だから人間が好き

韋虹姫 響華

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第一章 〜想いに隠していた事実〜

想いを隠していたのは...

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 雨が降りそうな黒い雲が空を覆う。湿気がひと際強くなっているアスファルトの上を、吾輩は駆け出して侑平と瀬奈を探していた。そして、見つけた吾輩はそっと木陰に隠れて様子を見ることにした。
 話し始めたところに吾輩が出ていったも、事態を混乱させかねない。それに単なる殺人事件絡みであれば、ご主人の出番ではないだろう。それも依頼が来てやっているものでもない以上は、この先の判断はご主人に委ねるしかないだろう。今出来ることは、胸に過ぎる疑念が確信に変わるかどうかを見守るのみだ。

「えっ……」
「だから、俺はこれから自首しに行ってくるよ。今まで……騙していて、悪かった……。瀬奈、君に飲ませていた睡眠導入剤も普通のものではない。本当は君を殺そうとして服用させていたものなんだ」

 どうやらすべてを話したらしい。
 困惑しているのか、唖然としている瀬奈を見つめる。そっと近付いて来る瀬奈が侑平に抱きつく。

「ユウくん、好き───」

 涙を浮かべながら、男の胸に顔を埋める。実の兄を殺したのが兄とコンビを組んでいた親友で、交際関係にまで発展していた心の支えだったのだ。今更、復讐心なんか湧き上がって来ない。あれはそういう光景だろうか?いいや、吾輩の脳裏にはの続きが再生される。


『そう、必ずしも殺した側が幕引きを担っているとは限らないのさ』


 抱きしめ合う二人を中心に静寂が広がっている。それを掻き消すかのような大雨が降り始め、すっと瀬奈の方が後ろに足を進める。やはりそうだったか。

「ど、どう……して?」
「うふふ……っ、ふふふふっ、あはははは……ハーハッハッハッハッ!!ねぇこれ、何か分かる?」

 侑平から離れた彼女の手には、鮮血を纏ったナイフが握られていた。雨に流れて赤い色の液体が流されていくなか、それを崩れ落ちゆく交際者に向けられる。
 膝をつき腹部を押さえながら、血色の悪くなっている顔を彼女へ向けるが程なくしてその場に横たわった。答えを言ってくれない彼に向けてナイフを見せるように構え、口角を歪ませて見下ろす。それどころか、血走っている眼光を浴びせて狂ったように声を上ずらせて口を開いた。

「なぁ~んで言ってくれないのぉ?これぇ、お兄ちゃんを刺したナイフだよぉ」
「くっ……、はぁ……っ」
「ユウくんのお父さんが警察の偉い人で事件を揉み消したのは知らなかったけど、凶器は出てこなかったのは知っていたの。だって、あたしがずっと持っていたから」

 その言葉が発せられたところで、吾輩の背後から声が聞こえてきた。「間に合わなかったの……」と、ご主人の小さな声を聞いている吾輩の身体浮き上がる。

「辛かったぁ?そうだよね、お互いに知らぬ存ぜぬを演じるのは辛かったよねぇ?でもね、あたしは嬉しいよ。ユウくんが正直に罪を認めてくれたことが、それも告白してくれるなんて夢のよう」

 もう数分もすれば、命を落としてしまうであろう侑平に対して語るのを辞めない瀬奈。

 吾輩もご主人も、今回の事件を瀬奈が知っていることは予想出来ていた。おそらくは、うちの所長さんでもここまでしか推理は出来ないだろう。問題が一つある。
 何故兄を殺した犯人が侑平であることを、知りながらも交際を続けていたのか。侑平の父親が警察であることは知っていても、権力のある立場で事件を揉み消していたことを知らなかったと言うのなら、真犯人を知って騒ぎ立てることも出来ただろう。
 現に今、目の前で復讐を果たしている。それも自分の兄を殺したナイフを使って、同じように腹部を一刺しして出血多量による死を迎えさせようとしている。

「考えたの……。あたしね、兄を殺したやつは絶対に許せない。この手で殺してやるって決めていたの。でもね、それだけだと殺してしまった復讐相手に苦痛を与えられないじゃない?だから────」

 力無く横たわる侑平の前まで歩き、しゃがむと冷たくなり始めている彼の手を拾い上げる。そして、そっと自分の身体の方へ引き寄せ始めた。
 微かだが、侑平の瞳孔が揺れ動くのを吾輩は見た。同時に彼女の復讐、その方法の残酷さを察してしまった。答えは吾輩が口にするまでもない。

「ユウくんに紹介して貰った睡眠のお薬、ちゃんと飲んでいたのはね……この子の為なんだよ?だってユウくん、殺すはずのあたしのこと謝りながら抱いてくれたの覚えてるもん、あたし。アハッ、アハハハハハッ♪」
「そ、そんな……」
「これがあたしなりの復讐だよ♪だからユウくんは安心してあの世で、お兄ちゃんと夢の続きについて話し合ってね♪」

 瀬奈は侑平との間に子を授かっていたようだ。
 彼女の復讐とは、殺したいほど憎かった犯人が愛し合ってしまった人間であったことから、その根は深いものになっていたのだろう。

 程なくして侑平は事切れ、そこに瀬奈の姿はなかった。数時間後、瀬奈本人の通報にて警察が駆け付け侑平の死亡が確認された。しかし、ご主人は自分の決めたルールからは逸脱しない。警察や法だけで裁けるものは、人間達の中でのルールに沿って定めるものである。
 もちろん、吾輩もそれには賛成だ。人間様の考えた規則に猫が深入りするなんて、それこそ今回の歪んだ想いを抱いて生きてきた人間と変わらない末路を辿りかねない。

 今も彼女はどこかで、お腹の中にいる復讐の対象者を大事に育てているのだろうか。それとも警察に反抗の手口がバレて、逮捕されることになるのだろうか?まぁ、猫の吾輩が気にしても仕方のないことだ。

「ファシィ、お散歩……行くよ?───ん?これ……」

 そっと手に取った新聞を、ご主人はまじまじと見ていたので吾輩も脇から覗く事にする。
 まぁ、そうだろうな。今の御時世であんな雑な殺しをして捕まらないほど、人間社会はやさしいものではないことくらいは吾輩でも分かる。それでも苦しいことに、彼女の復讐は法では止めることが出来ないものとして形に残っていることだ。
 残酷な現実を思い知る結末となったというのに、ご主人は普段の性格も相まって落胆しているのかも分からない。新聞を無言でもとあった場所に戻し、玄関へ向かい靴を履くご主人に今日も吾輩はついて行くだけなのであった。
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