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おっさん、ジョブチェンジする。
しおりを挟む晴信は無事に下男としてエスクラ公爵家で働くこととなった。年下の先輩に扱かれながら仕事をこなしていく。
ローゼと会ったのは執事に紹介されたときが最後だ。
働き始めてわかったことだが、タウンハウスには現在エスクラ公爵家の人間はローゼしかいないらしい。両親や兄は社交シーズン以外は領地で過ごしているそうだ。
なぜローゼがひとりでここに暮らしているかというと、通っているアカデミーが王都にあるからにほかならない。
王立アカデミーは12歳から19歳までの子どもが、より優れた学問を学ぶための場所だ。卒業生は国の重要なポストに就いている者が多い。そのため、生徒は自然と貴族の子女ばかりになる。幼い頃から家庭教師を雇い勉学に勤しむ経済的余裕があるからだろう。
そのアカデミーがまさに、18禁乙女ゲームの舞台であった。
ローゼは最終学年だ。
今は長期休暇中のようで、毎日部屋にこもっている。大方、あの『悪魔召喚の書』を読み込んでいるのだろう。
なぜ晴信が召喚されたのか理由は不明だが、次もそんなことが起きるとは考えにくい。今度こそゲームのシナリオどおり本物の悪魔が召喚され、ローゼが黒魔法に手を染めてしまうかもしれなかった。
どうにかしてシナリオを変えることはできないだろうか。
ゲームのシナリオだから仕方がないとはいえ、婚約者を平民の女の子に奪われたのは同情に値する。
じゅうぶんに傷ついている彼女が、晒し者になりながら処刑されるなどあってはならない。
ちなみに晴信は妹の熱い感想の捌け口になっていただけで、実際にゲームをプレイしたことはなかった。ただ二周目プレイを横で見守りながら解説を聞くという苦行を課されたため、内容に詳しくなってしまったのだ。
妹ほど思い入れはないはずなのに、どうしてこんなにもローゼのことを気にかけてしまうのか。
きっと、召喚されたあのときに見たローゼの泣き顔が、脳裏に焼きついて離れてくれないからだろう。
「ハァ……没落する公爵家からはさっさとおさらばすべきなのにねぇ」
ゲームのシナリオでは、娘が黒魔法に手を出したことで一族全員が処刑された。黒魔法はそれだけ忌み嫌われているのだ。
その流れだけはなんとしても阻止しなければならない。
だが、下男として雇われたのは失敗だったかもしれない。
ローゼの動向がつかめないのだ。このままでは愚行を止めることなど不可能だ。
そんなこんなで働き始めて二週間が経った頃。
毎朝の日課である仕入れ食料の荷下ろしをしていると、邸宅の玄関前の馬車回しに馬車が停まっていることに気がついた。
どう見ても商人の荷馬車ではない。来客の予定もなかったはずだ。
その馬車には、エスクラ公爵家の家門が刻まれていた。
御者が帽子を胸のあたりで持ち佇んでいる。誰かを待っている様子だ。
嫌な予感がしてじーっと見ていると、アカデミーの制服を着たローゼが邸宅から出てきた。ゲームで馴染みがあるため、晴信にとって最も見慣れた姿だ。
どうやら長期休暇が明けたらしい。
ウェーブした豊かな金髪を風に靡かせながら階段を下ってくる。さすが公爵令嬢というだけあって、すべての所作が美しい。隙など一切ない。
泣き顔の印象が強かったせいで、彼女の本来のイメージを忘れていたことに気づかされる。
美しい顔立ちからも気品が溢れ、吊り上がった赤い瞳と眉は、見る者に勝ち気な印象を抱かせた。とても悪役令嬢らしいキャラクターデザインだ。
膝下丈のワンピースタイプの制服を見事に着こなしている。大きな胸でもすらっとして見えるのは、立体的に縫製されているからだろう。さすが王立アカデミーと言うべきか、制服の縫製技術が素晴らしい。制服一着でいくらするのか、知りたいような知りたくないような気持ちになる。
それをローゼが着ると、制服すらも一流ブティックのドレスに見えた。
「うわぁ……アカデミーに行くのか」
晴信は「よし!」と意気込んで、荷下ろしの仕事を放りだした。
急いで馬車のそばに行き、使用人を押しどけてエスコートのために掌を差し出す。
突然のことに呆気にとられた様子のローゼは、晴信を一瞥するとツンと顎を反らして一人でさっさと馬車に乗り込んだ。
「出してちょうだい」
「待ーった待った。嬢ちゃん、アカデミーに行くなら僕も連れてってよ」
「どうしてお前を連れていかなくてはならないの」
「まあまあ。僕が何かの役に立つかもしれないし。貴族なんだから従者のひとりやふたり連れてってもいいでしょ」
下働きの恰好をした晴信を見下ろし、ローゼは一笑に付す。
「お前を従者として連れていったら、エスクラ公爵家が地に落ちたと誤解されるわね」
そんな冷ややかな態度を前にしても、晴信は頑なだった。
ローゼが悪魔召喚を試みたということは、ゲームのシナリオはすでにかなり進行しているはずだ。
ゲームの舞台であるアカデミーでは、さまざまなイベントが発生する。ヒロインが第一王子ルートを進めているなら、ローゼにとって嫌な場面を目にすることも多いだろう。
我慢ならない状況に遭遇したら、彼女がどんな手段をとるかわからない。今のローゼは破裂寸前の風船のようなものだ。
「なあ頼むよ、嬢ちゃん」
ローゼはしばし晴信を見つめたあと、視線を逸らした。
「アンネ、この男を少しは見られる外見に整えてちょうだい」
ローゼに呼びつけられた侍女が「かしこまりました」と頭を下げる。
晴信は彼女たちに連行され、足元までピカピカに磨き上げられた。この間、十五分の出来事である。エスクラ公爵家は侍女も一流だった。
「ふん。少しはまともになったじゃない」
「これでも若い頃は近所のおばさま方に人気だったんだよ」
「どうせ幼年期の話でしょう」
「あちゃあバレバレか」
褒められている気がしないが、目の肥えたローゼからしても思いのほかいい仕上がりらしい。
公爵家は使用人の服にすらこだわりがあるようで、着せられた燕尾服は晴信の初期装備である安物のスーツとは比べ物にならないほど着心地がよかった。袖を通すと自然と背筋が伸びる。
ついでに髪型も整えてもらった。プロフェッショナルな腕前を持つ侍女にかかれば、現代人の中年でもそれなりに見えるようになる。
「本来は主人と従者は同じ馬車に乗らないものだけれど、時間がないから仕方がないわ。さっさと乗りなさい」
「へへへ足置きになってあげてもいいよ」
「お前のそんな趣味にまで付き合えないわ」
「いや従者らしく媚びへつらっただけでそういう趣味なわけでは……」
「従者を奴隷と履き違えているわね。いいから早くなさい」
「はい……」
晴信がローゼの向かいに座ると、馬車が走りだす。
彼女は窓の外を静かに眺めていた。
「……あのさ、あれから悪魔召喚してないよね?」
「したわ」
「えっ」
「失敗したけれど」
「あっそーなんだ」
ローゼは依然としてこちらを見ない。淡々と答えているが、その表情には隠しきれない憔悴が滲んでいた。
それだけ婚約者のことが好きだったのだろう。
婚約者に横恋慕する相手を呪い殺したくなるくらいに。
彼女には悪いけれど、悪魔召喚が失敗してほっとしている。だがまだ油断は禁物だ。ローゼの怒りが鎮まったわけではないのだから。手段を変えてヒロインを貶めようとする可能性がある。
だから晴信は無理を通してついてきたのだ。
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