ひごめの赤い石

スズキマキ

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第1章 とても古い屋敷のなかで

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「聖、どうしてここに。一人でもどってきたのか」

 一瞬その場に沈黙がおりた。
 そしてそのとき、あの柱時計の鳴る音がかすかに、ほんのかすかに聞こえた。
 三人ともが黙ったからようやく聞こえるほどに小さな音だった。
 ミチはつい時計の鳴る音を数えた。
 ぼーん、ぼーん、ぼーん、ぼーん……。
 
どうやら進一郎もミチとおなじことをしたようだ。進一郎は顔をしかめた。
「うわ、もう六時か」
「ごじはんまでまったよ。すなもりさんがおくってくれた」
「ああ、砂森先輩も道場へ行くから、ついでにここまで来てくれたのか」
「うん」
 ミチは自分の背中のあたりがざわつくのを感じた。
 ふつふつと鳥肌が立ったのだ。
(この声は)
 進一郎が聖に近づいた。
「こっちへ入ってくるなよ、聖。この先は真っ暗だ」
「くらくてもあかるくてもおなじだよ」
 進一郎が少しだけうつむき、居心地の悪そうな様子になった。
「お前にはそうかもしれないな」
 が、すぐに進一郎は気をとりなおしたようにスッと背筋をのばした。
「でもとにかく入ってこなくていい。さあ母屋へもどるぞ、聖」
「うん、にいさん」

 その子は、ミチとおなじくらいの年齢に見える男の子だった。

 書庫へたどりついたミチは裸電球のあかりの下でその子をまじまじと見つめた。
 さらさらしたまっすぐな髪の毛、かたちのいい鼻筋、うすい唇。
 やがてミチの視線がその子の目元にくぎづけになった。
 男の子は目を閉じている。ミチは思わずつぶやいた。
「目、どうして。」
 進一郎がミチを見た。
「なんだ、君は枯内障こないしょうの子に会うのが初めてか」
「こないしょう」
 ミチはおうむがえしにつぶやいた。
 きいたことのない言葉だ。

「ねえ、きみ」
 呼びかけられてミチの体がびくんっとはねた。
 ミチは自分を呼んだ声のほうへ視線を走らせた。
 聖がミチに顔を向けていた。
 目はあいかわらず閉じたままだ。聖がゆっくりと口元をほころばせた。
 そしてその口がしずかに声を発した。
「そと、くらいよ。もうすぐまっくらになる」
「ああそうだ、君、そろそろ帰ったほうがいい。遅くなってしまった」
 進一郎がその言葉にうなずいた。
 ごく当たり前のようなその言葉にミチはとまどった。
 ミチは進一郎の顔をまじまじと見た。はじめに会ったときよりも少しばかり顔色がさえないように見える。だけど表情は落ち着いていた。
(進一郎さんはさっきの出来事をどう考えているんだろう)とミチは思ったが、そのこたえを進一郎の表情からうかがい知ることはできなかった。

 ミチは口ごもりながら、それでも言った。
「でも、ここのことをだれかに言わないと」

「 だ め 」

 聖がつぶやいた。
 さっきまでよりも声が高くなった。

「 な い し ょ 」

 ミチは息をのんだ。
 あの声だ、と思った。舌足らずな、あの声。隠し扉に入る前にきいた、
「 あ け て 」
 という声。

 ミチは混乱した。
 あの声はたしかにここの奥から聞こえたのに、聖はいま書庫に立っている。
 一体どうやってここまで移動したのだろう。
 それに進一郎はどうしてミチが気にしていることを気にしないのだろう。
 ミチの顔色が変わったのに気づいたのかどうかはわからないが、ふ、と聖の声がもどった。
「おとなにいってはだめだ。どうせいってもほんきにしない」
「わかっている、聖」
 進一郎がなだめるように言った。
「お前の言う通りだ、だれに話したって真に受ける人はいないだろう」
「いや、でも、進一郎さん」
 ミチは言いつのり、そして気づいた。
 進一郎がこんなことを言うのは、たぶん彼自身がいまの出来事を信じられずにいるからだ。(なかったことにしたいとか、さっさと終わりにしたいとか、そんな感じだ。)とミチは思った。
 その一方でミチは聖の様子が謎だった。
 まるで――まるで、聖が隠し扉の奥になにがあるのか、そこでなにが起きたのか、知っているように、ミチは感じた。

 そのときミチの頭のなかにふっとある人の姿が浮かびあがった。
 ミチは勢いこんだ。
「津江さん、そうだ、津江さんがいます、進一郎さん、津江さんに話しましょう」

「 だ め 」

 聖の声がいっそう舌足らずに変化した。
 ミチの肌が総毛だった。どうしてこの子がこんなにこわいんだろう、とミチは思った。
 それでもどうにかミチは聖の顔を見た。
 聖は目を閉じたまま、ミチのほうへ顔を向けていた。
「 か え っ て 」
「君、これ」
 進一郎がミチに向かって手を差しだした。
 その手には一冊の本。
 さっき、といってもミチにはその本を見てからいままでにひどく長い時間がたったような、まるで三日も四日も前のような気がしたが、実際にはほんの一時間ほど前に進一郎が書庫の高いところから見つけた本だ。
 津江さんに言いつかった本。
 ミチは、その本を受けとった。
 そして受けとったことで、聖と進一郎の言葉をミチが受け入れるような空気になってしまった。

 聖が、ゆっくりと、ほほえみを浮かべた。

「 ま た ね 」 
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