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航悠編
27、疑惑
状況が少し落ち着き、暁の鷹は延ばしに延ばしていた陽帝宮からの依頼への返答を、ようやく返した。
書いたのは、諾。組織の仲間たちも依頼を受けることに賛同してくれた。危険な仕事だが、やはり対価は魅力的だ。
すると数日後に、詳しい打ち合わせをしたいので陽帝宮で行われる会合に出席してほしいとの返答が来た。
「これってあれだろ? 禁軍とかお偉いさん方が一堂に会するやつだろ? そんなところにノコノコ顔出していいとは、皇帝さんも太っ腹だな」
「打ち合わせぐらいしておかないと、どこを探るのかも誰に情報を届けるのかも分からないだろ。仕事内容がかぶっても無駄だし」
「堅っ苦しいとこは苦手なんだよなー。二日間か……さっさと終わればいいけど」
そして当日。ひたすら面倒くさそうな航悠の尻を叩き、二人は連れ立って陽帝宮へと向かった。
異国の踊り子として、そして女官として潜入したときには目立たぬようにくぐった城門を、今度は堂々と通っていく。
どこか緊張した面持ちの武官に広間に案内されると、すでに会合は始まっていた。
武官でもない雪華たちの登場に、周囲がかすかにざわめく。すると玉座に腰かけた龍昇が、片手をすっとかざした。
「静粛に。――ちょうど良かった。彼らは、今回の開戦に当たり情報面で協力をしてもらう組織の人間だ。……航悠殿、頼む」
「どうも。お邪魔してすいませんね」
「知っている者も多いかもしれないが、彼らの組織は諜報活動にかけて禁軍に負けず劣らずの働きを見せている。そこで諸官と相談の上、協力を要請した」
通りの良い声が響き、武官たちに沈黙が落ちる。彼らは困惑した顔で雪華や航悠に視線を向けていたが、ある一人が立ち上がった。
「おそれながら、主上。その者たちは本当に信用できるのでしょうか? 突然軍に協力すると言われましても――」
「拙者も同感です。そのようにヘラヘラとした男と、まして女人を戦場に向かわせるなど――」
最初の声を皮切りに、あちこちで反対の声が上がった。
……まあ、そうだろうとは思う。隣の航悠も大して驚きもせず、腕など組んでいる。
やがてひとしきり抗議の声が静まったところで、航悠がのんびりと口を開いた。
「別に俺らの命守れとか責任持てとか言うつもりはねーよ。いつもあんたらが、下請けで庶民に色々仕事やらせんだろ。それと一緒だ。俺らは貰えるもんさえ貰えりゃあ、きっちりその分の仕事はする。手抜きはしない。お上の仕事と違って、信用第一でここまで来たんでね」
「なっ……! 無礼な――。口を慎め!」
航悠の言い草に、先ほど抗議した武官の一人が声を上げた。その方向を見て、航悠は首を傾げる。
「……うん? あんたの顔、どっかで見たことあんな。……ああそうだ、いつだかうちに依頼してたおっさんか。俺は遠目で見ただけだけど」
「なっ……」
「他にも何人も、見たことある奴がいるな。いやー、うちって信頼されてんだなぁ。これなら仕事ぶりも納得って感じじゃねぇか?」
航悠の太い笑みに、そこかしこでギクリとした顔が生まれた。見ると、雪華にもどうにも記憶がない輩までビクビクしている。
(ハッタリに引っかかるなよ……。痛くもない腹を探るのが、常套手段なんだから)
違う意味で静まり返った広間を、航悠は満足げな顔で見渡した。対照的に少々呆れた顔をした龍昇が冷静に口を開く。
「それで、そなた達は対価に何を望む。できればここで承認を取りたいのだが、いくらほど――」
「金は、相場の値段でいい。それより――」
航悠がちらりと視線を向ける。雪華は一つうなずき、龍昇をまっすぐに見上げた。
「戸籍と住む土地を、所望したく存じます」
「……戸籍?」
「はい」
雪華の言葉に龍昇は小さく目を見開いた。雪華は彼の目を見つめながら続ける。
「私たちの組織には、やむにやまれぬ事情で名を変えたり、生まれついた土地から出ざるを得なかった者たちが大勢おります。彼らは土地を持って定住することができず、いつまでもさすらうことを余儀なくされている。……その者たちに、安寧を与えてほしいのです。良い土地が欲しいとか、無理を申すつもりはありません。ただ少しばかり、超法規的に……陛下のお力をお借りしとうございます」
「なっ……! それは主上に、犯罪の片棒を担げと言うことか!?」
ある武官から、非難の声が上がった。雪華は微笑むとさもおかしそうに首を傾げる。
「犯罪などと……。私の仲間たちが疑わしいのならば、猶予期間を設けても構いません。彼らはただ善良に、ごく当たり前の生活を送りたいだけのこと。そもそも我らの力がなくば、そちらで考えておられる戦略は遂行できないと思われますが……?」
極上の笑みを武官に向けてやると、彼は喉に物が詰まったような顔で押し黙った。
(……悪いな。あんたの言っていることは正論だが、こちらも引くわけにはいかないんだ)
「……戸籍を悪用することがないと、誓えるか」
「誓えます。ご恩情を頂いた暁には、必ずや我々の力、この斎と陛下のために捧げると約束しましょう」
龍昇の確認にしっかりと頷くと、彼は一つ溜息をついて宰相に目配せをした。
「……分かった。早急にその者たちの名簿を提出するように。身元確認のため本名も記してくれ。他言はさせないと誓う」
「かしこまりました。……ありがたきお言葉に、感謝いたします」
それからは、実際の戦略についての詳しい議論が始まった。
自分たちに関係ある箇所だけしっかりと聞いて、あとは耳から流す。それでも座っているのが苦痛になってきた頃、ようやく会合はお開きとなった。
会合の途中、ちらちらとこちらを窺う視線を感じたが雪華はそれらすべてを無視した。
この中には、皇女時代の自分を知っている武官もいることだろう。だが、あえて名乗るつもりはなかった。
自分は李雪華。それ以上でもそれ以下でもない。
「――お。雪華、ちょっと待っててくれ。知り合いがいた」
「ああ」
顔見知りを見つけたらしい航悠が、数人の男と広間の隅へと消えていった。先に出ていようかと歩き出すと、突然くい、と袖を引かれる。
「すみません、少しお話が――」
「……?」
袖を引いてきたのは中年の武官だった。敵意は感じなかったとはいえ、警戒を目に浮かべると男は丁寧に雪華へ頭を下げる。
嫌な予感がして、人気のない回廊へと移動した。
「突然、失礼いたします。私は西峨の軍を率いている者なのですが」
「……はぁ」
「かつては朱朝で衛士を務めておりました。ご幼少のみぎりの皇女殿下を間近で警固したこともございます。……私の目に狂いがなければ朱香紗様とお見受けいたしますが、違いますでしょうか」
「…………」
――やはり、いたか。確信を持って告げてきた武官に、雪華は冷えた視線を送る。
「もし、そうだとしたら? 武官たちの前に突き出すか? それとも皇帝の前で膝をつかせるか」
「いえ、そのようなことは……。まさかと思い目を疑いましたが、なぜあなた様がここにいるかに関しては伺わないことにいたします。斎国を守る兵として、このような時に波風は立てたくない」
そう言って武官は静かに首を振った。その瞳に浮かぶ理性的な色に少々安堵しつつも、雪華は警戒心を緩めない。
「……賢明な判断だな。こちらとしても、先ほど以上の要求を出すつもりはない。もし、事を荒立てるようなことがあれば――」
「そのようなことはいたしません。あなた様にも、事情がおありかと思いますし」
重ねて首を振った男に雪華は内心でほっと息をついた。……とりあえず、馬鹿ではないようだ。
確認することが目的だったのかと広間へ戻ろうとすると、武官が静かに引き止めてくる。
「お待ちください。……一つ、お伝えしたいことがあるのです」
「……なんだ」
「あなた様が先ほど伴われていた男性……尚航悠殿、と言われましたか。彼のことで、少し」
「……?」
周囲を確認し、武官が声をひそめた。その態度に雪華は怪訝に眉を寄せる。
「実は……先の戦で、胡黒耀陣営の傭兵を取りまとめていた男に似ているのです。数多の朱朝の兵を殺した、恐ろしく腕の立つ男に。……おそらく間違いない」
「……っ」
「あなた様がそれをご存知の上で彼と共にいるなら良いのですが……一応、ご参考までに。お時間を取らせてすみませんでした」
そう言って、また丁寧に礼をして武官は去っていった。取り残された雪華は、その背中を呆然と見つめる。
(……航悠が? 敵方の兵をまとめていた……?)
そんなの知らない。初耳だ。だとしたら――航悠は、自分たちの敵だったのか?
「お待たせ。……どうした?」
「あ……。いや、早かったな」
明かされた事実にぽかんと広間を眺め続けていると、突然肩を叩かれて飛び上がった。
振り返ると、いつもと変わらぬ相棒の姿。雪華は慌てて表情を取り繕い、彼と肩を並べて歩きはじめる。
「早く帰ろう。明日も忙しいからな」
航悠の背を押すと、顔の広い相棒はあちこちの武官や文官に声をかけながら先を行く。
その背に向かって声を掛けかけて、雪華はぎりっと唇を噛み締めた。
(敵だったかなんて、そんなの――聞けるわけ、ないだろ……)
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