記憶を失い孤島に漂流した僕は、とある狩人に救われました。――神域結界のはぐれ者

白夢

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#4 家族

33 美しいもの

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 三つ目の街に滞在した時だったと思う。

 私は街を見下ろす小高い丘の上で、彼女の隣に座っている。


 ジャックはこの遠征を通して、色々な街の見回りをしているようだった。


 あれほど何度も約束したのに、ほんの少し目を離しただけでアインはふらりとどこかに行ってしまう。

 私は努めて、彼女から離れないようにした。


「アンタって、旅行とか行くの」
「娯楽目的での移動はしない。出張や異動、遠征ならあるが」
「ふぅん。好きそうなのに」

「何故そう思う?」
「アンタ、好きでしょ。色々なものを見るの。島でもそうだった。アンタって、色々絵を描くのが好きだし」

「……そんなに絵ばかり描いていられないんだ」
「なんで? 好きなのに。肖像画を描くんでしょ?」
「それも幼い時の話だ」

「どうして?」
「そんな暇はないんだ」
「アンタは暇潰しに絵を描いてるわけじゃないでしょ」

「……絵なんて、ただの暇潰しだろう。何の生産性もない」
「そう? アンタは楽しそうにしてる、それだけで十分じゃないの?」

 アインはそう言って首を傾げた。

 彼女の髪は長い。
 大陸の石鹸で洗っているから、それは少しずつ艶を取り戻していて艶めかしい。


「お前は好きなのか、私の絵が」
「好き。絵よりはむしろ、アンタの描いてる姿が好き」

 絵なんて見えもしないのに。

 その迷いのない返事は、間違いなく想像通りだった。
 それでも私はたじろいて、俯いて口ごもった。


「……それなら別に、描いてもいいかもしれないな」

 ことあるごとに肖像画を描いてルシファーに贈っていたのも、もうずいぶん昔のことだ。
 当時描いた絵のうち何枚かは自分で持っていて、研究所の執務室兼自宅に飾っていたのだが、今はどうなったのだろう。


「肖像画、か」

 最後に描いたのは、確かアインの絵だった。

 あれは間違いなく私の中で最高傑作に違いなかったが、今ならそれより上手く描けるような気がした。
 何の根拠もない自信だったが。

「……」

 暫し、沈黙が流れた。

 元々私も彼女もそんなに饒舌な方ではないので、こういう沈黙は割とよくある。そ
 んな沈黙の最中に彼女が見せる、何気ない仕草を、美しいと感じる。


「アンタって、アタシの顔を見てるのが好きなの?」
「美しいと思ったものを見ているだけだ」

 そう言うと、彼女は何故か呆れたような様子を見せた。

「アタシの顔なんていつでも見られるでしょ、滅多に来ない旅行中なんだから、風景でも見てなよ」
「何を見るかは私の自由だ」

 ムッとしてそう言うと、彼女は思わずといった調子で噴き出して、それを誤魔化すような咳ばらいをした。


「なんだ、私は何かおかしなことを言ったか?」
「そう……だね。アンタって、案外可愛いところがあるんだなって思ったの」
「……私は可愛くない。決して」


 努めて強調してそう言ったのだが、彼女はハイハイと適当にあしらうような返事を返す。

 いつになったら対等に見てもらえるのだろうかと、焦燥感すら覚えてしまう。


「アイン」
「何?」
「私のことを、子供だと思うか?」

 アインは、見えもしない街を見下ろしながら、クスクス笑った。

「アンタはどう思っててほしいの?」
「子ども扱いしないでほしい」
「アンタってばホント、可愛いね」

 アインは心底楽しそうにまた笑う。

 ああ、狡い。

 その笑顔を見て、何故か私はそう思った。
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