6 / 14
おっさん、大ピンチ。
しおりを挟む晴信がそんなふうに考えているとは露知らず、王子はヒロインと熱く見つめ合っている。
好きな人の前だから格好つけたいのかもしれないが、この場で彼をカッコイイと思っているのはたぶんヒロインだけだ。
「……殿下の一存で決められることではございません。わたくしと殿下の婚約は、陛下と父との間で結ばれた一種の契約でございますわ」
「ふん。エスクラ公爵家の後ろ盾がなくなると脅しているつもりか? そんなものがなくとも、長男の俺が王太子になるのは当然のことだ。痛くも痒くもない」
「わたくしだけではなく我が公爵家まで軽視するような発言はおやめください」
ローゼは表情を変えず、冷静に見える。
だが、肩が震えていることを晴信だけが気づいていた。
「きっと父上も、俺の選んだ彼女こそが王子妃に相応しいと認めてくださるだろう。そもそもエスクラ公爵家は大きな顔をしすぎたのだ。王である父上が、たかが公爵家の顔色を窺っているこの状況が異常なんだ」
「殿下のお考えはわかりました。わたくしから申し上げることはもうございません」
「すぐに父上から婚約破棄に関しての書信が届くはずだ。震えながら待っていろ」
無言で踵を返したローゼに付き従う。
庭園を出たところで、複数の女生徒に声をかけられた。いずれもローゼを心配する言葉だ。
やはりローゼの言うとおり、ヒロインに対して行き過ぎた注意はしていないのだろう。さすがにいじめを率先してやっていたら、かばってくれる生徒は現れなかったはずだ。
でもヒロインが魅力度上げをサボっていなければ、状況が同じでも一方的にローゼが責められていたかもしれない。
どちらにしろ、王子とヒロインを殴ろうとしていたローゼを止めたのはいい判断だった。
ローゼには一切否がない。あとは王の判断を信じるのみだ。
◇◇◇
結局昼食を食べ損ねたまま、ローゼは午後の授業を淡々と受けた。先ほど衝突したばかりの王子が同じ教室にいるというのに、落ち着いた様子だ。
心配は杞憂だったのだろうか。意外とショックを受けていなさそうだ。
――それが誤った判断だというのを、帰りの馬車の中で思い知らされることとなった。
「……肉体交渉って、それほどいいものなのかしら」
「にくたいこうしょう!?」
唐突な問いを受け、晴信は耳を疑った。
まんまるに見開いた目でローゼを見ると、彼女は瞼を伏せ、憂いを帯びた表情をしていた。
これは真剣に聞かなければだめだ、と居住まいを正す。
「殿下の心がなぜあの女に移ろいだのか、今日やっと理解したわ」
「つまり……?」
「わたくしが触れ合いを拒否したからよ。結婚するまではキスもしてはいけないと言ったときの、殿下のがっかりした顔を今もはっきり覚えてるわ」
公爵家で、しかも王子の婚約者ともなればそのあたりの教育もしっかりされてきただろう。
貴族令嬢は身持ちが堅くなければならないというのは、晴信の知識にもある。18禁乙女ゲームの世界でもそれは変わらないらしい。
男だから許されるということはなく、王族であればなおさら不用意に種を撒くのをよしとはしていないだろう。専用の公娼くらいいそうな気もするが、浅慮な王子は婚約者なら手を出してもいいと思ったのかもしれない。
または、結婚する前に味見したかったか。
結局王子は思春期の性欲を持て余し、ガードの緩いヒロインに靡いたということだろう。
――うわぁ、乙女ゲームって別側面から見ると結構ドロドロだなぁ。
遊びで済ませるつもりが本気になってしまったのか、ローゼに見られたことで引っ込みがつかなくなってしまったのか、どちらにしろ愚かな男だ。
「嬢ちゃんの対応は正しいと思うよ。若いのに貞操観念がしっかりしてて偉い!」
「貴族の令嬢としては正しいのかもしれないけれど、殿下の婚約者としては失格だったのかもしれないわ。今さら後悔しても遅いけれど、殿下が望むならお応えすべきだったのかしら? そうすれば、このようなことにはならなかった……?」
ローゼは晴信に語り掛けているようでいて、自問自答を繰り返していた。
「すてきな初夜に夢を見ていたわたくしがおかしい? 身体を許しただけで心を得られるの? わたくしも身体を許せば、今からでも好きになってもらえる? 夢中になるくらいいいものなの? 知らないわたくしがだめなの?」
ローゼの頬を涙が流れていく。初めて会ったときに見たのと同じ悲痛な表情だった。
こうして見ると、彼女を悪役令嬢と呼ぶことに違和感がある。晴信からするとローゼはただの一途な女の子だ。健気でかわいい、哀れな少女。
人前では気丈に振る舞っていても、彼女の心は限界なのだ。
「だめじゃないよ。人それぞれだ」
「お前は経験したことがあるのね」
「そりゃね。僕がいくつか知ってるでしょ。そう経験豊富なわけではないけどさ」
「だったらお前が教えなさいよ」
「えっ」
36
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる