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第三章 氷室商事へ
隠密作戦
しおりを挟む京子さんに会って、具体的にどうやって彼を出し抜くか真剣に悩みはじめた。
とりあえず、正直やりたくはないが、達也取締役を味方につけるのがこの会社では一番効くというのはわかっていた。
ただ、彼は必要以上に俊樹さんをぎゃふんと言わせようとする可能性がある。
前回、達也取締役の業務部役員就任の際に、彼が邪魔をして私を秘書にできなかった。復讐してくる可能性もある。
最後にはどうせ実情が俊樹さんにばれるので、そうなったときが怖いというのが本音だった。
俊樹さんも達也取締役を危険視しているので、私がそれに絡んだと知ったらそれこそ何をするかわからない。
前回も色々あった。それを分かった上で達也取締役が協力してくれるかどうか自信もなかった。
しかし、考えている時間ももったいない。できるだけ早く移籍したいのだ。
彼の海外出張が丁度来週予定されていた。
その時がチャンスと思っていたので、それまでになんとかしようと思っている。
「今日は午後から新しい広報誌の打ち合わせの会議があります」
朝の申し送りの最中だが、彼はこちらを見たまま返事をしない。
「あの?何か間違っていましたか?」
「森川さん。勝手なことしたら許さないからそのつもりで……」
「え?」
彼が森川さんと名字を言うときは、ろくなことがないと今までで嫌というほどわかっている。
青くなっていると、にたりと笑っている。
「義姉さんに会っただろ?まさか、この間の話を相談したんじゃないだろうな?」
いや、ホントにどうしてこうなる?まだ二日しか経ってないのに……。
「だから、その……」
「菜摘は嘘をつけないんだよ。顔見れば大体分かる。最近ろくなこと考えてないだろ。夕べもベッドで上の空。気付いてないとでも?」
「あの、今は仕事の話です。余計なことは言ってる時間がありません」
「……ふーん。余計なことね。そうか、そうくるか」
睨んでる。やだ、どうしてこうなる?
「やれるもんならやってみろ。俺を相手にお前がどれだけできるかな?」
カチーン!頭にきた。失礼な!俄然やる気が出てきた。
私の顔色が変わったのに気付いたのか、驚いている。ふん、後悔したって遅いからね。私を怒らせたな。
「……それでは、本日もお願いします」
頭を下げて、くるりと背中を向けた私に、彼が腰を上げて声をかける。
「……お、おい、菜摘」
「はい?なんでしょうか?」
私の顔色がいつもと違うのに気付いて焦っている。
「いや、その、言い過ぎた。すまん」
「いえ。私なんておっしゃるとおりひとりでは何もできませんので……。忙しいから失礼します」
バターンとドアを閉めて出てきた。
「あれ?森川さん。すごい顔だよ。喧嘩した?」
なぜ、ここに達也取締役が?びっくりして立ち尽くす。
「どうして、ここに?永峰取締役へ何かご用事でした?」
彼は近寄ってくると私の耳元に小声で話し出した。
「いや。氷室商事の陽樹専務から内緒で連絡があってね。君のことだよ」
ニヤリとこちらを見ながら笑う。京子さん、仕事が早い。すぐに小声で返す。
「午後から彼が会議なので、その時でもお時間頂けますか?」
「了解。一時半にもう一度来るよ」
そう言ってあっという間にきびすを返し、いなくなった。
一時になり、彼が会議に入った。そうすると、達也取締役が訪ねてきた。
「俊樹さんが探しに来るかも知れないから、適当に嘘を言っておいた」
「え?」
「爺さんの秘書に助けてもらった。あそこの秘書の手伝いにいっていると秘書室に伝言してある。こっちへおいで」
そう言われて付いていくと、達也取締役の部屋。鍵をかけて秘書に誰も通さないように、相手も話すなと厳命した。ひえー、すごい……。徹底してる……。そして、怖い。
「あ、あの……すみません。おおごとにしてしまって」
「……全くだよ。おおごとだ。でも、陽樹さんの頼みとあれば俊樹さんのことを出し抜くのも悪くない。この間の恨みもあるしね」
あー、やっぱりそう考えていましたね……。
「青写真は出来ている。俊樹さんの海外出張と同時にあちらで研修に入る。覚悟はいいね?」
「あの。私のいない間の彼の秘書は誰が?」
「それもね、色々考えたよ」
「え?」
「うちの秘書室長を充てる」
びっくりして固まった。秘書室長って、会長の秘書でしょ?え?大丈夫なの?
「俊樹さんが秘書を振り切ってそっちへ行かないように首根っこ抑えられる人じゃないとダメだからね。海外出張後のスケジューリングに関しては、僕の指示で彼が目いっぱい入れはじめている。どうにも出来ないようにしてあげるんだ」
意地悪な瞳を輝かせて話す。まるで、いたずらっ子の計画を聞いているようだ。それにしても、ここまですでに根回し済みって、この人ホントに、敵に回したくない。
「あの。そんなんで大丈夫なんでしょうか?」
「……そうだね、最初は暴れるかもしれない。きっと相当ね」
「……大丈夫ですか?」
「森川さんは、研修中陽樹さんの奥さんが家を準備してくれるそうだから、そちらへ入ってね。多分独身寮らしいけど」
そうだった。家に帰ったら軟禁されかねない。
「わかりました」
達也取締役はニタニタしている。
「あー、久しぶりに楽しみだ。どう出るかな?前回みたいにはいかないからな。ここは、ミツハシだ。彼がいくらわめこうと俺の指示に従ってもらう」
「……あ、あの」
「なに?まさか、彼を助けろとか言わないよね?」
「……はい。今回はすべて達也取締役のお陰ですので」
「そうだよね。君も僕に借りがあるはずだよ。返してもらおうか。勝手にこの会社を出て行こうとしているんだからね。俊樹さんをいじめるぐらい許してほしいものだ。しかも君のためだよ」
偉そうに……。君のためとか言って、自分が彼をぎゃふんと言わせたいだけじゃないのかな?
「そう、確かに僕自身が彼をやっつけてみたいという衝動が原点だけどね。機会をくれた君には感謝だな」
ほらね……。私の顔色見て、考えていること当てるし。もう、嫌だ。
「……それで、私はどこへ行くことになっているのでしょう?」
「知るか」
「え?」
「あっちのことはあっちに聞いてよ。そうだ、陽樹さんへの連絡先を預かってる。これ、俊樹さんが知らないメールアプリらしいから、ここに連絡してくれたらおそらく読まれないとか言ってたぞ。俊樹さんは氷室に自分の子飼いがいて、彼らが色々情報を送っているらしい。陽樹さんは俊樹さんにばれないように色々しているらしい。面倒くさい兄弟だ」
「そうなんですね。はあ。巻き込まれたくない……」
「心の声が漏れてるぞ」
「だって、はあ……」
「君がやりたいといって始まったと聞いている。覚悟しろよ。今更後ろには引けないぞ」
確かにその通り。腹をくくっていかないとね。
達也取締役にお礼を言って、その場を退去した。
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