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私、帝国領で暴れます!
王
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痛々しい鉄の鎖に繋がれたその人を見れば、確かに似ている。金の髪も青い瞳も、弟子よりは少し濃いけど。
性別は違っていても、どことなく面影はある。
『金貨60!』『80!』『130!』『200!』『210!』『300!』
不愉快だ。
吊り上げられていく値段を聞きながら、そう思う。競り合いはいい。だけど、対象がダメだ。
私の弟子が泣いている。
私に悟られまいとして、声を押し殺しながら、泣いている。
何故こんなにも、心が荒れるのか。ただ弟子が、泣いているだけ。それなのに、何故こうも激情に駆られるのか。
女の人には、痛々しい痣がある。鎖に繋がれて、弱っている。
ただそれだけなのに。
わずか数日程度の付き合い。それも、半分以上は寝ていたはずだ。
その程度しか、一緒にいないのに。
『500!』『610!』『800!』『820!』『850!』
うるさいな。いい加減に黙ってほしい。
本当に不快だ。
迎えた絶頂を尚越えていく会場とは比例して、私の気分はどんどん冷めていく。凍えるように、冷たく。寒く。
弟子。口を押えていなくても、声を漏らしたっていいんですよ。大きな声で、私に伝えて。
『お母さんを助けたい』って。
そうしたら私が、必ず助けてあげられる。それは決して、迷惑なんかじゃない。
私はあなたの、師匠でしょう。たった数日ではあっても、半分以上寝ていても。
確かに師弟として過ごした日々が、あるでしょう。
私だって、なんでこんなにも弟子に入れ込んでいるのかなんて、分からない。でも、助けてあげたいと思ったから、助けたい。
だから、弟子。
「ねえ、弟子」
「……はッ、ぃ」
「我慢する必要なんて、ないですよ。私はあなたの、師匠でしょ」
想いを伝えてほしい。
今私の膝の上に乗っている、小さな小さな男の子。他人の為に頑張れる、優しい子。かわいい可愛い、私の初弟子。
少しくらい我儘を言ってくれても、私には、それを叶えてあげられるだけの力がある。
大事に思っている弟子の為に力を振るわず、いつ振るうというのか。
魔物の虐殺? 人類の鏖殺?
そんな血に塗れた道を辿って、私は幸せになれるのか。加虐趣味でもない。血なんて好きじゃない。苦しみも痛みも、悲しみも。私の人生には全部いらない。
他人が不幸になろうと、知ったこっちゃない。痛い痛いと叫んでいても、人生を嘆いていても、絶望していても。
そんなのには興味無い。私の人生じゃない。自分たちの責任だ。
だけど、弟子は違う。救われてほしい。幸せになってほしい。不幸を感じて欲しくない。絶望してほしくない。悲しんでほしくない。
『金貨1000枚!!!!!』
そんな雑音たちは、どうでもいい。競り合いの声も、どよめきも。
「ねえ、弟子。あなたはどうしたい?」
何度でも聞きます。弟子が答えないなら、勝手に暴れるだけですよ?
たったの数日程度ですけど、どうやら私は、弟子の事を気に入っていたみたいなので。
「ぼ、くは……。……たす、助けて、ほしいです……。母さん、なんです……。あの人は、ぼくの……お母さんなんです……。助けて……」
「任せなさい」
一応、確認だけはしておきましょうか。事前に報告を入れたり、相談したりは大切だって学びましたからね。
「ねえ、皇子。あの人、私にくれませんか?」
「は? ……い、いや、それは不可能だ。もう既に、金貨1500枚などと言う額が付いている。私では払えない……」
「そうですか。じゃあ、仕方ないですよね」
ええ、仕方ないです。この国の皇族でも無理なら、私がやるしかありません。
死人は出来るだけ出さないようにしますけど、出たらのなら、それはもう仕方ない。運が悪かったと諦めてほしいです。
「さぁッ!!! 金貨2000枚! 2000枚ですッ!!
他にいませんか!? 居なければ89番様に決まりますが、よろしいですかッ!?」
少しでも値を上げようと、壇上のタキシードさんが声を張り上げ、客を煽っています。
その声を聞きながら、私は一人、席を立つ。
雑音は、もうない。
先程まで熱狂していた雰囲気はなりを潜めて、今はただ、静かに静かに、なんの音も響いてこない。
「いいですね。静かなのは、とてもいい」
貴賓席のガードを乗り越えて、女性に向かって中空を歩くセレスティア。
彼女は暗い空間内にいながら、輝いていた。体から放たれる白金色の魔力は闇を祓い、彼女だけを照らしている。
その姿は夜の闇に輝く月のように、静謐で。闇を一掃する太陽のように、力強く。野に咲く一輪の花のように、気品と美しさを兼ね備えていて。
その絶対的な力は、人々に身動ぎをすることすら不敬であると、そう認識させた。声を発するなど論外。
故に会場は、静まり返る。
その中を、一歩一歩、踏みしめていく。中空に現れた魔力は波紋を広げ、一つ出来ては、一つが消える。
やがてセレスティアは、壇上に立った。
「こんにちは。あなたを助けに来ましたよ」
放出した魔力によって威圧され、衣擦れの音すら立たせない様にしている会場の中にあり、その声はよく響いた。当然、今も壇上に立っているオークショニアの耳にも、届いている。
しかし、動かなかった。そして、静止の声すらも発さなかった。
目の前で、女を繋いでいた鎖がバキバキと音を立てて破壊されようとも。衰弱著しい様が、一瞬にして回復していようとも。
異常な空間内で、女二人が会話をしていようとも。
何も出来なかった。
「じゃあミーナスさん。お家に帰りましょうか。弟子も待ってますからね」
「よ、よろしくお願いいたします……」
その声は、会場全体に響いていた。
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エール感謝11本目!
性別は違っていても、どことなく面影はある。
『金貨60!』『80!』『130!』『200!』『210!』『300!』
不愉快だ。
吊り上げられていく値段を聞きながら、そう思う。競り合いはいい。だけど、対象がダメだ。
私の弟子が泣いている。
私に悟られまいとして、声を押し殺しながら、泣いている。
何故こんなにも、心が荒れるのか。ただ弟子が、泣いているだけ。それなのに、何故こうも激情に駆られるのか。
女の人には、痛々しい痣がある。鎖に繋がれて、弱っている。
ただそれだけなのに。
わずか数日程度の付き合い。それも、半分以上は寝ていたはずだ。
その程度しか、一緒にいないのに。
『500!』『610!』『800!』『820!』『850!』
うるさいな。いい加減に黙ってほしい。
本当に不快だ。
迎えた絶頂を尚越えていく会場とは比例して、私の気分はどんどん冷めていく。凍えるように、冷たく。寒く。
弟子。口を押えていなくても、声を漏らしたっていいんですよ。大きな声で、私に伝えて。
『お母さんを助けたい』って。
そうしたら私が、必ず助けてあげられる。それは決して、迷惑なんかじゃない。
私はあなたの、師匠でしょう。たった数日ではあっても、半分以上寝ていても。
確かに師弟として過ごした日々が、あるでしょう。
私だって、なんでこんなにも弟子に入れ込んでいるのかなんて、分からない。でも、助けてあげたいと思ったから、助けたい。
だから、弟子。
「ねえ、弟子」
「……はッ、ぃ」
「我慢する必要なんて、ないですよ。私はあなたの、師匠でしょ」
想いを伝えてほしい。
今私の膝の上に乗っている、小さな小さな男の子。他人の為に頑張れる、優しい子。かわいい可愛い、私の初弟子。
少しくらい我儘を言ってくれても、私には、それを叶えてあげられるだけの力がある。
大事に思っている弟子の為に力を振るわず、いつ振るうというのか。
魔物の虐殺? 人類の鏖殺?
そんな血に塗れた道を辿って、私は幸せになれるのか。加虐趣味でもない。血なんて好きじゃない。苦しみも痛みも、悲しみも。私の人生には全部いらない。
他人が不幸になろうと、知ったこっちゃない。痛い痛いと叫んでいても、人生を嘆いていても、絶望していても。
そんなのには興味無い。私の人生じゃない。自分たちの責任だ。
だけど、弟子は違う。救われてほしい。幸せになってほしい。不幸を感じて欲しくない。絶望してほしくない。悲しんでほしくない。
『金貨1000枚!!!!!』
そんな雑音たちは、どうでもいい。競り合いの声も、どよめきも。
「ねえ、弟子。あなたはどうしたい?」
何度でも聞きます。弟子が答えないなら、勝手に暴れるだけですよ?
たったの数日程度ですけど、どうやら私は、弟子の事を気に入っていたみたいなので。
「ぼ、くは……。……たす、助けて、ほしいです……。母さん、なんです……。あの人は、ぼくの……お母さんなんです……。助けて……」
「任せなさい」
一応、確認だけはしておきましょうか。事前に報告を入れたり、相談したりは大切だって学びましたからね。
「ねえ、皇子。あの人、私にくれませんか?」
「は? ……い、いや、それは不可能だ。もう既に、金貨1500枚などと言う額が付いている。私では払えない……」
「そうですか。じゃあ、仕方ないですよね」
ええ、仕方ないです。この国の皇族でも無理なら、私がやるしかありません。
死人は出来るだけ出さないようにしますけど、出たらのなら、それはもう仕方ない。運が悪かったと諦めてほしいです。
「さぁッ!!! 金貨2000枚! 2000枚ですッ!!
他にいませんか!? 居なければ89番様に決まりますが、よろしいですかッ!?」
少しでも値を上げようと、壇上のタキシードさんが声を張り上げ、客を煽っています。
その声を聞きながら、私は一人、席を立つ。
雑音は、もうない。
先程まで熱狂していた雰囲気はなりを潜めて、今はただ、静かに静かに、なんの音も響いてこない。
「いいですね。静かなのは、とてもいい」
貴賓席のガードを乗り越えて、女性に向かって中空を歩くセレスティア。
彼女は暗い空間内にいながら、輝いていた。体から放たれる白金色の魔力は闇を祓い、彼女だけを照らしている。
その姿は夜の闇に輝く月のように、静謐で。闇を一掃する太陽のように、力強く。野に咲く一輪の花のように、気品と美しさを兼ね備えていて。
その絶対的な力は、人々に身動ぎをすることすら不敬であると、そう認識させた。声を発するなど論外。
故に会場は、静まり返る。
その中を、一歩一歩、踏みしめていく。中空に現れた魔力は波紋を広げ、一つ出来ては、一つが消える。
やがてセレスティアは、壇上に立った。
「こんにちは。あなたを助けに来ましたよ」
放出した魔力によって威圧され、衣擦れの音すら立たせない様にしている会場の中にあり、その声はよく響いた。当然、今も壇上に立っているオークショニアの耳にも、届いている。
しかし、動かなかった。そして、静止の声すらも発さなかった。
目の前で、女を繋いでいた鎖がバキバキと音を立てて破壊されようとも。衰弱著しい様が、一瞬にして回復していようとも。
異常な空間内で、女二人が会話をしていようとも。
何も出来なかった。
「じゃあミーナスさん。お家に帰りましょうか。弟子も待ってますからね」
「よ、よろしくお願いいたします……」
その声は、会場全体に響いていた。
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エール感謝11本目!
応援ありがとうございます!
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