4 / 14
このおっさん、純愛派である。
しおりを挟むアカデミーに到着した。ゲームの背景として見ていたものを実際に目にして、ちょっと感動してしまう。実物はさらに学校とは思えない規模の大きさだ。
「お前は黙って付き従いなさい」
「了解……っと、かしこまりましたお嬢様」
かっこつけて言うと、ローゼに冷たい目を向けられた。
思ったとおり高位貴族は軒並み従者や護衛騎士を連れている。ローゼも普段、騎士を同行させているらしく、見慣れない晴信の姿に生徒や教師が戸惑う様子が見られた。
授業中、従者は教室の後ろや廊下で待っている決まりだ。長時間の棒立ちに腰痛の不安を抱えつつ、教室内を見渡す。
攻略対象――ローゼの婚約者である第一王子の姿を確認した。
プレイヤーの間では一、二を争う人気を誇っていた。見目は抜群にいい。淡い金髪に透き通るような翠眼。甘いマスク。生物学上同じ男という括りであることに嫌気が差す。
だが外見に騙されてはいけない。男の風上にも置けないクズだ。ゲームのシナリオとはいえ、婚約者がいる身でありながらほかの女に手を出すなんて言語道断。
ローゼの境遇をひどく憐れんでいた妹のせいで、彼女寄りの意見になっている自覚はある。
――僕は純愛派なんだよ……!
晴信が睨みつけていたせいか、王子が後頭部を気にする仕草をした。
幸いヒロインは二学年下なので、広い校舎の中ではあまり顔を合わせる機会はなさそうだ。
傍目から見る限り、高位貴族であるローゼは周囲からやや遠巻きにされている。だが同時に女生徒たちの憧れの的だった。声をかけてきた生徒に挨拶を返すだけで「きゃあっ」と黄色い声を上げる様子は、晴信から見ても微笑ましい。
成績の面でも優秀なようだ。教師の覚えめでたいことを鼻にかけることもなく、慎ましやかな淑女といった印象だ。晴信に対するような高飛車な態度はかけらも出ない。
心配していたようなことはなく、平和なアカデミー生活だった。
「はるのぶ。昼食の時間よ」
「はいはい。さっき公爵家から届いたバスケットをお持ちすればいいですかね」
アカデミーには学食があるらしいが、ローゼは家から持ってこさせているそうだ。
昼休みの少し前に、「タウンハウスから馬車が到着したようですよ」という報せを門衛から受け、なんだなんだと向かって渡されたのが〝ランチの入ったバスケット〟だったときはひっくり返りかけた。いくらなんでもロイヤルすぎるだろう。
校舎を出ていくローゼについていく。庭園に向かっているみたいだ。
「学食で食べればいいのに」
「ほかの生徒が気を遣うわ」
「高位貴族専用の場所とかあるんじゃない?」
「よく知っているわね。たしかにあるけれど……最近は使っていないわ」
「あー……」
王子が平民のヒロインを連れ込んでいるのだろう。そんな描写があったことを思い出し、晴信は返答に迷った。
校舎裏の随分奥まった場所までくると、ローゼはやっと足を止める。
ここも小さな庭園になっていた。しかしあまり陽が入らず薄暗いため、ひと気はない。
「こんなところで食べるの?」
「静かで落ち着くのよ。このようなところにガゼボがあることなんて誰も知らな――……」
「――あぁんっ!」
「…………。……先客がいるねぇ」
学び舎であるアカデミーに相応しくない艶声が聞こえ、気まずい空気が流れる。
教師か、生徒か。いずれにしろ場違いにもほどがあるだろう。
「別のとこ行こっか」
晴信が踵を返そうとすると、ローゼが「ちょっと待って」と袖を掴んできた。
「え~盗み聞きは趣味が悪いよ」
「そうじゃないわ」
「盗み見?」
気まずい空気を散らそうとしてへらへらしていた晴信だが、ローゼの手が震えていることに気がついて真顔になる。
彼女はガゼボのほうを凝視していた。
晴信も目を向ける。そこには、制服の男女が濃厚に睦み合う姿があった。どちらも見覚えがある。――第一王子とヒロインだ。
「口づけだけではなかったのね……」
声音からローゼの怒りが伝わってくる。
何をするつもりなのか、彼女はガゼボのほうへふらりと足を踏み出した。
晴信は袖から離れていく手を反射的に握っていた。
「離して」
「だめだよ。今の嬢ちゃん、あいつらを殺してやるって顔してる」
「殴ってやろうとは思っているわね」
「どっちを」
「どっちもよ」
ヒロインはまだしも、王子を殴るのはいろいろとまずいだろう。
「嬢ちゃん、君の怒りは理解できる。けど、嬢ちゃんまで下に堕ちちゃいけないよ」
「じゃあわたくしのこの気持ちはどうすればいいの? 怒りでどうにかなりそうだわ」
「悪いことをするやつには天罰が下るものさ」
ヒロインを見て気づいたことがあった。ゲームを知る晴信しかわからないことだ。
ゲームでは、攻略対象の好感度を上げるために自分の魅力度を磨く必要がある。魅力度によってヒロインの髪型が変わるというギミックがあった。
見たところあのヒロインは、魅力度上げを中途半端にしている。
そうするとどうなるかというと、バッドエンド直行だ。
身分差がある王子との恋愛を成就させるためには、周りから理解が得られるかどうかが重要だ。魅力度をマックスまで上げていれば、無条件に周囲から好かれるというご都合設定だった。
「天罰が下るまで黙って待っていろと言うの?」
「文句は言っていいんじゃない?」
晴信はわざと大きな音で咳払いした。
35
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる