ひごめの赤い石

スズキマキ

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第7章 決着をつける

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 四日ぶりに真正面から見つめあった津江さんは、ほんの少しだけ目を細めた。
「お前さま、やはり良い子ぞな」
 八つ当たりがしたくて仕方ないミチとしては、いまこのタイミングでそんな言葉を聞いて、ずいぶんずれたことを言われた気分になった。
 津江さんはさっと体をひるがえしてスタスタと歩きだした。
「一緒に来やれ。ミチどの、お前さまが会わねばならぬ者がおるえ」
 ミチは一瞬、立ち止まって喪服の後ろ姿を見つめた。
(ぼくがついてこなかったら、津江さんはどうするんだろう)と思った。
 ミチがこのままとどまって、しばらく歩いた津江さんがそれに気づいて、そしたら津江さんは困るのだろうか、それとも怒るのだろうか。
 少しくらい困ればいいんだ、とミチは思った。
 こういう気持ちは逆恨みと八つ当たりのうち、どちらの言葉の方が適切だろうか、とミチは考え、でもそれは少しの間だけで、結局は急ぎ足になって津江さんのあとを追った。
 ミチだって自分が本当はどうしたいのかわかっている。
 本気で逆らうつもりなら、そもそも葬式を抜けてついてきたりしない。

 津江さんがミチにたずねた。
「ミチどのはあれから快斗かいとどのやさえどのには会うたかえ」
「だれにも会ってません。うちから出たのが四日ぶりです」
「そうかえ。うらはあのあと毎日ひごめ館に来たけれど、障療院しょうりょういんの子らにはとんと会えずじまいだったぞな。みなお前さまとおなじように、外へ出なんだようでの」
「土曜と日曜は障療院もお休みじゃないですか」
「おお、それもあったの。曜日というのはふしぎな区切りぞな」
(この人はやっぱり人間っぽくないよな)
 と、ミチは思った。
 それから思い切ってたずねた。

「津江さん、津江さんはアヤなんですか?」

 ミチはまっすぐに津江さんを見つめた。
 津江さんが振り向いた。
 そしてミチを見つめ返し、意外なことを口にした。
「ミチどの、ミチどのは色無閣しきむかくという明治時代の建物があるのは、知っておるかえ。ひごめ館の中央にあるぞな」
「はい、一度入りました。会長さんが入れてくれました。ホールにいろいろな写真があって、あ、津江さんの写真もありました」
「見たことがありなさるかえ、それなら話が早い」
 津江さんがふと目を細めた。
「あの写真は、とあるアヤの寄主よりぬしえ」
 ミチはたずねた。
「津江さんの寄主ってことですか」
「いいや、ちがうえ。津江という名字はおなじだが、あれはうらのご先祖にあたる人ぞな。写真は明治二十年ごろの撮影だったはず」
「――え?」
「六代前の津江家の奥方で、貞代さだよという。生まれは文政年間。血筋とはいえ、うらとよく似ておるえ」
 ミチはぱちぱちと目をまたたいた。
 一生懸命に頭をひねって津江さんの言葉の意味を考えた。
 すると津江さんが目だけでしずかにほほ笑んだ。
「ミチどの、まねをするのはアヤに限らぬえ。人がアヤをまねて何が悪い?」
「ええと、つまり」
「うらがまねたアヤはいま外国におる。そのアヤは貞代どの亡きあと、なんと写真をまねたぞな。それがあの写真え。貞代どのの姿がよほど気に入ったと見える。ああ、数年前に遠くを見てみたいと言いだしての、いま外国におるえ」

「――つまり、津江さんは人間? 津江さんのご先祖をまねたアヤの、さらにまねをしているんですか?」

 ミチはつい正直につぶやいた。
「そんな話し方なのに?」
「おかしいかえ。まあ、おかしいとはよく言われるが」
 ミチは津江さんの顔をまじまじと見た。穴があくかと思うほど見つめた。それからたずねた。
「アヤたちは知っているんですか?」
「うらがアヤにこの話をしたことはない。もしカゲイシオオカミあたりに知れたら、いまごろ喉を一噛みにかみ殺されているかもしれぬぞな」
 たしかに、とミチも思った。あのカゲイシオオカミならやりかねない。
 それなのに平然とアヤのまねをしつづけ、しかも見破られずにきたことを、ミチは(やっぱり津江さんが人間っぽくないからだろうか)と考えた。
 津江さんが言った。
「あるいはナナカマドウシあたりはうすうす気づいておるのかもしれぬが、さりとて正面切って確認されたことは、まだないぞな」
「ナナカマドウシさんは人間の細かいところまで見てないと思います――それより、津江さん、いまからどこへ行くんですか。これから何をするつもりですか」
 ミチはたずねた。
 津江さんが短くこたえた。
「後始末ぞな」
「お葬式より先にですか」
「今ならみなが座敷に集まっておるによって、あの場所へ入れるぞな。この四日間はいつもなら家を空けておる狭間家の大人や縁戚が集まって、うらたちが忍びこむ隙がなかったえ」
「後始末って、なんの後始末ですか、津江さん、赤い目のアヤは――」
 それを口にしたとたん、ふとミチは気になった。
「あいつはどうなったんでしょうか。あちらの世界へ、かえったんじゃないんですか。カゲイシオオカミはそう言ってました。あのはかのなかへ入ったらアヤは元いた世界へもどることになるって」

かえる、など、どこのおとぎ話ぞ」
 津江さんがそっけなく言った。

 風が吹いて津江さんの喪服の袖をゆらした。
 乾いた風だ。
 一ツ目山と二ツ目山の木々がゆれてザザアーっと音がした。

「命というものはくものぞ。ひたすらに、一方向を進むもの」

 進む、とミチはその言葉を口のなかで転がした。

「そしてものごとすべて、始まりがあれば終わりもあろう」

 津江さんが足を止めて、体ごとミチに向きあった。
 ミチも立ち止まった。津江さんを見つめた。
 津江さんは言った。
「これからあることをたしかめるえ。それであのアヤがどうなったのか推測できる」
「あること、ですか。なんですか」
 津江さんがメガネごしの視線をミチから外して移動させた。そして言った。
「おお、来なさった。よう歩きなさっておるえ」
「はい」
 ミチはドキッとした。聞きおぼえのある声だ。ミチは津江さんが見つめている者を目で追った。そしてさらにドキッとした。

 津江さんの視線の先に、聖が立っていた。
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