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おっさん、悪役令嬢と交渉する。
しおりを挟む差し込む朝日の眩しさに瞼の裏を焼かれる。
むずがるように呻いたあと、ローゼは重い身体を起こした。眠った記憶はないのに、いつの間にかベッドにいる。昨日の夜は何をしていたのだったか――。
「嬢ちゃん、おはようさん」
「!?」
すぐ横から声をかけられてハッとする。
昨夜の記憶がよみがえってきて、嫌々な気持ちでそちらへ目を向けた。
ひとりの男が、ベッド脇に置かれたイスに腰掛けている。
悪魔を召喚したはずなのに、どれだけ目を凝らしてみてもただの人間だ。それも、ちょっぴりくたびれた中年。明るいところで見るとますます威厳がない。
黒い髪、黒い目、薄い顔。目尻にはわずかに皺がある。垂れた目元と上がった口角は軽薄そうだ。
「わたくし、気を失っていたのね……」
「貧血だよ。軽く手当したけど、あとできちんとお医者さんに診てもらいな。せっかくきれいな手なんだから、痕が残っちゃまずいだろう」
手を見れば、男のものと思われるハンカチが結ばれている。
床に描いたはずの魔法陣も、この男が拭いたのかほとんどきれいに消えていた。もし使用人に見つかれば、ローゼはすぐにでも黒魔法使いとして「処刑」以外の判決がない裁判にかけられただろう。
「帰ってと言ったはずよ」
「帰り方がわかんないんだってば。さっきも言ったけど僕、違う世界から来たの」
「知らないわ。わたくしはお前を召喚した覚えなどないもの。冗談など言っていないでさっさと出ていきなさい。このあたりに辻馬車は走っていないから、平民街までは歩いていくことね」
「違う世界から来た」なんて言われて、すぐに理解できないのも無理はない。しかし理解してもらわねば困る。まったく土地勘もなく、この国の通貨すら持っていないのに、放り出されてはたまらない。
「嬢ちゃんさ、婚約者の王子を平民の女の子に取られたから、やけを起こして悪魔召喚なんかしちゃったんでしょ」
「……どうしてそれをお前が知っているの」
「そりゃ知ってるよ。妹が、ローゼがかわいそうだ~って泣きながら僕に語ってきたんだもん」
「どういうこと……?」
「この世界はさ、僕の世界ではゲームなんだよ。ゲームってわかるかな? まぁ創作物ってこと。だから僕は嬢ちゃんのことを知ってるんだ。ふつうの人が知りようがないことだって知ってるよ。黒魔法を手に入れた君が今後どうなるのかも、ね」
「この世界が、創作物の中……? あまりにも荒唐無稽な話だわ」
「え~信じてよ~」
婚約者である第一王子が、平民の女に恋慕しているのは事実だ。
キスをしているところを目撃してしまったローゼ以外に、それを知る者はおそらくいないだろう。
身分違いの恋にロマンスを感じるのは、物語の中だけだ。こんなことが知れ渡ったら、王子の将来にも影響しかねない。ローゼにとっても恥だ。
だからふたりの関係がこれ以上深まる前に、彼女を秘密裏に消すつもりだった。悪魔から授かるはずだった黒魔法を使って。
――ひとまずはこの男の言うことを信じるべきかしら。誰かに言いふらされたらまずいわ。
晴信を睨みつけながら、ローゼは「信じてあげるわ」と渋々答えた。
「そんじゃさ、嬢ちゃんが僕のこと召喚したんだから責任とってくれないと」
「どうしろって言うの? 元の世界に帰す方法なんてわたくしも知らなくてよ」
「う~んじゃあ僕のことを使用人として雇ってよ。お金がなくっちゃ生活していけないでしょ。働いてお金を貯めつつ帰る方法を探るよ。もし帰れなくても、ある程度のお金があればここを追い出されてもなんとか生きていけるし」
「お前、何かできるの? ただの平民はせいぜい下男としてしか雇えないわよ」
晴信の頭のてっぺんから足の先まで視線を巡らせる。
上背も高く身体もそこそこ鍛えているようだが、兵士として雇うにはとうが立ちすぎている。
その点、雑用をこなすだけの下男ならば身分も年齢も関係ない。潤沢な資産を持つ公爵家の広大なタウンハウスなので、使用人はいくらいても足りないくらいだ。
「それでいいよ。お掃除でも荷運びでもなんでもやるやるぅ。でもちょーっとだけお給金弾んでくれるとうれしいな」
「わかったわよ。そろそろ侍女が来る時間だから、ひとまず部屋のどこかに隠れていて。あとでお前を下男として雇うよう執事に言っておくわ」
しっしっと手を振られ、晴信は隠れ場所を探そうと部屋を見渡した。
現代日本の東京に生きていた平凡なサラリーマンからすると、信じられないほど豪華な部屋だ。高級ホテルのスイートルームはきっとこのような感じなのだろう。ありふれた感想しか浮かばない。
部屋は一室ではなくいくつか連なっているようで、隠れられる場所はいくらでもある。
ドレスルームに隠れようとしたところで、背後から大きなため息が聞こえてきた。
「……また悪魔召喚をしないと。今回はどうして失敗したのかしら……原因がわからなければ、また第二第三のたなかはるのぶが召喚されてしまうわ……」
「嬢ちゃん僕言ったよね! 悪魔召喚はやめなさいって!」
「うるわいわね。お前に関係ないでしょう」
「そうだけどさぁ、若い子が破滅に向かうのを黙って見てられるほど人間終わってないんだよね」
「知ったような口をきいて、お前に何がわかるっていうのよ!」
説得を続けようとしたものの、控えめなノックの音が邪魔をした。
晴信は慌ててドレスルームに姿を隠すのだった。
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