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第四章 受け入れられたオモイ

33 好奇の的(2)

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 次の目的地へと走る車内にて、ダンとユイの反省会が開かれている。
 ユイの手にはコルトの姿がある。こうして拳銃を堂々と出せるのもマフィアならでは。ユイにはこの上なく有り難い事である。

「まさか、あんなふうにコレが役に立つとはね~」
「ユイ様!何を暢気に?マフィア一家の敷地内で発砲など以ての外です。今後は絶っ対になさらないでいただきたい!」ダンは沸騰しそうに熱くなって言い募る。
「って言うけどさ、ダンさん全~然頼りにならなかったじゃない?」
「そっ、そんな事はございません!」
「だったらどう対処しようとしてたワケ?言ってみてよ」

 返答に困るダン。そこへ傍観していたラウルが口を開いた。
「あの犬達は、叔父の狩猟用に飼っている」
「最初見た時は黒ヒョウかと思った!ヒョウだったら感激だったのになぁ」
「おお…。何と恐れ知らずなっ」
 こんなコメントを吐いてしまったのはもちろんダンだ。ダンはこのドーベルマンにさえ怖気づいていたのだから。

「猟犬かぁ。それで私が持ってたコルトの硝煙にでも反応したのね。残~念!私が気に入られたんじゃなかったか」
 猟犬は銃声や火薬の臭いに慣れるよう訓練されているのだ。

「いや。ユイは気に入られたのだ。気性が荒いので放し飼いにはできないくらいだ。初対面の人間に懐くとは思えない」
 ユイの目前に行儀良くひれ伏していた犬達を思い起こすラウル。
 そして遠い昔の光景が頭に浮かぶ。「私も幼少期は良く吠えられたものだ」
「ラウル様に対して牙をむくなど言語道断!」

「お前も散々追い回されていたな」ラウルがダンを見て言う。
 ダンは顔を真っ赤にして訴えた。「嫌いです!アイツ等は!」
 その様子に、ラウルの口から笑いが零れた。とても自然な笑顔だった。

 対するユイはこの発言に不服そうだ。
「そんなに嫌わなくても!可愛かったけどなぁ、あの子達」
 これにラウルも賛同する。「そうだな。私も今はそう思える」
「どうして今?」
「ユイと戯れていた犬達は、可愛いと思った」

 いつでもユイがいる前提でラウルの感情は動く。その意味でも、ユイはラウルにとって欠かせない存在である。

「しかし…。まさかルアナが、自分にも危険が及ぶ可能性のある手段に出るとは」
――そうまでしてユイを嵌めようとは…なぜだ?――
 愛しの従兄が結婚する。相手の女に恨みを持つのはありがちな事だ。だがラウルに女心は分からない。

「自分の家の犬だし、平気だと思ったんじゃない?」
「それはどうか…。ルアナは昔から犬嫌いだ。絶対に寄り付かない」
「だったら、別の手、考えれば良かったのにね~」思わず同情するユイ。どこまでも余裕だ。
「さすがは肝が据わってますな、ユイ様は。これでは、どちらがイジメているのか分からなくなる!」

「はあ?イジメってねぇ、嫌がらせされてるのは私!この嫌味魔!」
「何ですか、そのイヤミマとは」
「そのまんまの意味よ。ねえラウル、ルーマニア語でバカって何ていうの?」
「プロスト」自然な流れでラウルが教える。

 ユイがその後しばらくダンをプロストと呼んだのは言うまでもない。
「ラウル様!いらん言葉を教えんでくださいっ」

――下らない。…下らないが、どうしてか面白い――
 こんな二人のやり取りを、ラウルは澄まし顔を装って少しだけ楽しんでいた。


 一方ラウル達の去ったルアナ邸では、こんな一幕があった。

「ラウル君のあんな幸せそうな様子は、姉さんの生きていた頃以来だな」
「そうね。ようやくあの子も前に進めたのね。いい方と出会ってくれて良かったわ」
「何よ!私の方が絶対に美人よ?」
「ルアナ。人は容姿だけじゃないんだ。お前ももっと内面を磨く事だ」

 発砲の件は全く話題に上らず、ユイはなかなかに高評価を得ていた。


 ユイ達を乗せた車の列が次に向かったのは、街中のカフェテリアだ。
 二人を下ろすと、黒塗りの車の列はすぐに消えた。

「車は離れた場所で待機させる。さあ行こう、ユイ」
「今回はダンさん、付いて来ないのね」
「叔母達の要望だ。マフィアとは極力関わりたくないのだろう」
 叔母二人は早くにフォルディス家から出て、嫁ぎ先の一般家庭の人間となっている。

「こちらとしては二人一度に済ませられて有り難い」
「わざわざ出て来てくれるなんて、いい人達ね」
「単独で私に会うのが怖いだけだ」
「怖いって、甥っ子とその婚約者に会うのに?」
 ラウルはあえて答えず肩を竦める。

――そんなに恐れられてるのか…。何だろ、ホントこの家ってば!――
 自分の隣りにいるラウルはこんなにも紳士的で穏やかな人物なのに、ユイには全く理解できない。

 洒落た店内に足を踏み入れると、奥の窓側の席に並んで座る品の良い年配の女性達が目に入った。
 店員に告げ、ラウルが軽く叔母達に手を上げる。

「さあ、行こう」
「う、うん…」
 ラウルに背を押されて前に進むユイ。向こうからの視線が全身に突き刺さる。
――ああ、緊張するっ!――

「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「ラウル、会わないうちにまた一段と素敵になったわね。そちらがフィアンセの方?どちらの国から?」
 叔母の一人がユイに目を向け、外国人と分かり質問してくる。
「あっ、ええと、スントゥ・ディ、ジャポーニア」
「まあ、そんなに遠くから?ラウルは相変わらず国際派ね!」
「可愛らしい方だわ。お名前は何て言ったかしら」

 もう一人の叔母の言葉を受け、ユイが覚えたてのルーマニア語で自己紹介する。
「ブナ、マ・ヌメスク、ユイ。ウンクンタ・デ、クヌスツィーツァ」
「こちらこそよろしく!きちんとルーマニア語で挨拶なんて、若そうなのに出来たお嬢さんじゃない?」
 ラウルが通訳するとユイは頬を染めた。
――これしか言えないけど…――

「わざわざ時間を取ってもらって感謝する」
「いいのよ。それより、兄さん達には会ったの?」
「いや。実は、訪問の返事もまだ」
「でしょうね!構わず行くといいわ。きっと二人とも在宅よ。ユイさんに興味津々だったから」
「そうなのか」

 叔母達のコメントに、ラウルは嫌な予感しかない。
――品定めでもする気だろう。全く気に障る男達だ!――

「だけどあなたも物好きね、マフィアの妻を選ぶなんて?ご実家もその筋の?」
 ラウルの通訳を受け、ユイが言葉に詰まる。実家がジャパニーズ・マフィアには違いないが、縁を切ったようなものなのだ。
 察したラウルが代わりに答える。
「ユイはその筋の人間ではない。そちらの仕事をさせるつもりもない」

「あらそう。いい機会だから、あなたも足を洗っちゃいなさいよ。そうすればあの家ももっとまともになるんじゃない?」
「そうよ、ラウルも兄さん達も、十分優秀なんだから。日陰で生きてるのはもったいないわ。って言っても兄さん達はもう手遅れだけどね」

 70過ぎのお爺さんだから!と叔母達が盛り上がる様子を、ユイは笑顔で見守る。
――何て言ってるか全然分かんない!――
 だが、明らかにラウルの態度が変化しているのは分かった。それも悪い方に…。

「その話はまたの機会に」
「あらごめんなさい、つい話が反れたわ…。どうか悪く取らないでね、ラウル」
 顔色を窺うような目つきで、機嫌を損ねた様子のラウルを見る叔母達。
 そして沈黙がやって来る。

 不安になったユイが小声で呼びかける。「ラウル…、」
「何でもない。大丈夫だ」こうユイに伝えてから、叔母達に向かって告げる。
「手間を取らせた。式の日取りが決まったら連絡する。良ければ出席を。では」
 言い終えるや、ラウルはおもむろに席を立ち、ユイに手を差し出す。

 急な展開に、慌てて手を取ってユイも立ち上がる。
「もういいの?久しぶりに会ったんでしょ、もっとお話したら?」
「いや、話は済んだ。行こう」

 振り返りもせずに店を出るラウル。ユイはペコリと頭を下げてから後を追った。

 そんな二人の後ろ姿を目で追いながら、叔母達は砕けた調子で話し始める。
「いい機会だから言ってみたけどやっぱりね。ラウルったら、あからさまに機嫌が悪くなったわ」
「もう、姉さんったら!ドキドキしちゃったわよ」

「追い打ち掛けたのはあなたの方でしょ」
「兄さん達が優秀って?本当の事だもの!ルックスだって頭だっていいし、何でマフィア?って姉さんだって言ってたじゃない」
「顔と頭だけはムダにいいから。フォルディシュティ家の男達は!きっとご先祖様が嘆いてるわって話よ」

「でも、あんまり怒らせると後が怖いんじゃない?」
 ラウルの超能力は十分把握している。
「大丈夫よ、カワイイ婚約者の前で物壊したりできないわ。あの気取った子は!」
「それもそうね」
「あの子が暴走を止めてくれる事を祈るばかりだわ」
「おお怖い怖いっ」

 どこまでもラウルを恐れる二人は、窓から空を見上げる。今のところ怪しい雲は現れていない。
 顔を合わせて、二人がほっと息を付く。

「それにしても、あんな普通そうな子があの家の奥方だなんて?よく周りが許したものね。ほら、あのダンとか!」
「ああ見えて物凄いエスパーなのかもよ?わざわざ日本から連れて来るくらいだもの」
「ヤワな女じゃ、強力な世継ぎは望めないしね」
 頷き合う叔母達。ラウルがここまで結婚を先延ばしにしていた理由が、強い血を残すためだという事も知っている。

 本人もビックリなとんだ勘違いだ。朝霧ユイは強力なエスパーという事になってしまった。


 店を出た二人は、タイミング良くどこからか現れた車に乗り込んだ。
 目聡くラウルの怒りを察したダンが、いつも以上に平身低頭で迎え入れる。

「お帰りなさいませ、ラウル様、ユイ様。問題はございませんでしたか?」
「ああ。先にユージーンの家に向かう事にする」
「え…ですが、それでは順番が…」
 これは年功序列の話だ。特に次男ルーカスはそういう事に厳しい。

 だがそんな事は意に介さず。「そんなもの知るか!いいから向かえ!」
 機嫌の悪いラウルに、ダンが逆らえるはずもない。
「かしこまりました。運転手、聞こえたか、行き先は変更だ!」
 ダンの言葉に運転手が応じ、すぐに軌道修正となる。

「ねえラウル、ユージーン叔父様って…」
「ここからならば、そちらの家の方が近いのだ」
――こんな事は早急に終わらせる。全く気分が悪い!――

 足を組み車窓枠に肘を預けて外を見ていたラウルが、ユイを振り返る。
「ユイ、もっとこっちに」
「あ、ええ…」
 開いていた距離を詰めてユイが近づくと、ラウルはすぐにその体を引き寄せた。
 そんな素振りを受けて、ユイが口火を切った。
「ラウル、叔母様達に何か言われた?」

――ユイ様、ナイスな質問です、待ってました!――
 ダンは心の中で叫ぶ。自分が聞けば間違いなく火に油だと分かっていたからだ。

「別に何も。彼女達の言い分は前から知っている」
――口に出して来たのは初めてだが。足を洗え?良く言う!お前達だってその悪金で贅沢に育ったのだろうが?今は部外者だとでも?――

 どう見ても心穏やかでないラウルに、さすがのユイもそれ以上突っ込めない。
 すぐに話題を変える。
「ああそうだ、私の実家の事聞かれた時、答えてくれてありがとう。何て言っていいか分からなくって困ってたの」

 この時点ではラウルが何と答えたのかユイは知らない。だが全面的に受け入れている。その事がラウルは嬉しかった。
――ああ…ユイは私を信じてくれているのだな――

「ユイはマフィアではない。こちら側の世界に身を置いてはいても無関係だ。これから先もずっと」
「うん、ありがとう」
 ようやくラウルに笑みが戻る。
 ホッとしたユイはラウルの胸に頭をもたせかけた。そこにそっと手が乗り、優しく撫でられる。

――一時はどうなるかと思ったが…どうやらご機嫌は戻られたようだ、お手柄です、ユイ様!――
 愛ネコが主人に毛繕いされるような二人の様を眺めながら、ダンも同じように胸を撫で下ろした。

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