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復讐の果てに訪れたのは(3)
しおりを挟む一カ月ほどかけて聖国ハイネに着いても、それを共に喜んでくれる彼女はもはやいない。
グウェンダルはすでに理解していた。これがメリーティアの抜け殻なのだということを。
ユージーンの母の姉妹の手を借り入国したあと、ふたりは当初の予定どおりグウェンダルが事前に購入していた家に住むことになった。
ヴェドニア帝国では、すでにユージーンの戴冠式が行われたようだ。
先帝ケイリクスは、『アイボリー家がハイゼンベルグ侯爵家へ贈ったはずの毒入りワインを飲んでしまい、情婦だったメリーティアと共に死んだ』と処理されている。アイボリー家はもちろん滅亡することになった。
ホールトン公爵グウェンダルは、行方不明という扱いにされている。一部では、『愛する元婚約者をケイリクスに奪われたうえに毒を飲んで死んでしまい、自暴自棄になった末に気が狂い行方を眩ました』と噂されているらしい。ユージーンからの手紙に笑い混じりの文章でそう綴られていた。
今のホールトン家は当主代理だった傍系の者が公爵位を継ぎ、若くして皇帝となったユージーンの助けになっているようだ。
ハイゼンベルグ侯爵家には、メリーティアが生きてグウェンダルと共にいるということが、ユージーン経由でこっそりと伝えられている。
波乱の時代が過ぎ、ヴェドニア帝国はようやく平穏を取り戻そうとしているところらしい。
ユージーンへの返事をしたためていたグウェンダルは、一度大きく伸びをしてから立ち上がった。
聖国ハイネに来てからもう一カ月が過ぎている。
この国は、真っ白な街並みと、壮大な神殿とが織りなす景観が美しいことで有名だ。整備された道は明るい色のレンガで舗装されていて、どこを歩いても清潔だった。
聖国というだけあってさまざまな神が祀られており、宗教でくくられているわけではなく、神一体につきひとつ神殿が建てられている。初めて聖国ハイネを訪れた者は、まず神殿の数の多さに度肝を抜かれるだろう。
小さな国の中に、人と神が密接に溶け込んでいるような暮らしぶりだ。
神殿は王家よりも尊ばれているように感じられた。
その国の片隅に、グウェンダルとメリーティアが暮らす家がある。ユージーンの母の姉妹により紹介を受けたこの地区は、愛の女神の管轄らしい。地区の中心には、愛の女神を祀る大きな神殿が建っていた。
愛する男女に寛容だからこの場所がいいだろう、と指定されたときはよくわからなかったが、地区ごとに祀る神が違っていて、その神にちなんだ雰囲気がそれぞれあるそうだ。
王族だった彼女は、今は愛の女神の神殿に神官として仕えている。
ちなみに神殿に仕えることは聖国ハイネでは最も名誉ある職と言われており、その中でも神官になるのは非常に難しいらしい。
そう大きくはない屋敷には、掃除と食事の用意をする使用人が数人と、あとはメリーティアがいるだけだ。こちらへ移しておいた財産はそれなりに多いため、すぐに働きだす必要もなかった。
ヴェドニア帝国で暮らしていたときからは想像できないような、穏やかな時間が流れている。
ただ穏やかなだけで残酷な時間が。
メリーティアの様子は相変わらずだった。呼びかけても返事をしない。表情も変わらない。人間としての最低限度の暮らしすらひとりでは何もできず、グウェンダルが何もしなければ一日中ベッドで横になっている。かろうじて呼吸をしているだけの死体のようだった。
「メリーティア、水を飲む時間だ。身体を起こすぞ」
グウェンダルはメリーティアを抱き起こし、水を飲ませる。
一日の決まった時間に決まった量の水を飲ませ、食事もペースト状にしたものを食べさせるようにしていた。嚥下させるのも一苦労だ。そして一日に一度身体を清拭する。ときどき抱き上げて外へ連れて行くこともあったが、どのような景色を見せても反応はない。それでもグウェンダルは献身的に世話をした。
この頃、グウェンダルはニルスの神殿へと通い詰めていた。
「何か困ったことがあったらニルス様にお願いするといいわ」と、メリーティアが言っていたのを思い出したからだ。
メリーティアはニルスに頼んで、時間を巻き戻し、生き返らせてもらったと話していた。あのときは彼女の話が衝撃的すぎたあまり「そういうこともあるのか」とそのまま受け止めていたが、今になって思うのだ。そんな大層な願いを叶えてもらうのに、代償がないはずがない、と。
メリーティアはそのあたりのことは何も言っていなかった。けれどそう考えると納得がいく。
今の彼女の状態は、ニルスに願いを叶えてもらった代償なのだろう。
メリーティアは生きている。魂はあそこにある。きっとニルスは、メリーティアの心を持っていってしまったのだ。
こうなることを承知のうえで願いを叶えてもらったのだろうか。そうだとしても、あまりにも報われない。復讐を果たした末に廃人になるなんて、メリーティアの人生は一体なんだったんだろうと思わされる。
彼女はグウェンダルが、家族が、幸福な人生を歩んでいくことを望んでいた。
そのために復讐を果たしたのに、今グウェンダルが幸せかと聞かれると「違う」としか言いようがない。ハイゼンベルグ侯爵家の皆も、きっとこの状況を知れば同じ気持ちを抱くだろう。
グウェンダルはメリーティアがいなければ幸福になどなれない。
メリーティアの願いは時間を戻して生き返り、復讐を果たすことだけだったのかもしれない。けれど彼女の本当の望みは、愛する人たちの幸福のはずだ。
このような状況で、はたしてニルスはメリーティアの願いを叶えられた、と言えるだろうか?
グウェンダルは毎日、毎日、ニルスの神殿まで通って祈りを捧げた。
メリーティアの心が戻るようにと願った。
神が人を救うことなど、本当はほとんどないと知っている。それなのにメリーティアを二度も助けたということは、それだけニルスが彼女を特別に思っているということだ。どのような形であれ、人間とは違う感情かもしれなくとも、愛は愛だ。
グウェンダルはニルスの愛を信じることにした。神に縋るほかなかった、とも言えるかもしれない。
祈りは一カ月――半年――一年――と続いた。
何年かかろうと、たとえ死ぬまでだってやめるつもりはない。メリーティアが死んでから彼女の願いを叶えたように、グウェンダルが死後の世界へ旅立ってから、ニルスが会う気になってくれるかもしれないからだ。
そんなグウェンダルの切実な願いが届いたのか、来月で二年が経とうかというときに、ニルスが夢に現れた。
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