番シリーズ 番外編

伊織愁

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『白カラスにご慈悲を!!』〜番外編 三話〜

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 翌日、再び嵐はやって来た。 投書にあった通り、彼女は元気よく生徒会へ突撃して来た。

 生徒会室に微妙な空気が流れる。 皆がユージーンへ視線を向け、注目された彼は直ぐに濃い紫の瞳を眇めた。

 「君は僕が目当てだと言っていた様だけど、結局、君は僕とどうなりたいの?」
 「えっ、どうって、その、ただお話したり、手を繋いでお出かけしたり、後は三回目のデートで口付けを交わして、二人の想いが重なれば……その先は言えませんっ」
 
 後ろを向いたリトルは、恥ずかしいのか、身体をくねらせた。

 「気持ち悪いっ」

 ユージーンだけでなく、リィシャたちもリトルの発言にはかなり引いた。 呆れた様な溜め息がユージーンから溢れた。

 「なら、無理だね。 僕には本物の番がいるからね。 君と恋に落ちる事はない」
 「……はい、分かっていますっ」

 悲しそうにリトルは俯いたが、変な事を宣った。 顔を上げたリトルの表情は明るい。

 「でも、番の人が言いって言えばいいですよね?」
 「言う訳ないだろう、馬鹿じゃないのか。 友人の言う通り、全く話が通じないんだね、君」
 「……」

 リィシャはリトルのあまりの言い様に、口を開閉させた。 驚き過ぎて何も言葉が出て来ない。 そして、リィシャの方へ視線を向けて、何かを請う様な眼差しを向けて来る。

 えっ、まさか、ジーンとの浮気を許せって言ってるの?!

 信じられない事を求めてくるリトルに、リィシャはあんぐりと口を開けた。

 「いや、無理だし、絶対に浮気の許可なんか出さないけどっ」

 リィシャの答えにリトルは項垂れた。

 当然の事なんだが、獣人にとって番は唯一無二の存在だ。 誰にも触れさせたくないし、本当なら誰の視界にも入れたくない。 落ち込むリトルを眺め、彼女は本当に獣人なのかと、疑いたくなる。

 「やはり君には悪いが、もう生徒会には来ないでくれ。 痴情のもつれを生徒会に持ち込まれると困る」

 エドワードが渋面を作り、リトルに言い放った。
 
 「何故、君は本物の番がいるジーンがいいんだ? 言っておくが、奴は番しか見ていないし、奴の番を蔑ろにする奴は徹底に排除するぞ。 それはもう酷い方法で」

 エドワードの金色の瞳は、リトルを試すような色が滲んでいる。

 もし、私がエドにあんな目で見られたら、心の底から震えるわ。

 「あ、あああ、あの、すみませんでしたっ!」

 リトルはエドワードの眼差しに耐えきれず、生徒会室を逃げ出した。 ガラス張りの壁の向こうで、屋上を走るリトルの後ろ姿があった。

 「凄い事を口にしていた割には、呆気なかったね」
 
 小さく息を吐いたエドワードは、ユージーンを睨みつけた。

 「全く、何が呆気なかったねっだ。 結局、俺が最後通告を出さないと行けなくなっただろう」
 「ありがとう、エド。 とても助かったよ。 でも、勝手に買って出てくれたのは、エドの方だよ」
 「……っ、仕方ないだろう。 彼女の言い分に腹が立ったんだよっ」
 「まぁ、まぁ、これで彼女はもう来ないでしょう」
 
 そうかなぁ、話が通じなさそうな子だったから、来たりしてっ……。

 リィシャのエメラルドの瞳に、不安な色が滲んでいる事に気づき、ユージーンがそっと手を繋いでくれる。 ユージーンの眼差しが『大丈夫』だと、言っている。

 嬉しくなってしまったリィシャは、繋いだ手を強く握りしめた。 

 しかし、信じられない事が起こった。

 「コモン子爵令嬢っ! 尋常に勝負っ!」
 「えっ……」

 翌日、生徒会室にリトルは再び、突然して来た。

 ◇

 二度目のリトルの突撃の翌朝、リィシャはいつもの様に、ユージーンから贈られた白薔薇のブーケに魔力を注いでいた。

 結婚式まで枯れない様に、想いを込めて魔力を注ぐ。 綺麗に輝いた白薔薇に、リィシャのエメラルドの瞳が細まる。

 「うん、今日も大丈夫ね」

 魔力を注ぐ側に、少しでも相手を疑う気持ちがあると、綺麗に輝かない。

 しかし、ジーンに驚かされるわ。 あんな訳のわからない子まで惹きつけるなんてっ。 ジーンがモテるのは小さい頃から知っているし、ジーンが私一筋なのは分かっているけどっ!

 「分かっているけど、面白くないっ!」

 リィシャが叫んだ瞬間、背後から抱きしめてくる優しい腕がある。 リィシャの白銀の髪と、ユージーンの長い白銀の髪を結んでサイドに流した髪が、リィシャの胸の上で混じる。

 「ごめんね、シア。 不安にさせて。 このままじゃ、僕たちのブーケの光が濁ってしまうね」
 「……大丈夫よ、ジーン。 貴方が私を愛してくれていると分かっているもの」
 
 ユージーンを見上げると、熱が籠った濃い紫の瞳と交わる。 一際、濃くなった紫の瞳が閉じられ、色付いた唇が重なった。

 学園の生徒会室で、新入生歓迎会の最後の確認をしていると、旧温室のガラス扉が乱暴に大きな音を立てて開かれた。

 「頼もうっ! コモン子爵令嬢っ、私とサシで勝負をして下さい。 勿論、賭けるのはクロウ辺境伯子息の婚約者の座ですっ!」
 「えっ、嫌だけどっ!」
 
 リィシャが即答し、隣のユージーンのこめかみには青筋が立てられていた。

 「はっ?! なんで、シアが君とそんな
勝負をしないと行けないのっ」

 エドワードは生徒会長の席で持っていた書類を握りしめ、サイモンはエドワードに新たな書類を渡そうとしていた。 二人は眉を寄せて飽きれた溜め息を吐いた。

 「もう、シアお嬢様の能力でジーン様の事を忘れさせた方が早くありませんか?」
 「いや、それはしない方がいい。 どうせ、またジーンを見かけて一目惚れして、最初からやり直すのが落ちだ」
 「それもそうですね。 では、シアお嬢様が引導を渡した方が……それで諦めますかね? 彼女……」
 「何を考えているか分からない上に、話が通じないからな。 しかし、いい加減、鬱陶しいなっ」

 後ろで勝手に勝負を受けるつもりになっている二人を振り返り、リィシャはエメラルドの瞳を半眼にして見つめた。

 「サイモン、エド様っ、勝手に決めないで下さいっ」
 「しかし、もう、いい加減に鬱陶しいし、受けた方がいいだろう」
 
 エドワードは、度々リトルに生徒会の仕事を邪魔され、鬱陶しくと思っているのが、本音だろう。

 溜め息を吐いたリィシャは、隣のユージーンに意見を求める様な眼差しを向けた。

 深い溜め息を吐いたユージーンは、濃い紫の瞳を細め、眉尻を下げた。

 「仕方ない、シア。 受けてたとう。 しかし、勝敗を決める種目はこちらで考える それと賭けるのは、君が僕を諦めるか否かだ。 負ければキッパリと僕の事を諦めて、二度と僕とシアに近づくな。 無いと思うが、勝った場合は、君の生徒会入りだけを認めよう」
 
 一瞬、明るい笑顔を浮かべたリトルだったが、賭けの内容を聞いて笑顔で固まった。
 
 「えっ、私が勝った場合は私が婚約者になるのでは?」
 「なる訳ないだろう。 僕にはシアという本物の番がいるのだからっ」
 「……っ」

 暫し考えたリトルは、覚悟を決めたのか、意を決して顔を上げた。

 「分かりました。 勝負方法を教えて下さいっ」
 「よし、勝負は」

 ◇

 大きな木箱を運びながら、生徒会の面々は大広間へ向かっていた。 明日は新入生歓迎会の当日だ。 生徒会は準備の為、移動していた。

 生徒会の面々の後ろから着いてくるリトルは、息を荒くして必死に着いて来ていた。

 「せ、せん、せんぱ~いっ、もう、無理でふぅ~っ」

 大きな木箱を四回建ての屋上から別の棟にある大広間へ持って行く。 実行委員も一人も集まらず、生徒会のメンバーだけで大広間を飾りつける。

 「リトル嬢、頑張って下さい。 貴方たち一年生の為の歓迎会の飾り付けですからね」
 「は、はいっ」
 
 足を止めたリトルに優しくサイモンが声を掛ける。 いやにサイモンの笑みが優しい。

 まさか、サイモン。 自分に興味を示移させようとしているっ?!

 たまにサイモンは、ユージーンに近づく者たちを懐柔して、追い払ったりする。

 想像したよりも、ユージーンの塩対応に傷つき、引いて行く。 諦めきれなかった令嬢たちは優しいサイモンに靡く。

 サイモンに靡いた後の令嬢たちがどうなったか分からない。 サイモンは刃傷沙汰を起こした事がないので、円満解決しているのだろうと思う。

 次期辺境伯のユージーンや、次期侯爵エドワードにはよからぬ事を企む者が近づいてくる。 リィシャにさえ、ユージーンの繋ぎを期待して近づく者もいる。

 サイモン、その笑顔、とっても胡散臭いわよっ!

 ユージーンが出した勝敗方法は、どれだけ生徒会に貢献したか。 勝敗がつきにくい様な方法だ。

 ジーン、何でこんな方法にしたんだろう? まぁ、人手不足だし、一人でも増えれば助かるけれど。

 目の前で歩くジーンの背中を見つめる。

 息を吐いて思う。 たまに、ユージーンが何を考えているのか分からない事がある。

 まぁ、ずっと一緒に育ったからと言って、ジーンの全てを知っているかと言われれば、知っている訳ではないけどっ。

 リィシャは少しだけ寂しいと思うのだった。

 生徒会の面々は大広間に辿り着き、飾り付けを始めた。 若干、一人だけ息も絶え絶えになっているが。 

 生徒会の全員で大広間に飾り付けをして、端にテーブルや椅子をセッティングしていく。 音響設備を確かめて本日の生徒会業務を終えた。

 クロウ家のタウンハウスに戻り、ジーンの執務室を覗く。

 「ジーン、今、大丈夫?」
 
 書類仕事をしていたユージーンは、リィシャの訪れに、満面の笑みを浮かべて顔を上げた。

 「シア、大丈夫だよ。 丁度、休憩しようかなっと、思っていたんだ」
 「そう、なら良かった。 マドレーヌをメイドたちと一緒に焼いたの。 食べてみて」
 「勿論、シアの手作りなら何でも食べるよ」

 執務室の中央に置かれたソファへ腰掛けたリィシャの隣へ、ユージーンは自然に腰掛ける。

 「サイモン、紅茶を入れてくれ」
 「はい、畏まりました」

 サイモンは従弟だが、屋敷ではユージーンの補佐だ。 少し、他人行儀で寂しいが仕方ない。 昔の様に振る舞って欲しいと言った事があるが、すげなく断られた。

 「で、シアの本当の目的は、ブラン嬢の事?」
 「……やっぱり、分かった?」
 「分かるよ、シアの事だしね」
 「だって、何を考えてるのか分からないんだもの」

 可笑しそうに笑うユージーンの考えは、リィシャにはやはり分からなかった。

 「シアはいつも通りでいいんだよ。 その内、諦めるだろうしね」

 ユージーンの言葉に、目を丸くするリィシャの口に、マドレーヌが入れられる。

 眉間に皺を寄せてユージーンを睨みつけても、彼には全く効かない。

 口一杯になったマドレーヌを噛み砕き、何とか喉の奥に飲み込んだ。

 「ジーン」
 「ごめん、でもすぐ分かるよ。 皆、シアを舐めすぎだよね」
 
 にっこりと笑うジーンの紫の瞳には、怪しい光が宿っていた。 リィシャの身体がビクリと震えた。
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