ヒョロガリ殿下を逞しく育てたのでお暇させていただきます!

冬見 六花

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3年後。




「エリシア!」



教室へ向かう廊下を歩いているとき、後ろから聞き慣れた耳心地の良い声に呼び止められた。
もちろん、声の主はテオファルド殿下だ。
運動着姿で額や首元に汗が滲んでいる。それなのに爽やかに感じてしまうのは殿下が持つ美麗さのおかげだろう。
額から一筋流れる汗ですら、なんだか艶めかしい。

「殿下、汗が……」
「あ、ごめんね。ちょっと走っていたんだ。汗臭いかな?」
「いえ!全然!汗が目に入りそうだったのが気になってしまって。待ってくださいね、ハンカチハンカチ……」
「これくらい平気だよ。それより夕食はいつもの時間でいいよね?教室まで迎えにいくから今日も一緒に帰ろ?」
「あ、今日は図書室に本を返そうと思っていて……。だから先に帰ってもらっても大丈夫ですよ」
「そんなの僕も付き合うよ。それに僕も借りようと思ってた本があるから図書室に行きたかったんだ。エリシアが行くならちょうどよかったよ」
「そういえば殿下は以前から王城の書庫や図書室で何かをずっと調べていますよね」
「うん。転移に関して色々調べているんだ。だってほら、エリシアが言ってた女の子があと2年で来るんだから色々知っといた方がいいでしょ?」
「あ、そうですよね」

殿下はマイカちゃんに会うことを楽しみにしているんだ。
そう思って胸にチクっと刺されたような痛みを感じたが、顔には出さなかった。

「ねぇエリシアが借りた本、もしかして僕のために読んだ栄養学の本かな?」
「あっ、は、はい。殿下はもう体も立派になりましたから、もういらないお世話だと思っているのですが、やっぱり殿下のためにできることをしていたくて……」

素直に肯定したが図星をつかれ少し気恥ずかしい。
少しだけ目線を下げてから自分よりも頭一つ以上大きくなった殿下を見上げると、運動後だからだろうか、頬を少し赤くしながらも嬉しそうな笑みを零していた。

その表情に胸が絞られるように痛い。……けど、嫌ではない苦しみだ。

「育っているのは僕ばかり、だな」
「え……と?」
「じゃあ放課後、教室まで迎えに行くから待っててね」
「……っ、は、はい」




16歳となった私たちは貴族学校に入学していた。
殿下はすっかり健康体となり、昔は痩せ細っていたとは思えないほどだ。
いつからか背もグッと伸びて、子供の頃は私と変わらない身長だったのに今では少し首が痛くなるほどの差ができてしまっている。

殿下は約束通り、健康体となってから体を鍛え始め今では騎士科にいる人たちと同等かそれ以上に逞しい体を持つほどとなった。

だが殿下と私は相変わらず毎食を共にしている。ちなみに毎回ではないが「あーん」も継続中だ。
食事を摂れるからといってトラウマが消えたというわけでなく、殿下は未だに1人で食事を摂るのも私以外の人と食事を摂ることも怖いのだと、先日「他の方とも食事をされては?」と提案したとき仔犬のような表情で打ち明けられた。
そんなふうに言われて突き放せる人などいるだろうか。
況してや相手は自分の運命も背負ってくれる優しい人で、超絶美麗なお顔で、婚約者で、――――好きな人だ。



……そう、私は自分の想いに気付いてしまった。
殿下のことが好きなのだと。



だけど殿下に想いを伝えることなどするつもりはない。
だって私は彼を自分のものにしたいと思う以上に、殿下には生きてほしいと思っている。

クルミを食べて死んでしまうということにはもうならないと思うけれど、物語の強制力というものがあって王子ルート以外に進んだら死因は違えど殿下も私も死ぬ運命にあるかもしれない。


だから絶対にマイカちゃんには殿下を選んでほしい。
なのに私の想いを伝えたら、きっと優しい殿下を困らせてしまうだけだ。




殿下は本当に優しい人だ。
学校内で友達のできない私によく話しかけてくれるし、先程のように一緒に帰ろうと誘ってくれる。
国で唯一の公爵家の令嬢であり、王太子殿下の婚約者である私に話しかける人などいないのは当然で、さらに私は見た目が冷たく見えるらしく、クラスメイトに話しかけられることはなく、話しかけても怖がられているようで目が泳いでいるのがわかる。

殿下はそんな私を気遣ってくれているのだ。



そんな私とは対照的に殿下は入学当初から学園内でかなりの人気を誇っていた。
もちろん王族ということもあるが、それよりもやはりあの美麗な容姿が大きく影響しているだろう。
2年前の入学時は細身で儚げさもあったというのに、だんだんと逞しさを併せ持つようになりそれが男性的な魅力を放つものとなっていた。


私は友達がいないことを特段気にしてはいなかった。

まだ誰にも言っていないが、殿下と婚約破棄をしたら家を出ようと思っている。
後継には弟がいるし、殿下の食事リハビリの副産物として栄養学の知識もあることから平民として生きていくに困ることはないだろう。

だから貴族社会の縮図ともいえるこの学園で人間関係を築こうとは思っていなかった。







――……でも1つだけ、誰かに聞きたいが聞けないことがある。

温厚で人当りも良く男女共に人気のある殿下が、一部の生徒の間で「冷血王子」と呼ばれていると小耳にはさんだ。
それが何故なのか聞きたいが、誰に聞けばいいかわからないまま、私と殿下は共に学園を卒業した……――







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