だから人間が好き

韋虹姫 響華

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第四章 〜足りない時間〜

足りない時間②

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「はぁ……はぁ……、やっぱり……ここに居た……」
「あ、……お姉さん……。どうして、ここに?」

 辿り着いた並木道の大木の下に、少年は座っていた。
 自分に残された時間では、この僅かな余命ちからではもう依頼は叶わないと思い、少年は病室を抜け出した。
 家族に頼めば、連れて来て貰えたであろう。彼の家族は残り僅かの余命である我が子に、なんでも買い与え要望を叶え続けてくれた。そんな至れり尽くせりでも、この青い思いを抱く少年にはすがれないものであった。
 何一つ、自分の力だけで勝ち取ったことのない少年にとっては、彼女への想いこそ誰の力でもない自分の手で伝えたかった。

 けれど、体は言うことをきくというのに若さ故の恥じらいが、彼にストッパーをかけていた。
 もうそう長くは生きられないことなんて、彼が寝静まったと思って両親が吐露していたことを聞いて知っていた。ずっとこの生命が尽きようとしていることに怯えながら、想いを伝えたいと機会を伺っていた。

「看護婦さんから、聞いちゃったの……。あなた、ここに好きな人と来たいって言ってた……そうでしょう?」

 その隣には、今週がとうげになるだろうと余命宣告を受けている女性が座る。
 彼女もまた、不幸な事故のせいでしばらく外に出ていなかった。病室に装置で繋がれていないと、生きていくことも難しいから外出なんて出来るはずもない。
 つまり、この行動は結果的に自らの寿命を縮めたことになる。何の悲劇だろう、二人の共通点は嘘みたいに発作や過呼吸といった症状を表に出さない、特殊な病であったことである。

 女性は少年の手を取る。少し耳を澄ますだけで、煩い車が行き交う音や街からの賑わいの音が聞こえてくる。

「ねぇ、わたしのこと……好き?」
「……うん。想いを伝えたいと、ずっと思ってた」
「そうなんだ、嬉しい。こんな身寄りもない女を……好きになってくれるなんて」

 女性には分からなかった。
 彼が惹かれた理由を、それが彼が生きているうちに経験できた、最初で最後の感覚であったことを。
 誰からも、当たり前のように与えられて生きてきた少年。しかし、それはあくまでも自分が行動したことではなかった。それ故に達成感のない日常であったのに、少年は欲しかった飲み物一つ手が届かないという理由で、手にすることが出来なかった。

「えぇ?それで好きになったの?ふふふっ、可笑しいの」
「可笑しくなんてないよ。お金で買えるものは、ずっと母さんと父さんにもらってたから、自販機で自分1人で買うなんて初めてだったんだ。もうすぐ死んじゃうって、実感はなかったけど自分の力で何かやってみたいって思った」
「その第1歩が自販機?」

 それも変かと問うと、女性は首を横に振った。
 むしろとても素敵なことだと、褒めながら頭の上に手を置いて撫でた。

「なんだが、眠くなって来たわ。体も重いし、ぼーっとする」
「そうだね。一緒にこのまま寝よっか……」
「うん。約束して欲しいこと、一つだけあるんだけど……いいかな?」

 大木の下で二人横になり、目を閉じながらお互いの頬に触れ合う。
 そして、女性の胸に顔をうずめる少年は「何?」と聞き返す。最後に夢が叶った少年は、今度は女性の要望を聞くつもりで耳を澄ます。


 ㅤㅤㅤㅤㅤ── 向こうでも、わたしのこと好きになってくれる? ──


 少年は静かに頷いて、動きを止めた。程なくして、女性もその活動を停止させる。静かに風が寂しさを連れ去って行った。
 その光景を見届ける、一匹の猫と黒いフードの少女。救急車が駆け付けたのは、それから約一時間のことであった。少年と女性は同じ病院に運ばれ、同じ日に火葬されることとなった。


 □■□■□■□■□


 数日後。
 葬儀は無事に終わったことを、依頼人の両親から連絡が届いた。吾輩も後味の悪い話であったと、ご主人の隣に座り静かにしていた。

「依頼報酬、流石に受け取れないわね」

 寄凪よりなも意気消沈して、自席に座って残務処理に取り掛かっていた。
 すると、事務所の扉が開いた。この場のムードを弁えてくれない声で、我らが所長さんが入ってきた。

「いやいや、お疲れ様だったね諸君。依頼人は先立たれてしまったが、依頼は叶えた。報酬もこのとおり、たった今ご家族からいただいてきた」

 おいおい、ちょっとは空気を読んでくれ。
 吾輩もそうだが、この依頼に関わったレディースはブルーな気持ちなんだぜ。少しは労いの言葉くらいあっても、

「なぁに、暗い顔はするなフォッシーよ。この報酬はご家族が直接希望して支払ったものだ。『お金では決して叶えられないもの』を、息子さんに届けてくれたほんの気持ちだとね」
「「「────っ!!??」」」

 そうだったのか。
 そもそもこの依頼をしてきた時から、家族は知っていたのか。所長さんはこれまでの経緯いきさつを語る。
 病院へ精密検査をして以来、度々一人でその病院へ出向いていることを知っていた両親は、おそらくそこで出会った誰かに少年が恋をしたのだと気付いた。
 しかし、他人の心を金で買うなんてことは出来ない。ましてや、入院している人間ともなれば手術の必要性や、病状の深刻さによっては助からない生命であるかもしれない。
 ただでさえ、自分達の子どもがもう助からない生命であることを知っているからこそ、関与することが難しくなっていた。

「そこで息子さんのやりたいようにやらせたいと、両親から依頼を受けていた。あ、私宛ての個人依頼だったのでリストには書いていない。寄凪君、そこはすまなかったと謝っておこう」

 どこまでの秘密の多い所長さんだ。

「また、改めて言っておこうと思うが、君達は大切なことを忘れている。ここは奇術屋ーバンジー、ただの探偵事務所ではない。云わば【何でも屋】に近い事務所さ。今回のような依頼があったとしても、引き受けた以上は最後まで見届けて進み続ける義務……いや、使命が我々にはある」

 確かに。
 吾輩が来る前から、ご主人も寄凪も今まで幾度となく、こういう経験をしてきたのだ。時には自分にも危険が降りかかる、そんな依頼だって日常的に扱っている。
 これまでもこれからも、ご主人達には見届ける使命があるということか。吾輩がこうして、ご主人達の仕事に関わったのは珍しい。それだけのことだったのか。
 寄凪は自分の顔を両手で叩いて、頭を振って所長さんの方を見た。ご主人も椅子からすっと立ち、所長の方を見て頷いた。

「分かっているわ……。ちょっと、感情移入……し過ぎた……」
「非日常的なことが多すぎて、今更一つのことに精神すり減らしている訳にはいかないですから!!ささ、アタシのお仕事っと……」

 そうだ。これがこの事務所の日常だ。
 例え、どれだけ辛い事があっても、まだこの街には困っている人達がいる。目の前の誘惑に負け、人の道を外れるものだっている。それを助けるのが、ご主人達───奇術師なのである。
 さて、吾輩もいつもの散歩にでも繰り出すとしよう。

「そうだ所長。これ、今月の所長が使った交際費です。アタシ達の知らないところで使い過ぎですよ?」
「む?ああ、それはだな。フォッシーが依頼に首を突っ込んでいたであろう?そのおかげで、現場には猫の毛が沢山でな?掃除の業者を手配していたんだ」
「あの……バレバレな嘘はつかないで貰えます?アタシ、ここの経理何年目だと思ってるんですか?」

 おっ?また所長さん使い過ぎたらしい。
 まぁ、吾輩には関係ないのだが───、

「あと怜美鵺?アナタもファシィの健康診断が思いのほか高かったから、来月のチュールは経費で買えるのは半分だから!!」

 ひぇー、そんなぁぁぁ。
 寄凪の鬼、悪魔!吾輩のチュールが制限されるなんて、死活問題過ぎる。

 もう二度と健康診断なんて、行ってたまるか。吾輩の明日よ、どうかチュールを与えておくれ。そう祈りながら、吾輩は今日も街をかける。
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