滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢

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08 異世界

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 レイスさんが爽やかな笑顔で匙を投げた後も、わたしたちは最善を尽くして木の中に入ろうとした。

 ロイドさんを説得し、ホーンウルフたちと一緒に木を揺らしてみたり。
 アリスメードさんが矢を打ち込んでみたり。
 シアトルさんが魔法陣を書こうとしたり。
 キースは無駄に鳴いて威嚇したり。
 ホーンウルフたちとスードルが風や魔力の流れを読んで、どこかに穴が空いてないかと探してくれた。
 
 
 わたしも、何か起きるかもしれないと思って大樹に実る光る木の実を投げつけてみたり、意味深な形に並べてみたりした。
 あと、どうやっても持ち出せないツナマヨおにぎりを、なんとかキースに食べさせようとしてみたりした。


 ……いや、後半ちょっと飽きて遊んでたことは否定しないけど、でも最善を尽くしたつもりだ。
 

 木を揺らしたら、鳥の巣が落ちてきて親子共々串刺しになった。
 魔法陣を書こうとしたインクは、謎の力に弾かれた。
 キースの威嚇は、ツナマヨおにぎりを投げつけるわたしに怒っていたのかもしれない。
 ホーンウルフたちとスードルは、木にも部屋にも虫食い一つ見つけられなかった。
 

「気が進まないけど……スズネに一人で行ってもらうしかない」

 そういう結論になるのは、仕方のないことだった。


「イヤ! スズ、イッショ!」

 キースは大声を上げてそう言う。

「スズ、マモル! ヒトリ、ダメ!」

 キースはわたしのお腹にリュックサックみたいに張り付いた。
 装備がなかったら、鉤爪でズタズタにされてそう。
 

「仕方ないじゃん。だって入れないし」

 わたしは地面に座って、諦めモードだ。
 
 
「そうよね、なんとかして入れればいいんだけど……」

「スードルに補助してもらったあたしの魔術で、吹っ飛ばなかったのに? 王都が2つくらい消し飛ぶくらいの威力で撃ったのに、ほとんど吸収されたんだよ!」

「吸収されなかったらどうするつもりだったんだよ」
「わたしたちが無事だったのが奇跡だったんですね」

 知らないうちに命の危機だったみたいだ。世界が滅びる前に死ぬとこだった。
 
 
「アリス、知り合いの宮廷魔術師とかいないのか。解呪を頼めよ」

 とロイドさんが言う。
 
「でもこの部屋の結界って、魔術なんですか? ダンジョンのトラップと同じ構造なら、解呪なんてできませんよ」

 とスードル。
 

「そうなんだよな。なんとかしたいんだけど……」

 やっぱり、幼女一人を未知の都市へ送り出すというのに抵抗を感じているらしく、全員がなかなか踏み切れない。
 
 アリスメードさんの顔色を伺ってるだけのような気もするけど。
 

「大丈夫ですよ。わたし、行きます。一人で」

 結局、そういうことだ。わたしはなんとなく知っていた。
 たぶん、最初からそういう予定だったんだと思う。
 

「ダメ! イヤナヨカン!」

「そのフラグみたいな台詞がダメなんだよ。一方通行ってわけじゃなさそうだし、危険なら戻って来られそうだし、大丈夫だよ」

 木の中は不自然なまでの螺旋階段になっている。
 どこまでもどこまでも降りている。
 

「他の人を待ってても、時間の無駄遣いになっちゃうかもしれないし。大丈夫ですよ! わたし、成長しましたから」

 そう、わたしはここに来たばかりのときのわたしとは全然違う。

 生きる目的もその手段も、仲間も道具も全部ある。
 

 今更、一人旅に出たって、それは孤独な旅じゃないはずなのだ。


 ……もし、アリスメードさんたちがわたしと出会わなかったとしても、暇を持て余したわたしは、いずれこの入り口を見つけたと思う。
 
 そしてわたしは、この階段を降りたはずだ。
 

 一人で降りるっていう事実は変わらない。
 わたしを転生させた、神様か天使様の思惑通り。ちょっと危険、かもしれない。

 けど、ただ一人で行くのとは、その装備も心持ちも全然違う。

 だから大丈夫。


「だって、みなさんとは2回くらいお別れしたけど、結局また会えたし。だから今回も大丈夫です。絶対に! キースもそうでしょ? わたしが強いってこと、よく知ってるじゃん」

「……キー」

 キースはしょんぼりしてわたしから離れ、そして大きくなり、人の姿に変わった。


 雪山で見たときは夜だったからよく見えなかったけど、森の中で佇むキースは、幼女のわたしから見てもめちゃくちゃに可愛い女の子で、まるで森の妖精さんみたいに見えた。

 白くて滑らかな肌をしていて、ふわふわの毛皮は、そのまま暖かそうな服へと変貌を遂げている。

 
 つぶらで大きな瞳は、左右の色が違う。
 片方の眼は、魔力を受けてギラギラ輝き、中の模様が光っている。

 何か能力があるのか、それとも人になれるということ自体が能力なのか、わたしには分からない。

 いずれにしても、それは吸い込まれそうなくらいに綺麗だ。


「スズ。これ、貸して、あげる」

 キースは自分の足首につけたメダルを、その手で外す。

 それはキースの体を離れた瞬間に輪の部分が広がり、鎖へと形を変えた。
 驚く間もなく、キースはそれをわたしの首にかけた。
 

「えっ、いいの? だって、これないとキース、困るんじゃないの?」

 キースはここに魔力を貯めることで、いつでも大きくなったり小さくなったりしていた。

 いわばこれはキースの携帯食料。いつも肌身離さず持っている。
 

「大丈夫。この森、おなか、空かない。待ってるだけ。だから、平気」
「でもわたし、魔力はいっぱいあるもん。大丈夫だよ」

「いいの! ……お守り、だから。持って行ってほしい。お願い」

 キースは両方の目にいっぱい涙を浮かべて、わたしを抱きしめた。


 わたしは、触り慣れたもふもふの毛皮を、いつもと同じように撫でる。

「うん、ありがと。絶対返すね」



 そしてわたしは、階段を降り始めた。
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