西棟の入り口を見つめている。

何故私がここにいるのか、、、
ソニア様と別れた後に、エリー様のことが心配になり様子を見に来たのだ。

もし本当に殿下に直訴しに行ってたら……
私のせいで不敬罪になってしまったら……

(あ~もう、何で余計なこと言っちゃったのかしら。)

正直エリー様の事は好きになれない。
いや、むしろ嫌いだ。
それでもやっぱり心配になる。
いや、まぁ、私のせいでもある訳なんですが…。

それに気になることもある。
ゲームのストーリーが変わっていることだ。
『ヴァネッサ様の噂』や『攻略対象者に会えない』など、おかしなことが起きている。
入学式の確定イベントを発生させなかったからだろうか?イベントが発生しないままでは逆ハーができない。それは大問題だ。

今までは西棟に行く勇気が無かった。東棟の生徒が西棟に行けば目立ってしまうし、上級貴族に目を付けられるのは怖い。せめて攻略対象者の好感度を上げてからと思ったのだが、イベントが発生しないなら、もう大胆な行動にでるしかない。

(そうよ、私はヒロインなんだから。私が主役の乙女ゲームなのよ。不敬なんて怖くないんだから…。)

もしエリー様が殿下に会いに行ってるのなら、エリー様をお止めしつつ、殿下に会ってイベントを発生させるのだ。もうこれしかない!

(さぁリリア!勇気を出すのよ!私に足りないのは不敬を恐れない心だわ。)

殿下に会って乙女ゲームを正常な状態に戻す!
大丈夫!私はヒロイン!私なら出来る!と意気込んで西棟に入っていったのだが、、

(なんで、こんなに広いのよーー!)

西棟に入ったはいいが、殿下がどこにいるか分からない。そして驚くほどに西棟は広かった。

(何でなの?何でこんなに広いの?東棟と大違いじゃない。殿下は?エリー様は?もうやだ…帰りたい。)

ゲームでは『殿下に会いに行く』を選択すれば、そのまま画面が殿下の私室に切り替わる。
でも現実ではそうもいかない。自分で探すしかないのだ。とりあえず『偉い人は高い所にいる』という謎理論で、階段を上がっていくのだが、何故か人気が無くなり、今は一人で薄暗い廊下を歩いている。

(だ、大丈夫よ。私はヒロイン…。ヒロインなんだから。絶対大丈夫なんだから…)

自分を励ましながら殿下の私室を探していると、後ろから肩をグッと掴まれ無理矢理引っ張られた。
私は引っ張られた反動で後ろを振り向くと、見たことのない男子生徒がニヤニヤしながら私を見下ろしている。

「お前リリア・マイヤーズだろう?」

男はそう言うと私の全身を舐める様に見てくる。男の不躾な視線に嫌悪感が込み上げ、肩に触れている男の手の気味悪さに肌が粟立つ。

(な、、なに?だ、だれ?)

「なぁ、ちょっとこっち来てよ。」

男は私を無理矢理引きずり明かりの消えている部屋に連れ込もうとする。私は助けを呼びたいが、あまりの恐怖で声がでてこない。

(い、いやぁ、、だ、誰か助けて…)

「そこで何をしている!」

恐怖に震えていると突き刺すような鋭い声が響き、誰かが男と私の間に体を滑り込ませた。

「(あぁこの声……。)…ア、アルフレッド様。」

アルフレッド様は私を庇う様に男の前に立ち塞がり、その背中からは炎のような激しい怒りを感じる。

「あ、貴方は…何でこんな所に…」

「そんな事は貴様には関係ない。彼女に何をした!」

「い、いえ…俺は別に何も…」

「『何も』だと。では何故彼女はこんなにも怯えているのだ!」

(い、いけない!)

私は咄嗟にアルフレッド様の右手を掴んだ。
そうしなければ、アルフレッド様が男に掴みかかるのではと思ったからだ。
アルフレッド様は一瞬ビクッと体を強張らせ、チラリと後ろに目線を向けて私の様子を伺う。そしてまた目の前の男に視線を戻した。

「……貴様のことは学園に報告する。二度と彼女に近づくな。近づけば俺を敵に回すと思え。」

アルフレッド様の怒りを露わにした声に怖気付いたのか、男は慌てふためくように逃げ去っていった。

「リリア嬢……大丈夫か?」

アルフレッド様はゆっくりと労わるように声をかけながら、気遣わしげに私を覗き込む。
その目を見つめていると体の震えが少しずつ溶け始めた。

「だ、大丈夫です。助けて頂きましてありがとうございます。」

私は心配をかけてはいけないと、ぎこちなく微笑みながらお礼を告げて、掴んだままだった手を離そうとする。
するとアルフレッド様が離そうとした私の手を、優しく包み込むように握ってくれた。
その仕草が『もう大丈夫』と告げているようで、安心感から涙が込み上げてくる。

(い、いけない。泣いては駄目。困らせてしまうわ。)

アルフレッド様の掌の暖かさや瞳の優しさに縋ってしまいそうになる自分を必死に堪える。

「あの、アルフレッド様はどうしてこちらに?」

「あぁ君に話したいことがあったのだが……いや、今日はよそう。学生寮まで送ろう。」

私はその申し出を有り難く受け取った。
一刻も早くこの場所から離れたかったし、先程の事を思うと一人でいるのは恐ろしい。
彼に付き添われながら学生寮の前まで送ってもらい、また明日話をしようと約束して別れた。
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