16 / 112
2章 地中に埋まった骨鉱山
15 坑道
しおりを挟む
「ベラットってなんですか? ぼくらはそれを見たこともないんですよ。」
解は大河内に向かって言った。そして思った。
さらに訂正だ。良い人だと思うのはぜったい無理というより、良いところを探そうと思うこと自体がまちがいだ。
だって良さなんか一片もないのだ。
こんなにイヤなやつに出会ったのは生まれてはじめてだぞ、と解は自分のなかでイヤな人間ランキングを更新した。
解はあることに気づいた。
(こんなにイヤなやつが相手なのに、ぼくは思ったことをすらすらしゃべるな。)
それは解にとって新しい発見だった。
ビックリだ。
どうやら解の気づかいや遠慮はイヤなやつ相手には減退するように自動的に調節されるらしい。
なにしろこんなに感じの悪い人間に会ったことが生まれてからいままで一度もなかったので、いままで気づかずにいた。
「教えてやる。ほら、さっさと立ってついてこい!」
大河内は革のヘッドギアに灯りを装着し直した。
そして解たち四人にクルリと背を向けて大股で歩きだす。
解は立ちあがり、リュックサックをよいしょっと背負いなおして大河内のあとを歩きはじめた。
結生と、絵夢の手を引いた杉野さんがそのあとを追った。
大河内の灯りが前方を照らしたが、とはいえそれは、ほどほどに狭い範囲をぼんやりと明るくするだけだった。
三メートルほど先はもう真っ暗で視界がきかない。
「坂道だね。」
結生が言った。
その通り、この坑道がゆるやかな下り道だということを解は膝で感じた。
しめった土のにおいのなかに、ときどき腐ったようないやなにおいが混ざった。
大河内は身体が大きいぶん歩幅も大きい。
小さな子どもがいることへの気づかいなどまったく感じさせない速さだ。
杉野母娘が遅れた。
「大河内さん。」
解は大きな背中に向かって話しかけた。
「ぼくらより先にシェルギの影を通りぬけた人達はどこにいるんですか?」
「フン!」
大河内が鼻でわらう気配がした。
背は向けたままだ。
だけどほんの少し足を動かす速さがゆるんだ。
その間に杉野さんが小さな娘を抱えあげて追いついた。
解は質問をつづけた。
「その人達は先に採掘をはじめているんですか?」
「ヘッ! シェルギの影ってやつがどういうものか、どうせ、ちーっちゃい脳みそのお前に説明してもムダだ!」
大河内が声だけを返した。
それを知らない解をバカにし、バカにすることで解の知らないことを知っている大河内自身を優越感でピカピカにみがきたてるような声だ。
でもそのことは解に二つのことを教えた。
一つは声そのものによって、もう一つは大河内が返した言葉によって。
一つ、声がよく反響する。
天井が低くて壁はすぐそばだ。
どうも細くて長い道がつづいてるみたいだぞ、と解は考えた。
もう一つ。
もしかしたら、先に通りぬけた人達が近くにいるとは限らない。
解の頭が一気に動きはじめた。
(西部六番坑道っていったな。だったら東部とか北部とか、一番坑道とか二番坑道とかがあるのかもしれない。もしかしたらシェルギの影を通りぬけるときにてんでバラバラの坑道に行きつくのかもしれない。だって電車、じゃない、カラジョルってやつに乗ってたときにシェルギの影を通りぬけたら知らない場所に出たんだ。もしかしたらシェルギの影は通りぬける前とはべつの空間につながるのかも。)
そうでなければ、大河内は全員がやってくるのを待って全員に一度で話をするのではないだろうか、と解は考えた。
もしもその推測通りなら、結生が四人一緒にシェルギの影を通りぬけようと提案してくれてよかった、と解は思った。
一人だけよりずっと心づよい。
そう考える一方で、解はだんだん気が重くなっていった。
話がちがうと思った。
カク・シの話を聞くだけでは「こちら側」の案内人がこんなにイヤなやつだとは予想もしなかった。
そして話がちがうのは案内人がイヤなやつだという一点だけだろうか、とも思った。
(もっと他にもカク・シって人が黙ってたことがあるんじゃないだろうか。)
「あっちのほう、少し明るいね。」
結生が小声でつぶやいた。
解は前方に目をこらした。結生のいう通りだ。
坑道の先のほうがボウッと明るい。
よくよく見ると、狭いトンネルのような坑道の先に広い空間があるみたいだ。
ほどなくして一行はその空間に到着した。
「うわー。」
絵夢が声をあげた。
一瞬、地面がうすい緑色に見えた。
解は目をこらした。
地面にたくさんの骨が散らばり、骨の一つ一つが発光している。
緑色は骨が光る色だったのだ。
「蛍みたいな光だね。」
結生が言った。解は蛍を見たことがない。
「蛍ってこういう色をしてるの?」
「うん。蛍とか夜光虫とか、発光する虫の色だ。でもこれは虫じゃないよね。」
大河内が骨に近づき、あたりを見まわし、平べったくて大きな骨を持ちあげた。
その骨もうっすらと光っている。
「こいつがカラジョルの骨だ。」
「えっ。」
解は思わず声をあげた。
解は大河内に向かって言った。そして思った。
さらに訂正だ。良い人だと思うのはぜったい無理というより、良いところを探そうと思うこと自体がまちがいだ。
だって良さなんか一片もないのだ。
こんなにイヤなやつに出会ったのは生まれてはじめてだぞ、と解は自分のなかでイヤな人間ランキングを更新した。
解はあることに気づいた。
(こんなにイヤなやつが相手なのに、ぼくは思ったことをすらすらしゃべるな。)
それは解にとって新しい発見だった。
ビックリだ。
どうやら解の気づかいや遠慮はイヤなやつ相手には減退するように自動的に調節されるらしい。
なにしろこんなに感じの悪い人間に会ったことが生まれてからいままで一度もなかったので、いままで気づかずにいた。
「教えてやる。ほら、さっさと立ってついてこい!」
大河内は革のヘッドギアに灯りを装着し直した。
そして解たち四人にクルリと背を向けて大股で歩きだす。
解は立ちあがり、リュックサックをよいしょっと背負いなおして大河内のあとを歩きはじめた。
結生と、絵夢の手を引いた杉野さんがそのあとを追った。
大河内の灯りが前方を照らしたが、とはいえそれは、ほどほどに狭い範囲をぼんやりと明るくするだけだった。
三メートルほど先はもう真っ暗で視界がきかない。
「坂道だね。」
結生が言った。
その通り、この坑道がゆるやかな下り道だということを解は膝で感じた。
しめった土のにおいのなかに、ときどき腐ったようないやなにおいが混ざった。
大河内は身体が大きいぶん歩幅も大きい。
小さな子どもがいることへの気づかいなどまったく感じさせない速さだ。
杉野母娘が遅れた。
「大河内さん。」
解は大きな背中に向かって話しかけた。
「ぼくらより先にシェルギの影を通りぬけた人達はどこにいるんですか?」
「フン!」
大河内が鼻でわらう気配がした。
背は向けたままだ。
だけどほんの少し足を動かす速さがゆるんだ。
その間に杉野さんが小さな娘を抱えあげて追いついた。
解は質問をつづけた。
「その人達は先に採掘をはじめているんですか?」
「ヘッ! シェルギの影ってやつがどういうものか、どうせ、ちーっちゃい脳みそのお前に説明してもムダだ!」
大河内が声だけを返した。
それを知らない解をバカにし、バカにすることで解の知らないことを知っている大河内自身を優越感でピカピカにみがきたてるような声だ。
でもそのことは解に二つのことを教えた。
一つは声そのものによって、もう一つは大河内が返した言葉によって。
一つ、声がよく反響する。
天井が低くて壁はすぐそばだ。
どうも細くて長い道がつづいてるみたいだぞ、と解は考えた。
もう一つ。
もしかしたら、先に通りぬけた人達が近くにいるとは限らない。
解の頭が一気に動きはじめた。
(西部六番坑道っていったな。だったら東部とか北部とか、一番坑道とか二番坑道とかがあるのかもしれない。もしかしたらシェルギの影を通りぬけるときにてんでバラバラの坑道に行きつくのかもしれない。だって電車、じゃない、カラジョルってやつに乗ってたときにシェルギの影を通りぬけたら知らない場所に出たんだ。もしかしたらシェルギの影は通りぬける前とはべつの空間につながるのかも。)
そうでなければ、大河内は全員がやってくるのを待って全員に一度で話をするのではないだろうか、と解は考えた。
もしもその推測通りなら、結生が四人一緒にシェルギの影を通りぬけようと提案してくれてよかった、と解は思った。
一人だけよりずっと心づよい。
そう考える一方で、解はだんだん気が重くなっていった。
話がちがうと思った。
カク・シの話を聞くだけでは「こちら側」の案内人がこんなにイヤなやつだとは予想もしなかった。
そして話がちがうのは案内人がイヤなやつだという一点だけだろうか、とも思った。
(もっと他にもカク・シって人が黙ってたことがあるんじゃないだろうか。)
「あっちのほう、少し明るいね。」
結生が小声でつぶやいた。
解は前方に目をこらした。結生のいう通りだ。
坑道の先のほうがボウッと明るい。
よくよく見ると、狭いトンネルのような坑道の先に広い空間があるみたいだ。
ほどなくして一行はその空間に到着した。
「うわー。」
絵夢が声をあげた。
一瞬、地面がうすい緑色に見えた。
解は目をこらした。
地面にたくさんの骨が散らばり、骨の一つ一つが発光している。
緑色は骨が光る色だったのだ。
「蛍みたいな光だね。」
結生が言った。解は蛍を見たことがない。
「蛍ってこういう色をしてるの?」
「うん。蛍とか夜光虫とか、発光する虫の色だ。でもこれは虫じゃないよね。」
大河内が骨に近づき、あたりを見まわし、平べったくて大きな骨を持ちあげた。
その骨もうっすらと光っている。
「こいつがカラジョルの骨だ。」
「えっ。」
解は思わず声をあげた。
0
あなたにおすすめの小説
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)
tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気!
人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる