その悪女は神をも誑かす

柴田

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はじめのふたり(2)

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「……私と別れてまで君がしたかったのは、こんなことなのか?」

 一連のやりとりを盗み見ていたらしいグウェンダルに静かに問われ、メリーティアは肩を揺らした。

「そうよ。愚かな男が破滅していくさまほどおもしろいものはないわ」

 うっそりと笑うと、グウェンダルに手首を掴まれ至近距離まで迫られた。鋭い眼光に貫かれ、メリーティアは密かに息を呑む。
 グウェンダルが怒っている。
 当然だった。前回のことを知らないグウェンダルからしてみれば、メリーティアはネビルの心を弄び、盗みを働くに至るまで散財させた諸悪の根源だ。そのうえネビルを見捨てたのだから、グウェンダルの目にはメリーティアが悪女に映っているだろう。

 言い訳をするつもりはない。罵られても仕方がないと腹を括っている。それでもグウェンダルを守りたいから、どんなに悪く思われようと今さら足を止める気は一切ない。

「満足したか? それとも、まだほかの男を彼のように弄ぶつもりか?」
「……離してよ。あなたには関係ないわ」
「もうやめろ。いつか君が身を滅ぼすぞ。弄びたいなら私を弄べばいい」
「あなたを弄んだっておもしろくないわ」

 グウェンダルの手を振り払い、メリーティアは騎士団の詰所をあとにした。


 その後ネビルは横領と窃盗の罪で捕まり、獄中で自ら命を絶った。借金までして貢いだ女に捨てられ、生きる意味を見失ったらしい。

 そしてトリーには、ネビルの借金だけが残った。
 期限までに返済が間に合わず屋敷を奪われ、爵位を売り、首が回らなくなったトリーは最終的に実家に助けを求めた。しかしネビルがよりにもよって高利貸しに金を借りていたため、そのときには借金は倍以上に膨れ上がっていたそうだ。

 実家からも見捨てられたトリーは借金取りから逃げる生活を余儀なくされ、風の噂によると今はスラムにいるらしい。
 その日暮らしていくだけの蓄えもなく、かといって娼婦として働けるほど見目もよくないため、そこで単価の安い立ちんぼをして日銭を稼いでいるとか。

 メリーティアは、トリーの落ちぶれた姿を目に焼きつけたかった。
 あの日メリーティアを嘲笑ったように、彼女を笑ってやりたかった。

 トリーが立ちんぼをしているという路地にわざわざ出向く。蹲っているトリーは薄汚れた布切れのようなものを着て、髪も肩より短くなっていた。何日も洗っていないのか皮脂でべとついており、異臭が漂っている。
 彼女の前に銅貨を落とすと、目の色を変えてそれを拾ったトリーが弾かれたように顔を上げる。
 客だと思ったのだろう。へらへらとした笑みが途端に凍りついた。

「……メリー、ティア……?」
「ごきげんよう、トリー」
「――なに笑ってんのよ」
「愉快だからよ」
「愉快ですって? 全部あんたのせいなのに! あんたのせいでネビルが死んだのよ? 人をひとり殺しておいて笑っていられるなんて信じられないわ! それにあたしをこんなに惨めな姿にしたのもあんたのせいよ!」

 メリーティアはトリーを鼻で笑い飛ばした。顎をツンと上げ、ゴミを見るようなまなざしでトリーを一瞥する。かつて彼女がしたように。

「不幸を招いたのはあなたとあなたの夫自身よ。身の丈に合わない地位を望んだあなたの夫と、わたしへの劣等感にまみれたあなたの汚れた心が自分たちを地獄へ堕としたの。こんなこと、今のあなたに言ってもわからないでしょうけれど」

 にっこりと微笑むメリーティアの顔を両目に映して、トリーは何の言葉も出ない様子だった。
 トリーのこの顔が見たかったのだ。あの日グウェンダルが処刑された場で、死んだ彼とメリーティアをトリーが嘲笑ったように、彼女にも絶望を味わわせたかった。

 人を死に追いやった罪悪感がないとは言わない。けれど心は晴れやかだった。
 踵を返してその場を去る。背後からはいつまでも恨みのこもった叫び声が聞こえていた。

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