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24 せーえーぶたい

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 社の広場には、既にカラカラカチカチ、無機物が擦れ合うような音が満ちている。

「みんな、揃ってるみたいだな。近くにいたのか?」

 ケケから降り立ったルルを、彼らは注意深く見つめていた。


「……みんな、ルルだよ」

 カラカラ、カチカチ、濡れた鉱石の触れ合う音。

 その体の大きさは、大柄な大人くらいはある。


「ケケッ! ウゥェレ・フォ・コボルトだ。ルルの言う通り、できるだけたくさん連れて来たゼ。火山にいたヤツラだけじゃなく、峡谷からも連れて来た。戦闘できるヤツなら中央都市の騎士団にも引けは取らない、移動するときは箱に入れてオレが持ち運べばまとめて持っていける! それに建築と設計も得意なんだゼ! 時間はかかったけど、頼もしいだろ!」

 とケケが言う。

「ん」


 彼らの体の多くは、鉱石や硫黄の結晶、その他の岩石、他の魔物の骨、冒険者のものであろう装備の一部、などが組み合わさってできている。
 
 なので彼らが動くたびに、カラカラ、カチカチ、硬い音が鳴っているのだ。


『ギャザ・ト・ルーチェス! エリート・フラメン・ケイ、キカン!』

 チビヨロイが飛び出してきて、ぴょんぴょん跳ねて高らかに言った。

「ん」


 彼らのうちのほとんどはその体は水晶か、鈍く光を放つ金属だったが、ほんの一部はキラキラ輝く青や緑の宝石や、真っ赤な魔晶石だったりした。


『ギャザ・ト・ルツィフェル』
『ワレラ、ツドウ、ナニユエニ?』

 重なった鉱石の隙間から、鈍く輝く光が見える。
 それが彼らの目なのだろう。

「せつめい、してない?」
「火山のヤツラには言ったけど、谷の方にいたヤツラは知らないかもな」

「……わかった。コイシたち、てつだってほしい」

『ナンナリト、オオセツカリマス』


 既にヨロイたちも、勢揃いしていた。

 彼らはコイシたちとは反対側に、ちょうど二つの種族でルルを囲むようにして立っている。


 ルルはジャックの上に乗って、せいいっぱい背伸びし、咳払いした。

「ルル、やくそくする」

 そして、できるだけ威厳のある声を心がけながら、ゆっくりと言う。
 
 
「おんせんも、いせきも、かざんも、もりも、みずうみも。みんなまもる」

 ルルは、をみなぎらせ、彼らに言った。


「みんな、のこってるまもののなかで、つよいほう。ちからあわせて、たたかうのです」


『タタカウ、ニンゲント?』
『ニンゲン……コワイ……』

『ミナゴロシ!』
『ミナゴロシ!』


 不安を訴えるコイシたちと、いきり立つヨロイたち。

 ルルは彼らを交互に見て、首を振った。

「ひとびと、おいだす。みなごろしは、しないです」


『オイダス?』
『タタカイワナイ……?』

『ミナゴロ……シナイ?』
『ミナゴロ……シタイ』

 コイシたちはホッとする一方、ヨロイたちは困惑している。


「ひとびと、ぜんぶたおされること、とてもきらう。これを、きゅーそねこをかむ、といいます」

「キューソ……何? なんて言った?」
「……」

 ケケが聞き返したが、ルルはそれを黙殺した。


「ルル。追い出すのは殺すより難しいぞ。故郷に執着する者は少なくはないだろう」

「そこで、ルルはでえたをひつようにします」


 ルルは魔力を操り、空へと上げた。

 それは糸となり、絵図を描く。


「でえたとまりょく、ふたつそろえて、おおきなかべがつくります。ルルはかべをつくるのがとくい。こうすれば、かべのなかにひとびと、はいれない。よいですか?」


「こんなことができたのか? どうやって空中に絵を描いてる?」

 ニコがポポの中からルルに尋ねる。


「……でえたのばしょ、ニコがしっている」

 ルルは無視して続けた。
 

「『せかいじゅのいせき』いりぐち、おしえて」

「……陸に3つ。西の峡谷、南の砂漠、白玉の森。そして残りは水辺に3つ。北の坑道、東の深海、森の湖」


「コイシたち、『にしのきょうこく』のことしっている?」

『ソノバショ、スデニホロビタ』
『ズットムカシニ、ホロボサレタ』
『イマハ、モウ、トオレナイ』

 コイシたちは口々に言った。
 ルルは「ん」と頷く。


「『みなみのさばく』うまってる。ケケがゆってた」

「あァ、そうだゼ。あの場所は砂で埋まってるんだ。サラサラした砂だから、掘り返すのも難しい」



「ニコ、みずのところ、ようすおしえて」

「水辺の入口か? そうだな……まず、東の深海は避けたいな。深すぎるし、あの辺りは亜人が住み着いてる。話が通じるかどうか分からない。北の坑道は、浅いが複雑で、遭難の危険がある。水辺から行くなら、間違いなく湖だ」

「ん」


 ルルは頭上に掲げた絵図に、大きなバツ印をつけた。


「ここ、みんなでいくよてい。よいですか?」


「ルル! オレは水が嫌いなんだ! 行きたくないぞ!」

 ケケが堂々と手を挙げて主張する。


「ん」
 
 ルルは大仰に頷き、腕を組んだ。

「ルル、かんだいないせいしゃ。ゆきたくないひとは、ゆかなくてもよいです。ゆきたくないひと、だれがいる?」


『ボク、イキタイ! ツイテイク!』

 ぽんぽん跳ねながらポポが言った。
 
 やる気は十分なようだ。

 しかし、ルルは非情にも首を振った。
 

「だめです。ポポ、れんらくしゅだん。ついてこない」
『!!?』

「ま、まぁ……落ち込むなポポ、確かに行きたい者が全員付いていけるとは言っていないからな」

 ニコがポポのことを慰めている。



『ルツィフェル。ワレワレ、ミズハフエテナ、シュゾク』

「ん。わかった。コイシ、ほかのしごと、たのむ」


『ルーチェス、ワタシタチハ、ミズガトクイ。ツイテイキマス』

「ん。ヨロイたち、ついてきて」


「めぇ、め、」
「ん。ジャックにきょひけんはない」
「めぇ!?」
「ついて行きたくないのなら、ついて行かなくてもいいのでは?」

「ルル、ひじょうないせいしゃ。はなしをすすめる」
「寛大じゃなかったのか?」

(ジャック、ちゅうじつなしもべ。いやがるわけない)


 ルルはジャックの背中の上に爪先立ちして、話を進めることにした。

「ルル、みずうみいく。そのあいだ、しごとがある」

 ルルは少し考え、ケケを指差した。


「ケケ、きょうかい、つぶせ。ほうほう、ルルがおしえる」

「おォ! 待ってたゼ!」

 ケケはにわかに目を輝かせる。
 すごく楽しそうだ。

「まて。はなしをきけ。よいですか? おちついてください。よいですね?」

 もう一度高い高いされてはかなわない。

(ルル、かくじつなせっとく、おこなわなければならない)

「やけに念押しするが、ワラワがいない間に何かあったのか?」


「……ほかにもすること、ある。このまち、まもる。ケケ、どくにくわしいとゆってた。どくは、どんなのだとおもいますか?」

「うへへ、待ってろよ恩知らず共、一人残らず地獄に送ってやる……!」


「……ケケちゃん、はなしをきいていますか?」

「目玉を抉り出して、手足を引き裂いて、」
「ケケちゃん! どくをおしえてー!」

 全然話を聞いてくれないケケに、ルルはジャックから飛び降りてケケの腰あたりをバシバシ叩く。


「はっ? あ、うん? あっ、何の話だった? 人間共を皆殺しにする話じゃないのか?」

(ケケ、ちのうがヨロイなみ。ふくしゅうがどうとか、いってたくせに)


「違うぞ。ルルは、この地に撒かれるであろう消毒薬の話をしている。ワラワが聞いたところでは、魔力毒であり、この周辺の環境に影響を与えるほど強い毒だそうだ。だが、ワラワは道具には詳しくないからな」

『ボク、チョットモッテキタヨ! ミル?』
「オマエ、そんなことできたのか? スライムって器用だな……」

 ポポが跳ねながら、ケケに近寄る。
 正気を取り戻したケケは、そんなポポの頬をちょっと摘んで引っ張った。


「……魔力毒ってのは、そんなにたくさんの種類があるわけじゃない。ほとんどが、風に乗って空気中に広がる。魔力毒は風と相性がいいし、水とは相性が悪いからな。これもそうだゼ。間違いない」

「とめるほうほう、ある?」

「さァな。オレは毒には詳しいが、解毒には詳しくないんだよ。でも無理じゃねェかな。魔力毒は、解毒不可能な毒として有名だから。化学毒と違って魔物にも効く」

 ケケは興味なさげに肩を竦めた。

「そんなことより、オレは早く教会を潰したいゼ」

(しまった。きょうかいのはなしを、さきにするべきではなかった)


 ケケはすっかり教会を潰すことに気を取られているようで、あまり話を聞いてくれない。

 ルルは少し反省しながら、空を見上げて、しばらく考えた。


(まりょくどく、かぜにひろがる……みずでおとす?)


「なァ、何人殺す予定なんだ? オレは全員殺したいんだけど」

「どく、みずにとける?」

「この種類は溶けないゼ。魔力毒は、溶けるヤツの方が珍しいかもな。すぐに空気中に広がるんだ。だから扱いが難しくて、道具として利用されてるのは数種類」


(なら、みずはむずかしい。おおきいかぜをおこして、おしかえす?)


「だから武器に塗るなら、やっぱり化学毒だよなぁ。苦しくってさ、即死しないようなヤツ!」

『コロス! コロス!』
『コロス! コロス!』

 ヨロイたちから楽しげなコールが湧き上がり、彼らは硬い外殻をカチカチと鳴らした。
 
 
(かぜ、ながつづきはむずかしい。いっしゅんだけ。りょうがどのくらいか、わからない)


「バクバクと心臓を働かせ、全身の毛穴から血を噴き出してぶっ倒れる!」

『ゼンメツ! ゼンメツ!』
『ゼンメツ! ゼンメツ!』


(かべは、いみなし。かぜには……)


「うぉおおお!」
『オオオオ!』

 コールしているのは主にヨロイの子供たちで、彼らはケケを扇形に取り囲み、真っ赤な体をうねうねさせながら大騒ぎしている。

 一方でコイシたちは、そんな集団を遠目に見て、ちょっと引いていた。


「みなのもの、おちつけ! ケケとヨロイ、べつのしごと!」

『ニンゲン、コロシタイ!』
『コロシタイ! コロシタイ!』
『コロシタイ! コロシタイ!』

 ヨロイたちは、あのエリート志向のチビヨロイを先頭にしていきり立っている。
 

『コドモタチ、オチツキナサイ!』

『コロシタイ! コロシタイ!』
『フクシュウ! フクシュウ!』

 彼らは母親の言うことも無視して、カチカチと体中をくねらせて叫んでいる。


「む、むむむ……しかたない……ルルはひじょうないせいしゃだが、いせいしゃにはつきもの……」

「翻意は為政者に一番付いてちゃいけないだろ。それに為政者は、あんまり自分のこと為政者って言わないぞ」

「……それでは、ヨロイも、みなごろしがしたいものは、ケケといっしょでよいです」

『ミナゴロシ! ミナゴロシ!』
『ミナゴロシ! ミナゴロシ!』

 小さなヨロイたちは、歓声を上げてワラワラと跳ねている。


『モウシワケアリマセン、ルーチェス。ワタシハ、オトモイタシマス』

「ん」

 大きなヨロイはついてきてくれるようだ。
 ルルは頷き、彼女を見上げた。

「もんだいない。そうだいなけいかく、すでにルルのなかにある」

 ルルは自信ありげに頷き、全員を見回した。


「ヨロイたち、コイシたち、みんな、よくきく。まちがえないように」

 ルルは自分の胸をトンと叩いて、話し始めた。
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